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東北大、リチウムイオン電池からイオン制御可能な磁石の創出に成功

2016-03-05

リチウムイオン電池から
イオン制御可能な磁石の創出に成功
―電気的にスイッチング可能な磁気デバイスの創出に貢献―


〈概要〉
 国立大学法人東北大学【総長 里見進】金属材料研究所【所長 高梨弘毅】の谷口耕治准教授、宮坂等教授らは、リチウムイオン電池*1に金属錯体から成る分子性材料を電極として組み込むことで、人工的にイオン制御可能な磁石を創り出すことに成功しました。リチウムイオン電池のイオン挿入機能を介して、電極材料中の金属錯体と連結した非磁性の分子に電子を導入し磁気モーメント*2を付与することで、物質全体に磁石としての性質を発現させました。さらに電池の放電状態を制御することで、磁気相転移温度*3を変化させることにも成功しています。
 本研究の結果は、本来は磁石ではない物質を、イオン挿入という電気的な手法で人工的に磁石に変え得ることを示した初めての例であり、新しい機能性磁石の設計指針を与えるものです。また今後、リチウムイオン電池の可逆的な充放電機能を利用することで、電気的にスイッチング可能な磁気デバイスの創出につながることが期待されます。
 本研究成果はドイツ化学会誌「Angewandte Chemie International Edition」に受理され、近日公開される予定です。


〈研究の背景〉
 現在、我々の身の回りでは、メモリーやセンサーとして様々な磁石が利用されています。磁石には、砂鉄として知られるマグネタイトのように、元々自然界に存在していたものも数多くありますが、近年では、多機能性の磁石を人工的に設計しようとする試みが関心を集めています。また、磁石となる大きな磁気モーメントを光や電場などの外場により発生させて磁石を創る試みも行われています。例えば、電子の持つ電荷と磁石としての性質の両方を組み合わせて、新たな材料や物理を研究する「スピントロニクス」と呼ばれる分野では、電気的な制御を可能にする磁石の開発が精力的に進められています。これらの研究では、半導体エレクトロニクスの技術により、磁石になっている半導体や金属薄膜の電子量を変えることで、磁気相転移温度や磁気異方性*4といった性質の制御が報告されています。しかし、電子量を制御する技術の限界や磁気制御が可能な物質の種類が限られているといった理由で、磁石ではない物質から電気的に磁石を創り出す(物質全体を磁石にする)ことは、これまで実現されていませんでした。一方、リチウムイオン電池などの電極上でイオンの挿入・脱離と電子制御を行うことにより、電極全体の磁性を変化させる研究も最近報告されています。ですがこの研究も、最初から磁石である物質の相転移温度の制御に限られ、“磁石でない物質を磁石に変換する”報告は今までありませんでした。“磁石でない物質を磁石に変換する”ことが電気的に出来れば、人工格子をもつ新たな磁性材料の開発だけでなく、放電寿命に応じて磁石の性質を発現するようになる磁石変換可能な電池や、新しい電気制御型磁気スイッチの創製が可能になります。


〈研究成果の内容〉
 東北大学金属材料研究所の谷口耕治准教授、宮坂等教授らは、常磁性*5である水車型ルテニウム二核(II,II)金属錯体が非磁性のテトラシアノキノジメタン(TCNQ)誘導体で架橋された中性の層状化合物(最近は、このような分子性の格子を金属−有機物骨格体(metal−organic framework)と呼んでいます)*6を設計し、これをリチウムイオン電池の正極として組み込んで放電させることで、人工的に磁石を創り出せることを提案しました(図1)。図1に示すように、リチウムイオン電池では、放電時に正極にリチウムイオンと電子が同時に導入されますが、上記の中性層状化合物の場合、電子は電子受容性*7を持つ非磁性のTCNQ誘導体へ選択的に注入され、磁気モーメントが発生します。このリチウムイオン電池による電子注入に伴う架橋分子への磁気モーメントの付与を通して、常磁性分子の水車型ルテニウム二核(II,II)金属錯体の磁気モーメントとの間に磁気的な相互作用を発生させ、放電前に常磁性であった化合物を磁石に変えることに成功しました(図2)。さらに、化合物が磁石となる磁気相転移温度は、放電電位に応じて変化することを見出しました(図3a)。この変化は、化合物に注入される電子量に応じて、磁気モーメントを持つTCNQ誘導体の数が増減することに対応づけられると考えられます(図3b)。


