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理化学研究所と東大など、電子スピンの渦「スキルミオン」を微小電流で駆動することに成功

2012-08-15

電子スピンの渦「スキルミオン」を微小電流で駆動
―従来の10万分の1の低電流密度での磁気情報操作技術の実現に大きく前進―


◇ポイント◇
 ・らせん磁性体FeGeで、室温付近でも安定な「スキルミオン結晶」をマイクロ素子中に生成
 ・直径70nmのスキルミオンを、わずか5A/cm2の低電流密度で駆動
 ・スキルミオンを情報担体として利用する次世代磁気メモリ素子の実現に道筋



 理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)、物質・材料研究機構(潮田 資勝理事長)は、らせん磁性体(※1)であるFeGeを用いたマイクロ素子中に、電子スピンが渦巻状に並ぶスキルミオン結晶(※2)を生成し、強磁性体中の磁壁(※3)を駆動するのに必要な電流の10万分の1以下という微小電流密度で、スキルミオン結晶を駆動することに成功しました。これにより、磁気的な情報担体の状態を、極めて低い消費電力で電気的に操作する技術の実現に向けて有効な指針を得ることができました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)強相関量子科学研究グループ強相関物性研究チームの于秀珍(ウ シュウシン)特別研究員と十倉好紀グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、物質・材料研究機構先端的共通技術部門(藤田大介部門長)表界面構造・物性ユニット木本浩司ユニット長らによる研究成果です。

 磁石の源である電子スピンの向きをデジタル情報として利用する磁気メモリ素子は、高速・不揮発性などの特徴をもつデバイスとして注目されており、その磁気情報を磁場を用いずに電気的に操作する試みが近年盛んに行われています。強磁性体中に電流を流すと、磁化が上向きの磁区(※3)と下向きの磁区の境界である磁壁(そこでは電子スピンの向きが徐々に変化している)を移動させることができるため、磁化反転が可能になり、情報を書き込むことができます。しかし、磁壁を移動させるには、最低でも1平方センチメートル(cm2)あたり約10万アンペア(A)という大電流密度が必要でした。これでは、大量のエネルギー損失が生じる(消費電力が大きい)ため、より低い電流密度で磁気情報担体を操作する方法が望まれていました。

 さまざまな機能性磁気材料を探索してきた研究チームは、2010年、らせん磁性体FeGeの薄片に、室温付近で200ミリテスラ(mT)以下の弱磁場を加え、スキルミオン結晶の生成と観測に成功しています。今回、このFeGeを用いて、縦165μm、横100μm、厚さ100nm〜30μmのマイクロ素子を作製し、−23℃〜室温近傍(−3℃)で約150mTの磁場を加えたところ、直径約70nmの安定したスキルミオンが三角格子状に並ぶスキルミオン結晶を観察しました。さらに、従来の強磁性体における磁壁駆動の場合に比べて10万分の1以下という微小な電流密度(〜5A/cm2)で、スキルミオン結晶を駆動することに成功しました。このような微小な電流密度でスキルミオンを駆動できることは、スキルミオンを情報担体として用いた低消費電力の磁気メモリ素子の開発に向けての第一歩であり、現在、次世代の電子技術として研究の盛んなスピントロニクス(※4)分野においてさまざまな応用が期待できます。

 本研究成果の主たる部分は、総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の「強相関量子科学」事業(中心研究者:十倉好紀)によるもので、日本学術振興会を通じて助成され実施されました。また一部は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業・ERATO型研究プロジェクトおよび文部科学省ナノテクノロジーネットワークによる支援を受けており、英国の科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(8月7日付け:日本時間8月8日)に掲載されます。


