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東大、太陽光による水分解を高効率化するナノコンポジット結晶を開発
太陽光による水分解を高効率化するナノコンポジット結晶を開発
1.発表者:
川崎 聖治(研究当時:東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年、現所属:ローレンスバークレー国立研究所 マテリアルサイエンス部門 ポスドク)
高橋 竜太(東京大学物性研究所 助教)
山本 剛久(名古屋大学大学院工学研究科 教授)
小林 正起(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 助教)
組頭 広志(高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)
吉信 淳(東京大学物性研究所 教授)
小森 文夫(東京大学物性研究所 教授)
工藤 昭彦(東京理科大学理学部第一部応用化学科 教授)
リップマー ミック(東京大学物性研究所 准教授)
2.発表のポイント:
◆酸化物薄膜の中に金属ナノ柱状構造を自己集積化するプロセスを開発した。
◆光触媒を利用した水の電気分解の電極となる金属ナノ柱状結晶を析出させることによって水の分解効率が著しく向上した。
◆本プロセスは高効率なエネルギー変換材料やデバイスの作製に役立ち、二酸化炭素を排出しないクリーンな水素社会への応用が期待される。
3.発表概要:
東京大学物性研究所は、名古屋大学、高エネルギー加速器研究機構、東京理科大学とともに、金属ナノ柱状構造(直径5nm、長さ20nm:注1)が酸化物の中に埋め込まれた「ナノコンポジット結晶」を簡便に作製するプロセスを新しく開発しました。このナノコンポジット構造を、太陽光の照射によって水を分解して水素を製造する光触媒(注2)として利用すると、その水分解光電極(注3)反応の効率が著しく向上することを見出しました。ナノ構造を持つコンポジット材料は、より高効率なエネルギー変換材料やデバイスとしての可能性があり、二酸化炭素を排出しないクリーンな水素社会の実現の貢献に繋がることが期待されます。なお、今回の研究成果は、英国科学誌「Nature Communications」のオンラインで公開予定です。
4.発表内容:
太陽光は、無尽蔵にある環境にやさしいエネルギー源の代表ですが、太陽の光のエネルギーをどのようにして燃料という形に変換し蓄えるかが、人類のエネルギー問題を考える上で重要なテーマになっています。変換した燃料の中でも水素ガスは、燃料として使った場合に水のみを排出して二酸化炭素をまったく排出しない、最もクリーンなエネルギー燃料と言われています。また、水素ガスはそのまま車や工場などの燃料として使うことができるだけでなく、化石燃料のように貯蔵できる点が注目されています。
水素ガスは、光触媒を利用した水分解によって作ることができます。しかし、この光化学反応の効率は非常に低く、かつ製造コストが高いことがネックになっており、実用化の障害になっています。東京大学、名古屋大学、高エネルギー加速器研究機構、東京理科大学の共同研究グループは、水分解のための光触媒電極表面反応の効率を向上させるために、酸化物の薄膜とナノサイズの金属柱状結晶で構成されたコンポジット結晶を用いた水分解光電極の作製を試みました。その結果、高品質の薄膜作製を可能とするパルスレーザー堆積法(注4)という方法を用いて薄膜を作製すると同時に、その中に5ナノメートルの太さを持つ金属の柱状結晶が自己集積的に成長する画期的な作製方法により、電極として機能する光触媒薄膜を開発することに成功しました(図1)。さらに、このナノ柱状構造の析出によって、水素を生成する水分解光電極反応の効率が著しく向上することを明らかにしました。
今回作製した薄膜では、金属のナノ柱状結晶が酸化物結晶の中に埋め込まれていますが、このような金属と酸化物の接合界面は、プラスとマイナスの電荷を効率的に分離させることができる界面となり、ショットキー接合と呼ばれています。太陽光を照射することによって、酸化物内ではプラスの電荷を帯びたホールとマイナスの電荷を帯びた電子のペアが発生します。ショットキー接合付近に生じる内部電界によってこのホールと電子のペアが分離し、ホールは金属柱状結晶の中を通って薄膜表面に到達し水分子と反応し分解します。本研究グループは、このナノ柱状結晶を薄膜内に無数に分散することによって、水の分解反応を促進することに成功しました。特にこのような水分解光電極反応は、ナノ柱状結晶の構成元素としてイリジウム金属、薄膜の主成分としてチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の組み合わせにおいて、非常に高い効率を示しました。
今回のナノ柱状構造が埋め込まれたコンポジット結晶は、水の中で電極として使用しても長時間安定であるという耐久性があるだけでなく、作製において1回の単純プロセスで作製できるという特長があります。一般的に金属と酸化物のコンポジット構造を作製するためには、高価なリソグラフィーや複数の微細加工プロセスを用いたトップダウンなプロセスが必要となります。しかし、複雑な材料プロセスが増えるにつれ、水素を製造するコスト高に繋がり、実用化を妨げる要因にもなってしまいます。今回、新しく開発した水分解光電極は、自らナノ柱状が成長するというボトムアップ技術である自己集積化プロセスを取り入れて作製しました。結晶が成長する温度、酸素圧、成長スピードを注意深く最適化することによって、最新式のトップダウン手法でも難しい5ナノメートルという非常に小さいナノ柱状構造の自己集積化が可能になりました。同様なナノ構造を持つコンポジット材料のアイディアはより高効率なエネルギー変換材料やデバイスの作製に役立ち、二酸化炭素を排出しないクリーンな水素社会を実現に近づける可能性を持っています。
5.発表雑誌:
雑誌名:Nature Communications(6月3日オンライン掲載予定)
論文タイトル:Photoelectrochemical water splitting enhanced by self−assembled metal nanopillars embedded in an oxide semiconductor photoelectrode
著者:Seiji Kawasaki, Ryota Takahashi, Takahisa Yamamoto, Masaki Kobayashi, Hiroshi Kumigashira, Jun Yoshinobu, Fumio Komori, Akihiko Kudo, Mikk Lippmaa*
●用語解説:
注1:金属ナノ柱状構造
図1に示すような柱形状を持つ構造のこと。柱の太さと長さがナノメートル(1nm=10−7cm)オーダーの微小サイズであり、金属材料で構成されている。
注2:光触媒
太陽光などの光が照射されると、酸化力を持つ正孔と還元力を持つ電子が生成し、水を分解したり有害物質を分解するなど、いろいろな化学反応(酸化還元反応)を引き起こすことができる材料のことを言う。
注3:水分解光電極
水の中に浸した光触媒材料でできた電極に太陽光などの光が照射されると、その電極表面で水(H2O)を酸化または還元する化学反応が起こり、酸素(O2)または水素(H2)が発生する。
注4:パルスレーザー堆積法
エネルギーが強い紫外線のパルスのレーザーをフォーカスし、真空中に置いた原料となる焼結体に照射すると、その原材料は瞬間的に昇華する。昇華した物質はプラズマ状態になり、対向部分に置いた基板結晶の上に向かい、基板上に薄膜として堆積する。
●添付資料
※図1は添付の関連資料を参照