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東大、胸腺のタンパク質分解酵素が作り出す「正の選択」をする自己ペプチドを解明

2015-06-27

自己と非自己を認識するT細胞が成熟するまでの“教育機構”に迫る
〜胸腺のタンパク質分解酵素が作り出す「正の選択」をする自己ペプチドの解明〜


1.発表者:
 村田 茂穂(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授)
 佐々木 克博(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程学生、現:京都大学大学院医学研究科 研究員)
 大手 友貴(東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 博士課程2年)


2.発表のポイント:
 ◆私たちの身体に侵入した異物を認識して退治するT細胞は、その成熟過程で非自己を認識することのできる有用なものが選別される(正の選択)過程があります。
 ◆胸腺のみに見られるタンパク質分解酵素が、T細胞の正の選択を促進する特別なタンパク質断片を作り出すことと、正の選択を引き起こす分子実態を初めて明らかにしました。
 ◆ウイルス感染やがんへの抵抗性の機構解明を通じて、感染症、がん、免疫関連疾患の治療法の開発につながると期待されます。


3.発表概要:
 私たちの身体の免疫システムは自己と異物などの非自己を識別して、身体に侵入してくる病原体などの非自己を退治します。このような非自己だけに応答する機構の中心となるのがT細胞です。T細胞の集団は胸腺における“教育”(注1)を経て形成されます。まず、1種類の抗原(異物の断片)を認識することのできる無数の種類の未熟なT細胞が作り出された後、非自己を認識することのできる有用なT細胞を生存させる“正の選択”と自己を攻撃する有害なT細胞を排除する“負の選択”を受けて選別されます。これまでに正の選択には胸腺プロテアソーム(注2)と呼ばれる特別なタンパク質分解酵素が重要な役割を果たしていることは明らかになっていました。しかし、その詳細な機構は不明でした。
 今回、東京大学大学院薬学系研究科の村田茂穂教授らの研究グループは、徳島大学疾患プロテオゲノム研究センター、東京都医学総合研究所との共同研究により、胸腺プロテアソームが特殊な配列を持ったタンパク質の断片(ペプチド)を作り出すことを質量分析法(注3)による解析で明らかにし、そのペプチドが未熟なT細胞の“正の選択”を促進し、非自己の排除にかかわる有用なキラーT細胞(注4)へ分化させることを初めて明らかにしました。
 本研究で得た知見を糸口に、感染症、がん、免疫関連疾患の治療法の開発につながると期待されます。


4.発表内容:
〔1〕研究の背景
 私たちの身体は、細菌やウイルスなどさまざまな病原体を個別に認識して排除する獲得免疫系を備えています。このような認識機構の中心となるのがT細胞です。T細胞は、感染を受けた細胞のMHC(主要組織適合性遺伝子複合体、注5)上に提示されたタンパク質の断片(ペプチド)をT細胞受容体(T cell receptor,TCR)により認識し、自己か異物などの非自己かを見分けて非自己のみを攻撃します。そのためには、無数の種類の病原体を攻撃できる多様性の高いTCRを持ち、なおかつ健常な自己の細胞を攻撃しないT細胞の集団を備えることが必要です。
 T細胞の集団は胸腺と呼ばれる臓器において形成されます。未熟なT細胞が胸腺で増殖する際、ランダムな遺伝子再構成により作り出された多様性の高いTCRを持つ未熟なT細胞の集団の中から、非自己を認識することのできる有用なT細胞のみを生存させる“正の選択”と、自己を攻撃する有害なT細胞を排除する“負の選択”という“教育”を経て、健常な細胞などの自己を攻撃しない一方で、あらゆる病原体や異物などの非自己に対応できるT細胞の集団がつくられます(図1)。
 MHCにはクラスIとクラスIIがあり、MHCクラスIは生体のほとんどの細胞で発現しています。このMHCクラスIに提示されるペプチドはプロテアソーム(注2)と呼ばれる細胞内のタンパク質分解酵素によって産生されます(図2)。研究グループはこれまでにMHCクラスIを介した正の選択には胸腺プロテアソームと呼ばれる胸腺のみに存在する特殊な触媒活性を有するタンパク質分解酵素が必要であることを明らかにしてきました(Science 2007,Immunity 2010)が、どのような機構で正の選択を可能にしているかは不明でした。

