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JSTと埼玉医科大学、がん原因遺伝子の働きなしでES細胞の多能性を維持する仕組みを発見

2011-07-13

がん原因遺伝子の働きなしでES細胞の多能性を維持する仕組みを発見

(ES細胞やiPS細胞の安全性向上につながる可能性)


 JST 課題達成型基礎研究の一環として、埼玉医科大学 ゲノム医学研究センターの奥田 晶彦 教授らは、マウスのES細胞注1)(胚性幹細胞)について、多能性を保つために必須だと考えられてきたがん原因遺伝子c−Myc注2)(シーミック)の働きは、培養条件によっては必須ではないことを発見しました。ES細胞はiPS細胞注3)(人工多能性幹細胞)と同様にさまざまな細胞に分化できる能力(多能性)を持っており、その多能性を維持するために働いている因子があるとされています。c−Myc遺伝子の働きによって作られるc−Mycたんぱく質は、細胞のがん化に深く関与しますが、ES細胞やiPS細胞の多能性を維持するためには必ず働かなくてはならない因子の1つと考えられてきました。

 本研究グループは、c−Mycたんぱく質のパートナー因子であるMax(マックス)たんぱく質の機能を解析することで、培養条件によっては、c−Mycたんぱく質の機能が無くてもES細胞の多能性は維持されることを明らかにしました。Maxたんぱく質を失ったES細胞ではc−Mycたんぱく質が機能できず、一般的な培養条件では多能性が失われますが、分化を阻害する薬剤を加えたところ、c−Mycたんぱく質が働いていないにも関わらずES細胞は多能性を失いませんでした。

 この発見は、ES細胞やiPS細胞でのc−Mycの役割について理解を進めるだけではなく、iPS細胞の質、誘導効率、安全性の向上につながる可能性があります。また、がん化に関わるc−Mycの働きが不要になれば、ES細胞やiPS細胞の医療への応用で最大の問題点とされるがん化を回避する方法へと発展することも考えられます。

 本研究成果は、2011年7月7日(米国東部時間)発行の米国科学誌「Cell St em Cell」に掲載されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
   研究領域:「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」
          (研究総括:須田 年生 慶應義塾大学 医学部 教授)
   研究課題名:「iPS細胞誘導の為の分子基盤の解明による安全性の確保」
   研究代表者:奥田 晶彦(埼玉医科大学 ゲノム医学研究センター 教授)
   研究期間:平成20年6月〜平成26年3月

 JSTはこの領域で、iPS細胞を基軸とした細胞リプログラミング技術の開発に基づき、その技術の高度化・簡便化をはじめとした研究によって、革新的医療に資する基盤技術の構築を目指しています。上記研究課題では、既存の方法によらないiPS細胞樹立の試みといった研究などから、ES細胞と同等の安全性を確保することで、iPS細胞を用いた再生医療の実現化への貢献を目指します。

<研究の背景と経緯>
 2007年に京都大学の山中 伸弥 教授がヒトiPS細胞の樹立に成功して以来、国内外でiPS細胞に関する研究が急速に推進されています。iPS細胞の誘導には、当初、4つの因子(Klf4、Sox2、Oct3/4、c−Myc)を細胞に導入する方法が取られました。この4つの因子は、ES細胞の多能性を維持するために重要な因子ともいわれていますが、このような因子がそれぞれどのような機能を持ち、多能性とどのような関係があるのかについては未解明の部分が多く残っている状況です。特に、ES細胞やiPS細胞のがん化に深く関与するc−Mycの機能や制御の仕組みを解明することは、医療への実用化に向けて重要と考えられます。

 c−MycなどのMycファミリー遺伝子によって作られるMycたんぱく質は、転写因子注4)の1つであり、細胞増殖に関係する遺伝子など極めて多くの遺伝子の発現に関わっています。ES細胞やiPS細胞は、無限に増殖できることなど、がん細胞と共通の性質を持っているため、Mycたんぱく質はES細胞やiPS細胞が多能性を保つために必須であると考えられていました。昨年、米国のグループから、ES細胞の転写ネットワーク注5)には、Coreモジュール、PRCモジュール、Mycモジュールという3つの遺伝子群があることが示されました。ES細胞が多能性を維持する上では、CoreモジュールとMycモジュールが活性化し、逆に、PRCモジュールは抑制されていることが重要です。一方で、分化してしまった細胞では、これらのモジュールの相対的な関係は完全に入れ替わります。すなわち、活性化されていたものは抑制され、抑制されていたものは活性化されます。Coreモジュールは、Oct3/4、Sox2、Nanogなど、ES細胞の多能性維持に必須な転写因子によりサポートされる転写ネットワークのため、ES細胞が多能性を維持する上で絶対に必要な転写ネットワークであると考えられます。Mycモジュールはその名の通りMycを中心とした遺伝子やたんぱく質のネートワークで、このモジュールも、Coreモジュールと同様にES細胞の多能性を維持するための転写ネットワークとして機能しますが、Coreモジュールとは独立して機能するとされています。なお、このMycモジュールは、さまざまな種類のがん細胞にも存在するため、これらの転写ネットワークの解析からもES細胞やiPS細胞とがん細胞との間で明確な共通性が発見されたことになります。