〈研究の意義と今後の展開〉
 常磁性分子を非磁性分子が架橋した化合物において、電子注入により人工的に磁気相互作用の経路を構築する手法は、本研究で扱った化合物に限らず、より広い物質群に対して適用可能であり、新しい分子磁石*8の設計・構築法として有用であると考えられます。また、電気によって磁気的性質を制御する手法は、従来のエレクトロニクス技術との親和性が高い為、電気的に制御可能な新しい磁気デバイス等の開発につながることが期待されます。今後は、分子の電子状態・結晶構造の次元性に着目した高い磁気相転移温度を有する分子磁石の設計・探索、並びに、リチウムイオン電池の可逆的な充放電機能を利用した磁気スイッチングデバイスの開発を進めていきます。


〈論文情報〉
 −タイトル
  “Construction of an Artificial Ferrimagnetic Lattice by Li−Ion Insertion into a Neutral Donor/Acceptor Metal−Organic Framework”
 −著者名
  Kouji TANIGUCHI, Keisuke NARUSHIMA, Julien MAHIN, Wataru KOSAKA, and Hitoshi MIYASAKA
 −雑誌
  Angewandte Chemie International Edition
  DOI:10.1002/anie.201601672


〈特記事項〉
 本研究は、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(E−IMR)、東北大学学際科学フロンティア研究所・領域創成研究、旭硝子財団研究助成金、三菱財団自然科学研究助成、文部科学省新学術領域研究「π造形科学」(代表:宮坂等、No.15H00983)、科学研究費挑戦的萌芽研究(代表:宮坂等、No.15K13652)、若手研究(B)(代表:高坂亘、No.26810029)、および文部科学省の委託(元素戦略拠点形成型プロジェクト)の助成を受けました。


 ※図1〜図3は添付の関連資料を参照


■用語解説
 *1 リチウムイオン電池
 電極物質へのリチウムイオンの挿入脱離により電荷の蓄積を行う代表的な蓄電デバイスです。近年のスマートフォンタブレット端末等のポータブル機器の普及に伴い、急速に技術が発達し、現在では様々な物質を電池電極として使用出来るようになってきています。

 *2 磁気モーメント
 磁石の強さを表すベクトル量です。単位体積あたりの磁気モーメントが磁化と呼ばれる物理量になります。

 *3 磁気相転移温度
 物質中の磁気モーメントは一般に、高温では熱の影響でバラバラの方向を向く為、磁場を加えなければ磁化はゼロになります。一方、磁気モーメント間に互いの向きを揃える相互作用がある場合には、低温にして熱の影響を抑えると、ある温度以下で磁場を加えなくても、各磁気モーメントが特定の方向を向いて秩序化することがあります。この磁気モーメントの秩序化が起こる温度を磁気相転移温度と呼びます。

 *4 磁気異方性
 磁場を加えた際の磁気モーメントの磁場方向への向きやすさのことです。

 *5 常磁性
 外部から磁場を印加したとき、磁場と同じ方向に磁化が発生する磁性のことを指します。常磁性では、磁場を印加しなければ磁化は発生しません。

 *6 金属−有機物骨格体(Metal−Organic Framework; MOF)
 金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される多次元格子のことです。

 *7 電子受容性
 ある種の分子は、他の分子等から電子を受け取ることが可能です。このような性質を電子受容性と呼びます。

 *8 分子磁石
 我々の身の回りにはさまざまな磁石が存在しますが、その多くは無機物より構成されています。これに対し、有機分子をもとに作製した磁石を総称して分子磁石と呼びます。分子磁石は“やわらかさ”や“設計性の高さ”といった無機物の磁石にはない特徴を有しています。





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