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東北大、0.5ナノ秒で書き換え可能な不揮発性磁気メモリの動作を実証

2016-06-21

0.5ナノ秒で書き換え可能な不揮発性磁気メモリの動作を実証
〜リアルタイムでの高度な情報処理が可能な超低消費電力マイコンの実現に前進〜


【ポイント】
 ・東北大学オリジナルの新構造不揮発性磁気メモリ素子において0.5ナノ秒での磁化反転を実証
 ・磁化反転に要する電流の低減、無磁場動作のための材料・素子技術を開発
 ・IoT社会の発展に不可欠な高速性と省電力性を兼ね備えた集積回路・マイコンに有用


 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の佐橋政司プログラム・マネージャーの研究開発プログラム、および文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」の一環として、東北大学電気通信研究所の大野英男教授(同大学 CSIS センター長、CIES 教授、WPI−AIMR 主任研究者、CSRN 教授兼任)、電気通信研究所の深見俊輔准教授(CSIS,CIES,CSRN 准教授兼任)らは、0.5ナノ秒での情報の書き換えが可能な新構造不揮発性磁気メモリ素子の動作実証に成功しました。
 最近、モノのインターネットと言われるIoT(Internet of Things)技術が注目を集めています。現時点ではその適用先は限定的ですが、今後はセキュリティ、自動運転・社会インフラ、障害者補助などの様々な分野においてより重要な役割を担っていくことが期待されます。集積回路・マイコンはIoT社会における頭脳であり、身の回りの無数の情報の取得・処理・通信を行います。従ってその低消費電力化と高性能(高速)化の実現が今後のIoT社会の発展の鍵を握っていると言えます。集積回路を低電力化する上では、情報の記憶を担うメモリを不揮発化することが有効です。一方で高速性という観点では、これまでに開発が行われている不揮発性メモリでは、現行の揮発性SRAMと同等の処理を行うのは困難でした。
 今回東北大学のグループは、現行の最高クラスのSRAMと同等のギガヘルツクラスでのランダムアクセスが可能であり、かつ超低消費電力性も兼ね備えた不揮発性磁気メモリ素子の動作実証に成功しました。今回開発した磁気メモリ素子は、現在実用化が間近に迫っている2端子構造の磁気メモリ素子とは異なる3端子構造を有し、また情報の書き換えにはスピン軌道トルク磁化反転という高速性に優れた新しい方式を用います。当グループは試作した素子において0.5ナノ秒の電流パルスによる信頼性に優れた磁化反転を観測し、併せて閾電流の低減や無磁場動作などのスピン軌道トルク磁化反転の応用上のいくつかの課題についてもその解決策を示しました。本研究によってIoT社会の発展に不可欠な高度な演算をリアルタイムで処理できる超低消費電力マイコンの実現に向けて、大きく前進しました。
 本研究成果は、2016年6月13日から17日まで米国ハワイで開催される半導体デバイス・回路技術の国際会議「2016 Symposia on VLSI Technology and Circuits」において14日(現地時間)に発表します。


<研究の背景と経緯>
 ここ数十年に渡る半導体素子・回路、ソフトウェア技術の目覚ましい進展により、様々なモノがセンサー・情報処理端末を介してインターネットに接続されるIoT(Internet of Things)社会が到来しています。今後その適用先は一層増加し、私たちの日常生活においてより多くの重要な役割を果たしていくことが期待されます。ここで例えばIoT技術をセキュリティ、自動運転、社会・交通インフラ、障害者補助などに適用する場合、情報処理端末の中枢を担うマイコンなどの集積回路には、メンテナンスフリーを実現するための超低消費電力性と、リアルタイムでの高度な情報処理を実現するための高速動作特性の両立が望まれます。超低消費電力性の実現のためには、集積回路中のメモリを不揮発化することが極めて有効であり、これによって消費電力を1/100以下に低減できることが示されています。一方で例えば顔認識や障害物検出などの複雑な処理をタイムリーに行うためには、集積回路中のメモリは揮発性のSRAM(Static Random Access Memory)と同様にギガヘルツ[注1]級の周波数でのランダムアクセスが可能であることが望まれます。しかしこれまでに研究開発が行われている不揮発性メモリの中でこのような高速動作を実現できるものはありませんでした。
 磁石の磁化(N極/S極)の方向で情報を記憶する磁気メモリ(Magnetic Random Access Memory:MRAM)は上述のような用途を実現するメモリの有力候補と言えます。これは、磁性体は情報を不揮発に保持でき、無限回の磁化反転が可能であり、また磁化のダイナミクスの典型的な時間スケールはナノ〜ピコ秒にあるためです。しかし実際には超高速に磁化を反転するのは容易ではなく、例えば現在実用化が間近に迫っているスピン移行トルク[注2]を用いて磁化反転を行う磁気メモリでは情報の書き換えに要する時間と電流は反比例の関係にあり、高速で動かすためには大きな電流が必要となります。また回路上の制約もあり、そのランダムアクセス周波数は実質的には30〜100メガヘルツ[注1]程度が限界でした。
 今回の不揮発性磁気メモリ素子の超高速動作実証を行った東北大のグループは、今年3月に新しい磁化反転の方式の動作を実証したことを報告していました(S.Fukami et al.Nature Nanotechnology,doi:10.1038/nnano2016.29)。この方式では、上記のスピン移行トルクとは異なる物理的起源によって発現するスピン軌道トルク[注3]が磁化反転を誘起します。スピン軌道トルクを用いた磁化反転はここ数年国内外で非常に活発な研究が行われていますが、従来構造の素子では超高速応用に適した磁化反転は確認されておらず、加えて磁化反転に定常的な外部磁場や比較的大きな電流を要してしまうなど、応用上いくつかの課題がありました。