1.背景
 スキルミオンと呼ばれる電子スピンの渦(図1)は、2009年の中性子小角散乱実験によって、らせん磁性体中にその存在が示唆されていました。これまでに研究チームは、らせん磁性体であるFe0.5Co0.5SiやFeGeに磁場を印加すると、電子スピンの向きが徐々に変化しながら渦巻状に並んでスキルミオンが形成され、一定の磁場・温度では、スキルミオンが規則的に並んでスキルミオン結晶を形成することを、2010年に磁場中のローレンツ電子顕微鏡(※5)観察で発見しました。スキルミオン結晶に電流を流すと、通過する伝導電子にスキルミオンから実効的に磁場が加わり、トポロジカルホール効果(※6)など新奇な電磁気現象が現れたり、伝導電子のスピンの向きが変わったりします。一方、スキルミオンのスピンも、伝導電子のスピンの向きの変化に応じて変化するため、スキルミオンが回転したり電流方向へ移動したりします(スピントランスファートルク効果(※7))。
 電子の磁化を情報担体として利用する磁気メモリ素子では、電子スピンの向きを制御することが重要です。強磁性体中に電流を流すと磁壁を移動させることができるため、磁化反転が可能になり、情報を書き込むことができます。しかし、スピントランスファートルク効果で磁壁を移動させるには、約10万A/cm2より大きな電流密度が必要でした。一方、スキルミオンは結晶中の欠陥などに補足されにくい性質があるために、微小な電流密度でスキルミオンを移動させたりすることができると予測されていました。
 そこで今回、スキルミオンの電流駆動を検証するために、FeGeのマイクロ素子を作製し、スキルミオンの動態観察に挑みました。


2.研究手法と成果
 磁性体中の電子スピンの向きを反映する磁化状態を観察するには、試料中に電子線を透過させて観察するローレンツ電子顕微鏡法が有効です。そこで研究チームは、電子線が透過できる厚さ100nmの薄膜部分を持った、縦165μm、横100μm、厚さ100nm〜30μmのFeGeのマイクロ素子を作製しました(図2)。次に、素子に垂直な方向に0〜150mTの磁場を印加しながら、ローレンツ電子顕微鏡で素子の磁化状態を観察しました。ゼロ磁場では、温度が−268℃〜2℃の範囲でスキルミオンは生成せず、周期70nmのストライプ構造を観測しました(図3a)。次に、150mTの弱磁場を印加すると、−23℃から室温近傍(−3℃)という広い温度範囲で、直径70nmのスキルミオンが三角格子状に並んだスキルミオン結晶が形成されることを見出しました(図3b、c)。焦点の違う2枚のローレンツ電子顕微鏡像から電子スピンの向きを解析したところ、確かにスキルミオン中の磁化分布は渦状であることを確認しました(図3d)。
 次に、−23℃において、電流が流れることで発生するジュール熱によってスキルミオンが消滅してしまわない範囲内で電流密度を徐々に増やし、ローレンツ電子顕微鏡で観察しました。その結果、電流密度が約18A/cm2以上になるとスキルミオン結晶は回転しはじめ、26A/cm2を超えるとスキルミオン全体が移動しはじめました(図4a、4b)。スキルミオンを駆動するのに必要な最小の電流密度(臨界電流密度)を調べたところ、温度の上昇に伴って臨界電流密度は減少し、らせん磁性体の転移温度(2℃)の直下である−3℃のとき、約5A/cm2であることが分かりました。


3.今後の期待
 従来の強磁性体における磁壁駆動に必要な電流密度に比べ、FeGeのマイクロ素子では4桁以上小さい電流密度でスキルミオンを駆動することに成功しました。これは次世代の低消費電力磁気メモリ素子の開発につながる重要な成果です。


原論文情報
 Xiuzhen Yu, Naoya Kanazawa, Weizhu Zhang, Takuro Nagai, Toru Hara, Koji Kimoto, Yoshio Matsui, Yoshinori Onose, and Yoshinori Tokura.“Skyrmion flow near room temperature in an ultra−low current density”, Nature Communications, 2012, doi: 10.1038/ncomms1990


※補足説明・図1〜4は、添付の関連資料「参考資料」を参照

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