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東北大と東大など、マンガン系合金ナノ薄膜を用いたMRAM記憶素子の開発に成功

2016-07-30

マンガン系合金ナノ薄膜を用いたMRAM記憶素子の開発に成功
−大容量の不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)の開発に寄与−


【成果のポイントと概要】
 ・特性の優れたマンガン系合金ナノ薄膜からトンネル磁気抵抗(TMR)素子(注1)を作製することに世界で初めて成功。
 ・結晶格子のわずかな歪みが巨大なTMR効果発現につながることを理論計算から予測。
 ・次世代の低消費電力・大容量・高速なMRAM開発に寄与する成果。

 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)佐橋 政司プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI−AIMR)の鈴木和也助手と水上成美教授は、垂直磁化マンガン系合金ナノ薄膜を用いたトンネル磁気抵抗(TMR)素子の開発に成功しました。これは次世代の不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)(注2)開発に貢献する成果です。本研究は、WPI−AIMRのレザランジバル助手、杉原敦助手(現産業技術総合研究所研究員)、ならびに岡林潤准教授(東京大学大学院理学系研究科)、三浦良雄准教授(京都工芸繊維大学電気電子工学系)、土浦宏紀准教授(東北大学大学院工学研究科)との共同研究です。

 TMR素子を記憶素子とするMRAMは不揮発性及び高速性能を有するメモリで、記憶容量の小さいMRAMはすでにサンプル出荷が始まっており、東芝など大手メモリメーカーによりメインメモリやキャッシュメモリ用MRAMの製品化が進められています。一方、さらなる高性能MRAM開発のため、基盤となる磁性材料の研究も強く求められています。マンガン系合金は高い垂直磁気異方性(注3)と低い磁気摩擦(注4)を有することから大容量MRAMへの応用が期待され、10nmクラスの微細化を実現するために、ナノ薄膜を有するTMR素子の開発が望まれています。本研究グループは、規則的に原子が配列したマンガン系合金ナノ薄膜を有するTMR素子を作製する技術を開発するとともに、放射光を用いた評価と計算科学の手法でその基礎的特性を調べることに成功しました。これらは、次世代の大容量MRAM開発に貢献する成果です。

 研究の内容は7月26日(英国時間)に、「Scientific Reports」(サイエンティフィックリポーツ)誌に掲載されます。本研究は、内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「無充電で長期間使用できる究極のエコIT機器の実現(佐橋政司PM)」、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)などの支援によりなされたものです。

■ImPACTプログラム・マネージャーのコメント■
 トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を基本構造に持つ磁気メモリ(MRAM)の10nmクラスへの微細化を可能とする新たな「垂直磁化マンガンガリウムナノ薄膜をベースとするTMR素子」の開発に成功した本研究成果は、微細化に必要な大きな垂直磁気異方性と極めて小さな磁気摩擦係数を合わせ持った特殊な材料から成るナノ薄膜の作製に世界で初めて成功したもので、究極の省電力メモリの実現に取り組んでいるImPACT佐橋プログラムにおいても、極めてインパクトのある研究成果です。
 今後、この新たなナノ薄膜素子の更なる高性能化が図られ、MRAMの高集積化へと展開が広がるとともに、ImPACTで取り組んでいるスピン軌道トルク書き込みのSOT−MRAMや超低消費電力型の電圧書き込みVC−MRAMの実現へと繋がり、最先端の書き込み技術で我が国の産業の発展に大いに貢献することが期待できます。