〔2〕研究内容
 今回、東京大学大学院新領域創成科学研究科佐々木克博博士研究員(研究当時)、東京大学大学院薬学系研究科蛋白質代謝学教室の大手友貴大学院生、村田茂穂教授らの研究グループは、MHCクラスIに提示されているペプチドの配列を質量分析法で解析することにより、胸腺プロテアソームが特殊な特徴を有するMHCクラスI結合ペプチドを産生することを明らかにしました。通常のプロテアソームが作り出すペプチドと比較すると、TCRにより認識される部位が大きく異なっており、胸腺プロテアソームが作り出すペプチドがMHCクラスI/ペプチド複合体とTCRの間の相互作用に影響を与えることが予想されました。実際、この特徴を有するペプチドの性質を解析したところ、TCRに対して弱い親和性を示すことが判明しました。さらにこれらの特徴を有するペプチドが実際に未熟なT細胞に作用して“正の選択”を促進し、有用なキラーT細胞へ分化させる様子が観察されました(図3)。
 胸腺における未熟T細胞の教育(選別)はMHC/ペプチド複合体とTCRとの相互作用に基づくことが知られています。相互作用が強いものは「自己に反応してしまうもの」として、相互作用を示さないものは「役に立たないもの」として細胞死を引き起こされて除去される一方、弱く相互作用するもののみ非自己抗原を認識しうる細胞として生き残ります。これまで胸腺プロテアソームが正の選択に重要な役割を担っていることが知られていましたが、今回新たにその機構として、胸腺プロテアソームがTCRに対して弱い親和性を有する特殊なペプチドを作り出し、MHCクラスI/ペプチド−TCR間に特別な相互作用を付与することで正の選択を促進していることが示されました(図3)。

〔3〕社会的意義・今後の予定
 自己免疫疾患、アレルギー疾患、免疫不全疾患などの免疫疾患は自己と非自己の識別に異常が生じることによるものと考えられます。これらの自己と非自己の問題に関する研究は、正の選択機構の理解が進んでいなかったことから負の選択機構の観点から主に行われてきました。今回の研究により、これまで不明であった“正の選択”を引き起こす分子の実態が初めて解明され、MHCに提示されるペプチドの性質の違いという新しい観点から“正の選択”と“負の選択”の両方を考慮して、これらの疾患や問題に取り組むことが可能になります。
 また、キラーT細胞はウイルス感染細胞や腫瘍細胞を攻撃し、排除する役割を果たします。近年、腫瘍細胞のみを標的とするキラーT細胞を用いたワクチン療法が注目を浴びています。今後“正の選択”と“負の選択”のためのペプチドの解析がさらに進むことでT細胞を人工的に教育することが可能になるなど、より効果的・効率的な癌ワクチン開発や感染症治療への貢献が期待されます。
 本研究成果は徳島大学疾患プロテオゲノム研究センターの高浜洋介教授グループ、東京都医学総合研究所の田中啓二所長グループとの共同研究によるものです。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Communications」
 論文タイトル:Thymoproteasomes produce unique peptide motifs for positive selection of CD8+T cells
 著者:Katsuhiro Sasaki(*),Kensuke Takada(*),Yuki Ohte(*),Hiroyuki Kondo,Hiroyuki Sorimachi,Keiji Tanaka,Yousuke Takahama(†),Shigeo Murata(†)
 (*共同筆頭著者、†共同責任著者)
 DOI番号:10.1038/ncomms8484


■用語解説:
 1)“教育”:未熟なT細胞が無数の異物(非自己)を識別できるように多様なT細胞受容体をもった成熟細胞に(正の選択と負の選択を通して)分化する過程を指す、免疫の世界に特有な用語です。
 2)プロテアソーム:酵母からヒトに至る全ての真核細胞に存在する巨大なタンパク質分解酵素複合体。タンパク質を分解した際の分解産物であるペプチドがMHCクラスI結合ペプチドとして用いられます。全身に発現する構成型プロテアソーム、主に免疫系細胞に発現する免疫プロテアソーム、胸腺の一部の細胞に発現する胸腺プロテアソームが知られています。
 3)質量分析法:物質をイオン化し、その質量などを定量することで物質を同定する手法。
 4)キラーT細胞:T細胞はキラーT細胞とヘルパーT細胞に大別されます。キラーT細胞はMHCクラスI上に提示されたタンパク質の断片(ペプチド)を認識して自己と非自己を認識し、ウイルス感染細胞やがん細胞などを破壊するT細胞です。
 5)MHC:主要組織適合性遺伝子複合体(Major Histocompatibility Complex)。MHCはクラスIとクラスIIに大別されます。MHCクラスIはほぼ全ての生体内の細胞で発現し、プロテアソームにより分解されたタンパク質の断片(ペプチド)を提示し、キラーT細胞により認識されます。


■添付資料:

 ・図1〜3は添付の関連資料を参照



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