 本研究グループは、c−Mycたんぱく質が発揮するメリットのみをうまく抽出するため、細胞が多能性を獲得する時や、獲得した多能性を持ち続ける時のc−Mycたんぱく質の役割を、分子レベルで解明することを目標の1つとして研究を進めてきました。


<研究の内容>
 マウスのES細胞やiPS細胞は、情報伝達などを行うたんぱく質の一種であるLIF(Leukemia inhibitory Factor)を加えて培養することが一般的ですが、本研究グループは初めに、この一般的な培養条件で、Mycたんぱく質を働かないようにした時の影響を検証しました。c−Mycを含むMycたんぱく質は、Maxと呼ばれるたんぱく質がないとほとんど働くことができません。この性質を利用し、Mycたんぱく質全てを働かないようにするため、Maxたんぱく質を作ることができないES細胞で実験を行いました。その結果、Mycたんぱく質が働かないES細胞は、多能性などES細胞としての性質を失ってしまうことが確認されました(図1)。また、転写ネットワークについても、Mycたんぱく質の機能が失われた時の影響を調べたところ、期待通りMycモジュール活性は速やかに低下しました。一方、同じくその活性が多能性維持に関係するとされる、Oct3/4を中心としたCoreモジュールの活性は4日目までは増加しますが、6日以上経つとMycモジュール活性の低下に引きずられる形で、結局、低下することが分かりました(図2)。

 次に、2008年に英国のグループが行った、細胞分化に強く関わる酵素の阻害剤を加えて培養することで、LIFを加えなくてもES細胞の全ての性質が保たれるという報告をもとに、本研究グループは、この培養条件でもMaxたんぱく質をなくしたES細胞で実験を行いました。その結果、Mycたんぱく質が働かなくても多能性などES細胞としての性質を失わないことを明らかにしました(図3)。転写ネットワークの解析データからみても、Coreモジュール活性は、Mycモジュール活性の低下に全く影響されずに高いレベルを保っていることが確認されました(図4)。

 従って、今までのOct3/4たんぱく質と同様に、「Mycたんぱく質はES細胞やiPS細胞の維持にとって、決して欠くことができない因子である」という概念が、今回の研究で「ES細胞やiPS細胞の培養条件によってその必要性が異なる」に変わったことになります。また、細胞分化に強く関わる酵素の阻害剤を加えることによってc−Mycたんぱく質の機能が不要になるという今回の研究結果は、多能性を保つ仕組みの中でのc−Mycたんぱく質の機能についての理解を一層深めました(図5)。

<今後の展開>
 今回の研究結果を発展させて、c−Mycたんぱく質を働かないようにしたES細胞やiPS細胞を使うことによって、ES細胞やiPS細胞の実用化を妨げる最も大きな要因だと考えられているがん化の問題が克服できる可能性があります。また、Mycモジュール活性を低下させることにより、がんを根絶するという新しい治療法が開発できるかもしれません。さらに、c−Myc遺伝子の働きなしでiPS細胞を樹立する場合には、効率が低い上に樹立されたiPS細胞の質も概して劣るという問題点がありますが、今回の発見はこれらの問題点を回避する方法の確立につながる可能性があります。すなわち、英国のグループが確立した培養条件を組み入れることにより、Mycたんぱく質の機能がなくても質のよいiPS細胞が樹立できると考えられます。

 ES細胞に関する研究は長年続けられてきていますが、今回のように重要な因子についてでさえ、未解明の要素は多々残っています。米国では幹細胞を用いた治療には、まずはES細胞を用いることが試されている状況でもあり、今後、iPS細胞の研究を前進させるためにも、ES細胞やほかの体性幹細胞などの研究を並行して進めることが重要だと考えられます。


 ※ 参考図・用語解説は、関連資料参照

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