【研究背景】
 スマートフォンに代表される小型高性能の情報機器の爆発的な普及により、膨大な量のデジタルデータが世界中を飛び交う時代が到来しています。社会を取り巻く情報の量は今後も拡大の一途をたどると予測されており、情報機器の低消費電力化が重要な社会的要請の一つです。トンネル磁気抵抗素子(TMR素子)を記憶素子としてトランジスタに組み込んだ不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)[図1]は、磁化(スピン(注5))を記憶の担体とし、原理的には半導体DRAM並みの記憶容量とSRAM並みの高速性能を実現できます。また、情報を保持するために電力が不要(不揮発性)であり、情報機器の消費電力を大幅に低減できるため、国内外の多くの企業が開発を進めています。256メガビットの記憶容量を有するスピン注入書き込み(STT)−MRAMはすでにサンプル出荷されており、東芝を初めとする国内外のメモリメーカーにより、DRAM(メインメモリ)代替を目指したギガビットクラスの容量を有するSTT−MRAMの開発やSRAM(キャッシュメモリ)代替を目指したSTT−MRAMの開発が進められています。

【垂直磁化TMR素子の開発経緯】
 最先端のMRAMでは、1−3ナノメートルの厚みの垂直磁化膜(注6)をTMR素子の電極として用いた垂直磁化TMR素子を記憶素子として利用しており、その素子サイズを小さくすることで記憶容量を増大できます[図1]。ギガビットクラスの容量を実現できるMRAMのTMR素子直径はおおよそ20−30ナノメートルであり、コバルトと鉄の合金にホウ素が添加されたコバルト鉄合金材料等が用いられます。しかし、素子の直径が10−20ナノメートルとなる次世代のギガビットを超える容量を有するMRAMを実現するには、より大きな垂直磁気異方性を発現する先進的な垂直磁化膜材料が必須です。また、書き込み電流は磁性材料に固有の磁気摩擦の係数に比例して大きくなりますので、磁気摩擦の小さな特殊な垂直磁化膜が必要となります。
 東北大WPI−AIMRの本研究グループは、2011年にマンガン及びガリウム元素を組み合わせた合金が高垂直磁気異方性と低磁気摩擦を兼備した優れた材料であることを世界に先駆けて発見したのち、さまざまなマンガン系合金垂直磁化膜の研究を進めてきました[*]。しかしながら、これまで、国内外のいくつかの機関でマンガンガリウムの「ナノ薄膜」を有する垂直磁化TMR素子の研究が進められてきましたが、その開発に成功した機関はなく、作製技術の開発が課題でした。
 [*]東北大学プレスリリース
  (http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2011/03/press20110330-1.html)。

【本技術開発の経緯と成果】
 特性の優れたマンガンガリウム合金ナノ薄膜の作製には、原子を規則的に配列させるために数百度もの高温で薄膜を加熱するプロセスが不可欠でした。しかし、ナノ薄膜に高温加熱プロセスを用いると、下地材料とマンガンガリウム合金ナノ薄膜の間で原子拡散が生じ、素子作製が困難でした。本研究グループは、非磁性コバルトガリウム合金を下地材料として用いることにより、加熱プロセスがなくとも原子が規則的かつ周期的に配列したマンガンガリウム合金ナノ薄膜が作製できることを初めて実証しました[図2]。この特異な成長は、ガリウム原子がマンガンガリウム合金とコバルトガリウム合金の界面で、両者をうまく結合することによるもの、と考えられます。また、下地材料との原子拡散が見られないマンガンガリウム合金ナノ薄膜の形成状態は、放射光を用いた磁気分光からも明らかになりました。マンガンガリウム合金ナノ薄膜の上部にはガリウム原子を介して(001)方位に高配向した酸化マグネシウムトンネル障壁層が成長し、高品質なTMR素子が形成されていました。
 開発した素子は、上部の磁性体層と下部のマンガンガリウム層の磁化(スピン)の配列に依存したTMR効果を室温で発現することが示されました[図3(a)]。また、マンガンガリウム層の磁化(スピン)を垂直方向から面内方向に傾けるためには4テスラ(注7)以上の磁場が必要であり[図3(b)]、次世代の「超」ギガビットSTT−MRAMに対応できる高い垂直磁気異方性を有していることが分かりました。
 コバルトガリウムとマンガンガリウムは、各々の固有の結晶格子の大きさがわずかに異なる材料です。その違いを補うように、マンガンガリウムナノ薄膜の結晶格子はわずかに歪んでいることが分かりました。計算科学の手法から、このように歪んだマンガンガリウム合金ナノ薄膜は巨大なTMR効果を発現することが示唆されました。実際の素子においても、酸化マグネシウムとの界面における元素の種類を制御し、マンガンガリウムの結晶性を改善することで、理論的に予測される巨大なTMR効果が発現する素子を開発できると期待されます。

