イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

東工大など、ピコ秒レベルで変化する有機結晶の構造の撮影に成功

2013-04-24

ピコ秒レベルで変化する有機結晶の構造の撮影に成功
―超短レーザーを使った小型電子線回折装置の開発で―


【ポイント】
 ・生命体などの有機分子がピコ秒(1兆分の1)で起こす構造変化を直接観測する手段がなかった。
 ・「超短パルスレーザー」と「高輝度超短パルス電子線」を組み合わせた分子動画技術で有機光電子材料の超高速な結晶構造変化を直接観測した。
 ・人工光合成反応の観察や、有機太陽電池の設計などの新材料作り、たんぱく質の機能解析にも新たな道を開く。


 JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京工業大学 大学院理工学研究科の恩田 健 流動研究員と同研究科の腰原 伸也 教授は、有機光エレクトロニクス材料の中で起きる分子の移動や変形を、2兆分の1秒の時間分解能(撮影間隔は10兆分の1秒)を持つ電子線を用いた直接的な結晶構造解析法(分子動画)により明らかにしました。
 これまで、柔軟性を持つ有機分子で、超高速に起こる構造変化(注1)の直接的観測手段は、100億分の1秒程度までしかなく、新しい光反応物質の開発や光生物学的な現象解明の妨げになってきました。
 本研究では、「超短パルスレーザー」と「高輝度超短パルス電子線」を組み合わせた分子動画技術を新たに開発しました。そして、超高速光スイッチ材料(注2)として近年注目されている有機電荷移動錯体(注3)結晶(EDO−TTF)2PF6(※)について、光を照射した時の結晶内での分子の変形や移動を直接的に明らかにしました。これは、有機光エレクトロニクス材料の超高速な結晶構造変化を動画技術で直接観測した初めての例となります。また、ここで用いた小型の分子動画技術は、有機光エレクトロニクス材料のみならず、人工光合成など有機物からなるさまざまな新規材料や、たんぱく質など有機生体機能分子の機能解析・新材料設計にも新たな道を切り開くものになると考えられます。

 本研究は、カナダ・トロント大学(ドイツ・マックスプランク研究所 兼任)のR.J.D.ミラー教授のグループ、京都大学の矢持 秀起 教授のグループ、名城大学の齋藤 軍治 教授との共同研究により行ったものです。
 本研究成果は、2013年4月18日(英国時間)発行の英国科学誌「Nature」に掲載されます。

 ※「(EDO−TTF)2PF6」の正式表記は添付の関連資料を参照

 ■本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
  研究領域 :「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」
        (研究総括:伊藤 正 大阪大学 ナノサイエンスデザイン教育研究センター 特任教授)
  研究課題名:「光技術が先導する臨界的非平衡物質開拓」
  研究代表者:腰原 伸也(東京工業大学 教授)
  研究期間 :平成21年10月〜平成27年3月

 JSTはこの領域で、最先端レーザーなどの新しい光を用いた物質材料科学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開を目指しています。
 上記研究課題では、最新の超高速レーザシステムを駆使して、「物質の臨界的非平衡構造」がどのようになっているかを調べること、それによって高速かつ超高感度な光応答を示す物質や協働的原子移動型触媒などといった新光機能性材料を創成することを目指しています。

 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
  研究領域 :「光エネルギーと物質変換」
        (研究総括:井上 晴夫 首都大学東京 戦略研究センター 教授)
  研究課題名:「新しい時間分解赤外振動分光法を用いた複雑な光エネルギー変換過程の解明」
  研究代表者:恩田 健(東京工業大学 流動研究員)
  研究期間 :平成23年10月〜平成29年3月

 JSTはこの領域で、異分野融合による自然光エネルギー変換材料および利用基盤技術の創出を目指しています。
 上記研究課題では、有機分子の電荷や構造変化に敏感な時間分解赤外振動分光法を用いて人工光合成系など光エネルギー変換過程における超高速な電荷移動過程を実時間で明らかにすることを目指しています。


<研究の背景と経緯>
 半導体の光応答、化学における光反応、生物における光合成など、光を利用する超高速の情報処理や光エネルギー変換・利用に関わる現象では、1兆分の1秒以下の時間で最初の重要な過程が起きると考えられています。このことは、超短パルスレーザーを用いた色変化や分子振動状態を調べる分光学的研究から予測されてきました。
 有機電荷移動錯体結晶(EDO−TTF)2PF6は、超伝導体の候補として検討されてきた物質ですが、光励起によって絶縁体と金属的状態の間を変化する光誘起相転移という劇的な色変化(波長の変化)を伴う現象を示すことが分かりました。最近、光に対する応答速度が1兆分の1秒以内という超高速であることが分光学的研究によって明らかとなり、この特性を利用した超高速光スイッチ材料として注目されています。
 これまで、このような物質の超高速変化は光励起に伴う構成材料(分子など)の間の電子の移動と、分子の位置や形の変形が組み合わさって起きていると考えられてきました。しかし、光により観測しやすい電子移動のみに対して実験と理論考察が集中し、構造変化の観点からの検討は行われていませんでした。これは、超高速で起きる構造変化の実態を直接的にとらえて解析し、新材料創製につなげるための手段がなかったためです。特に有機物では、今回の電荷移動錯体だけでなく、光合成分子や各種光機能性たんぱく質など、その柔らかな構造ゆえ電子の動きに伴う構造変形が大きいことがその機能発現の本質を担っていると考えられています。そのため、高速で起きる構造変形を直接的に観測する手法が求められていました。
 この現状を打破するべく、X線回折法を中心にさまざまな観測技術開発が世界的に競われていますが、有機結晶(有機エレクトロニクス材料や生命機能材料)については、回折線強度が弱く原理的な問題に直面しています。
 そこで、本研究では発想を変え、電子顕微鏡技術をヒントに、回折線強度が強い電子線回折実験の時間分解測定を試みました。細かい時間間隔で照射するパルスレーザー光を用いて発生させた約10兆分の1秒の時間幅を持つ高輝度な超短パルス電子線を利用し、2兆分の1秒の時間分解能を持つ小型の電子線回折装置を開発しました。この装置を用いて有機光エレクトロニクス材料の超高速構造変化の観測に成功しました。