<研究の内容>
 今回、当研究グループは上記の新方式の磁化反転方法により情報の書き換えを行う磁気メモリ素子を作製して高速領域での動作特性を調べ、この素子がSRAMと同等のギガヘルツ帯での動作に適した特性を有していることを明らかにしました。あわせていくつかの応用上の課題についても、新規構造、材料、及び素子形成方法の導入により解決できることを示しました。
 今回用いた磁気メモリのセル回路と素子の構造が図1に示されています。今回動作実証に用いた磁気メモリは3端子型のセル構造を有しており、書き込みと読み出しで電流経路が異なっています。これによって大きな動作マージンが得られ、回路としてのギガヘルツ級の超高速動作が可能です。またメモリ素子の情報の書き換えには本年3月に論文発表した新しい磁化反転方式が用いられ、チャネル
層であるタンタル(Ta)に電流を導入することで生ずるスピン軌道トルクによりコバルト鉄ボロン(CoFeB)層の磁化方向を電流と平行・反平行方向で反転させることで情報が記録されます。微細加工技術を用いて従来構造・新構造のそれぞれの素子を試作して磁化反転確率の電流密度・パルス幅依存性を評価したところ、新構造の素子ではパルス幅を短くしても閾電流密度は変化せず、0.5ナノ秒のパルスでも比較的小さな電流密度で確率100%の磁化反転を観測することができました(図2)。
 また本研究では上述の高速動作の実証に加え、スピン軌道トルク磁化反転を応用する上で重要となる無磁場動作や閾電流密度の更なる低減にも取り組みました。スピン軌道トルクを用いた磁化反転では、一般的には磁化反転を誘起するためには電流に加えて定常的な外部磁場を印加する必要があり、これが応用上の課題でした。今回の研究では、図3に示すような構造上の工夫を施すことによって高速性を犠牲にすることなく外部磁場無しでの磁化反転が可能であることを見出しました。また、磁化反転に要する電流密度を低減するために、書き込み電流を導入するチャネル層の材料、及びその成膜方法の開発も行いました。新材料を用いることで、従来用いられていたTaと比べて閾電流密度を約半分に低減することができ、結果として1.9x1011 A/m2という極めて小さな電流密度において0.5ナノ秒のパルスを用いて500回中500回の磁化反転を観測することに成功しました(図4)。
 今回構築した一連の技術を用いて90nmサイズの素子を作製した場合に情報の書き換えに要する電流、電圧はそれぞれ85μA,240mVとなります。これは今回開発した磁気メモリ素子は待機時に電力を消費しないだけでなく、動作時の消費電力もSRAMと同等かそれ以下にまで抑えられることを意味しています。


<今後の展開>
 本研究によってギガヘルツ級の高速動作が可能な不揮発性メモリの実現への道が開けました。不揮発性メモリは待機時に電力を消費しないことからセンサー端末のようなスリープ時間の長いアプリケーションにおいて効果的であることは分かっていましたが、一方で高速での情報処理能力という観点ではこれまでは揮発性メモリであるSRAMには及びませんでした。今回、スピン軌道トルクを用いた新しい磁化反転方式を用いる磁気メモリ素子において最高速クラスのSRAMと同等のランダムアクセス動作が可能であることが示されたことにより、低消費電力性に優れ、かつ高い演算性能を有するマイコンなどの情報処理端末の実現が現実的なものとなりました。
 また今回開発した磁気メモリ素子は待機時だけでなく動作時の消費電力も極めて低く抑えられることから、現在微細化の壁に直面している半導体集積回路技術の救世主にもなり得る可能性を秘めていると言えます。


【本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。】

 ●内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
 プログラム・マネージャー:佐橋政司
 研究開発プログラム:無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現
 研究開発課題:スピントロニクス集積回路を用いた分散型ITシステム
 研究開発責任者:大野英男
 研究期間:平成26年度〜平成30年度
 本研究開発課題では、超低消費電力スピントロニクス集積回路の開発に取り組んでいます。

 ●文部科学省「未来社会実現のためのICT基盤技術の研究開発」
 研究代表者:大野英男
 課題名:耐災害性に優れた安心・安全社会のためのスピントロニクス
 材料・デバイス基盤技術の研究開発
 研究期間:平成24年度〜平成28年度
 本研究開発課題では、微細スピントロニクス材料・素子・回路技術の開発に取り組んでいます。


■ImPACTプログラム・マネージャーのコメント■

 ※添付の関連資料を参照


<参考図>

 ※添付の関連資料を参照


<用語解説>
 注1)動作周波数(ギガヘルツ、メガヘルツ)
 1秒間にアクセスできる回数。集積回路の単位時間当たりの情報処理能力を決める。ギガヘルツは1秒間に10億回、100メガヘルツは1億回。

 注2)スピン移行トルク
 伝導電子のスピン角運動量が磁化に移行されることで磁化に働くトルク。

 注3)スピン軌道トルク
 上記のスピン移行トルクのうち、電子スピンの偏極がスピン・軌道相互作用に由来している場合にスピン軌道トルクと言う。主にスピンホール効果やラシュバ効果を介して磁化に働くトルクを指す。


<論文名>
 “A sub−ns three−terminal spin−orbit torque induced switching device”
 (サブナノ秒で動作する3端子スピン軌道トルク磁化反転素子)
 2016Symposium on VLSI Technology,論文番号:T6−5.




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