【今後の展開】
 本研究で開発された素子の研究をさらに高度化することで、実用に資する素子を実現し、ギガビットを超える記憶容量を有するSTT−MRAMの実用化につながります。また、スピン軌道書き込み(SOT)を用いた超高速SOT−MRAMや、電圧書き込み(VC)を用いた超低消費電力VC−MRAMなど、最先端の書き込み技術を用いたMRAMの開発にも貢献し、我が国の産業の発展に寄与すると考えられます。他方、本研究で明らかとなったマンガンガリウム合金ナノ薄膜TMR素子の作製技術は、その他のマンガン系合金薄膜を用いた素子にも応用可能な技術であると考えられ、材料科学の学術的な発展にも貢献します。

【参考図】

 ※図1〜3は添付の関連資料を参照

【用語解説】
 注1)トンネル磁気抵抗(TMR)素子
  磁性体/絶縁体/磁性体からなる素子で、それぞれ厚みが数ナノメートルの薄い層で構成されます。絶縁体の両側の磁性体は金属であり、電圧を加えると量子力学的トンネル効果により絶縁体を介したトンネル電流が流れます。各磁性体の磁化の向きが平行な場合と反平行な場合で素子の電気抵抗が大きく変化するトンネル磁気抵抗効果(TMR)を発現し、TMR素子と呼ばれます。

 注2)不揮発性磁気抵抗メモリ(MRAM)
  TMR素子を1ビット記憶素子とする不揮発性メモリです。磁性体とスピンのもつ機能を利用することで、電源を切っても記憶情報の消失しない不揮発性、数ナノ秒で書き込める高速性、1015回以上の無限といっていいほどの書き込み回数など、メモリに必要とされる特性をすべて具現し得る究極のメモリと考えられています。スピン注入書き込み(STT)、スピン軌道書き込み(SOT)、電圧書き込み(VC)など、様々な書き込み方法のMRAMが開発されています。

 注3)垂直磁気異方性
  磁性体薄膜の面に垂直に磁化を安定化する力です。MRAMでは、磁化の方向を1、0の情報とみなします。情報を保持する能力を高めるため、垂直磁気異方性が高い材料が求められます。

 注4)磁気摩擦
  MRAMの書き込みの際には磁化を反転させますが、その反転の際に磁化に作用する摩擦が磁気摩擦です。物を移動させる際に摩擦が大きいほどより強い力が必要なように、磁気摩擦が大きいと書き込みには大きな電力が必要になります。MRAMでは磁気摩擦の低い材料が求められます。

 注5)スピン
  磁石の源のことで、電子の自転に例えられます。自転軸の方向に対して、上向き(左回り)と下向き(右回り)の2種類の状態があります。

 注6)垂直磁化膜
  垂直磁気異方性をもつ薄膜磁石の総称です。垂直磁気異方性により、非常に薄い磁性体の膜の面に磁極が現れます。

 注7)テスラ
  磁場(磁力)の大きさの単位。例えば、地磁気の大きさは数十マイクロテスラ(マイクロは10−6)であり、強力なネオジム磁石の表面の磁場の強さは、0.5テスラ程度です。

【論文名、著者名、学術雑誌名】
 “Perpendicular magnetic tunnel junction with a strained Mn−based nanolayer”
 (歪みマンガン合金ナノ薄膜を用いた垂直磁気トンネル接合)
 K.Z.Suzuki,R.Ranjbar,J.Okabayashi,Y Miura,A Sugihara,H.Tsuchiura,and S.Mizukami,
 Scientific Reports 6,30249(2016).
 DOI:10.1038/srep30249



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