<研究の内容>
 (EDO−TTF)2PF6は、室温では結晶のある特定の方向にだけ良く電気を流す金属的性質を示します。この物質を7℃(280K)以下まで冷やすと、電子(正孔)(以下では電子や正孔を「電荷」で総称する)並びに構成分子間や分子内に働くさまざまな相互作用により、絶縁体的性質を示すようになります。
 これまでの本グループの研究により、低温に冷やして絶縁体となったこの物質に10兆分の1秒という短い間隔の光を照射すると、劇的な色変化が起きること、そしてその後100億分の1秒ぐらい経ってから、結晶を室温に置いた時に得られるのと同じ金属的な状態に戻ることが分かりました。しかし、その起源であるはずの電荷の動きと、結晶や分子の構造変化の関連についての情報は分かっていませんでした。
 そこで、本研究では電子線回折法に挑戦しました。電子は粒子と波の二重の性質を持ち、高速で移動する電子は原子レベルの短い波長を持つ波としても振る舞います(この特性の利用技術の1つが電子顕微鏡です)。高速の電子線を結晶に照射すると、電子の波は回折現象を示し、この回折線の進行方向と強度を調べることにより試料の結晶構造を明らかにすることができます。これが電子線回折による結晶構造解析の原理です。この手法は、X線(超短波長電磁波)を用いた構造解析技術との相似性を持ちつつ、電子顕微鏡技術と極めて親しい関係のある、原子レベルの構造を明らかにするための観測手法です。また電子線は、電子線のエネルギーが決める分解能の限界などいくつかの点で劣るものの、回折線強度は非常に強いという利点を持っています。このため、有機結晶の超高速構造変化の観測に成功すれば、X線技術との相補性、電子顕微鏡と同様に装置が小型化でき持ち運びもできることから、さまざまな有機材料開発への利用が期待されます。実際に製作された装置は一般の実験室に十分収まる大きさです(図2、X線の場合、例えば自由電子レーザーは装置の長さが約1km程度)。
 ここで、試料に照射する電子集団(電子バンチ)の時間幅を十分短くできれば、超高速で原子レベルの結晶構造解析が可能となります。本研究で開発した装置では、10兆分の1秒以下の超短パルスレーザー光を金(Au)の薄膜へ照射し、その表面から放出された電子バンチをさらに特殊な圧縮器(RFキャビティ)で圧縮することにより、試料に照射する電子バンチの時間幅を10兆分の1秒程度に抑えました。この電子バンチを、100ナノメートル(ナノは10億分の1)まで薄く切った(EDO−TTF)2PF6結晶へ照射し、透過してきた電子の回折パターンをCCDカメラでとらえることにより回折像を得ました(図1下図)。一方、試料を励起するための光は、電子バンチ生成に用いたレーザー光の一部を分けて用いました。ここで、電子バンチとの時間差を任意に制御することにより測定を行いました。この測定装置における時間分解能は0.4ピコ秒(2.5兆分の1秒)です。この装置により得られた回折像とシミュレーション計算の比較検討により、結晶構造がどの様に時々刻々と変化するかを明らかにしました。
 その結果、従来の光による測定で明らかになっていた電荷分布変化と同じ時間スケールで構造変化が起きることが確認され、その詳細も明らかにすることに成功しました(図3)。このように有機結晶で、電荷変化と構造変化を同じ時間スケールで観測した例はこれまでありません。この結果から、機能に関わる成分の一部を変化させた材料を作るという指針で、光スイッチの速度を変化させられる可能性が判明し、現在研究グループでは新材料を目指した研究を始めています。

<今後の展開>
 本研究では、有機結晶において2兆分の1秒という時間分解能で超高速に進行する電荷(電子・正孔)の動きと分子の形状や位置の変化との関連をとらえることに初めて成功しました。この成果は、超高速光スイッチング材料の探索やその応用のための基礎となるばかりでなく、同様な有機結晶からなるさまざまな有機光電素子の動作を理解し、新しい材料を開発する指針となります。今後は有機発光素子、有機太陽電池、有機トランジスターなど有機物を用いた電子デバイスの動作原理や、光触媒、人工光合成などの光エネルギー変換の過程などを明らかにする研究への応用が期待されます。さらに測定装置は、比較的小型であるため実験室レベルで設置、測定できるという利点を持っています。そのため今後、操作性が向上すれば市販化され、大学、企業を問わず多くの研究室へ普及することが期待されます。
 なお、このような挑戦的な研究は、光学的な超高速分光の専門家、時間分解電子線回折の専門家、物質開発を行う有機合成の専門家など、専門分野の異なる研究者が1つの方向に共鳴した国際的、学際的な共同研究によって初めて得られたものです。


※参考図、用語解説は添付の関連資料を参照


<論文タイトル>
 “Mapping molecular motions leading to charge delocalization with ultrabright electrons”
 (高輝度電子線による電荷非局在化を導く分子の動きの画像化)
 DOI:10.1038/nature12044


Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版