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JSTなど、シリコン原子の振動を利用して周波数コムの観測に成功

2012-03-08

シリコン原子の振動を利用して周波数コムの観測に成功
(光通信を1000倍高速化する基盤技術開発に貢献)



【概要】
 国立大学法人筑波大学【学長 山田信博】数理物質系の長谷宗明准教授、国立大学法人電気通信大学【学長 梶谷 誠】大学院情報理工学研究科の桂川眞幸教授、ピッツバーグ大学物理・天文学科のHrvoje Petek教授らのグループは、原子の集団振動(格子振動:フォノン)を操作する技術を開発し、100テラヘルツ(THz=10の12乗(※)Hz)以上の極めて広い周波数帯域を持つ、全く新しい原理に基づく周波数コム(注1)(櫛の歯状に分布したスペクトル)の発生と観測に成功しました。

※「THz=10の12乗」の正式表記は添付の関連資料を参照

 光ファイバーを用いた光通信に代表されるように、光を振幅(あるいは位相)変調する技術(光変調技術)は、現代社会のインフラを支える基盤技術であり、光変調技術の高速化、大容量化が常に望まれています。また光変調技術を用いた光通信では、変調周波数の高度な安定化(正確な周波数間隔)も大きな課題です。しかし、デバイス材料として最も重要な半導体シリコンを用いた電子デバイスあるいは光デバイスに関する研究は、ギガヘルツ(GHz=10の9乗(※)Hz)周波数帯域で動作するものがほとんどです。これまでの周波数の限界を突破して、さらなる高速化、大容量化、高安定化を達成するためには、テラヘルツ以上の高い周波数帯域を持つ、全く新しい動作原理の光変調技術や周波数コムの実現が強く望まれています。しかし、半導体シリコンなど固体結晶中の格子振動を発生原理としたテラヘルツ帯域の周波数コムに関する研究は、格子振動を操作する技術の確立が困難とされていたため、全く未知の領域でした。

 ※「GHz=10の9乗」の正式表記は添付の関連資料を参照

 本研究グループは、極短パルスレーザー光(注2)を半導体シリコンに効率よく吸収させることにより、大振幅のコヒーレント光学フォノン(注3)(周波数15.6THz)の励起に成功しました。また、このコヒーレント光学フォノンに伴うシリコン表面の屈折率変調を積極的に光変調技術として利用することにより、間隔が15.6THzの櫛状かつ100THz以上の広帯域をもつ周波数コムの発生を世界で初めて実現しました。

 今回、得られた周波数コムは、光周波数ではなくフォノン周波数として現れることから「フォノン周波数コム」とも呼べる全く新しいタイプのものです。このフォノン周波数コムを、光ファイバーに結合することができれば、従来の光通信よりも、1000倍以上高速に情報を伝送することが可能になります。また、今後、光通信や光スイッチなどで利用できる新しい光デバイスの開発において、大きな役割を担うことが期待されます。さらに、周波数コムの周波数間隔を高度に安定化することができれば、光通信の高品質化に繋がるだけでなく、テラヘルツ周波数帯域の周波数物差しとして、超精密分光法や周波数標準などに応用できる可能性も秘めています。

 本研究成果は、2012年3月4日(18:00 GMT,英国時間)に英国科学雑誌「Nature Photonics」のオンライン速報版で公開されます。


【研究の背景と経緯】
 レーザー光などの光を振幅(あるいは位相)変調する技術は、現在の光通信の基盤技術になっており、例えば、光通信では、電気信号を変換回路で光信号に振幅変調し、光ファイバー中を伝送しています。こうした電気−光の変換を行う回路は光変調器と呼ばれ、その変調方式としては現在、半導体レーザー光をオン・オフさせる直接変調方式と、外部から電気・光学効果(注4)、非線型光学効果(注5)などによって変調を与える外部変調方式の二つがあります。
 しかし、これらの変調方式では、時間応答にして1ピコ秒〜1ナノ秒程度、周波数帯域に換算すると、ギガヘルツ(GHz:10の9乗(※)Hz)帯域が限界でした。そのため、光通信におけるさらなる伝送容量の大容量化、伝送速度の高速化、より高速の光スイッチングデバイスを実現するにあたっては、さらに高速のフェムト秒(ピコ秒の1000分の1)の時間応答(周波数領域に換算して、テラヘルツ;THz:10の12乗(※)Hz)での光変調を可能にする、全く新しい物理的原理の考案が望まれていました。また光変調技術を用いた光通信では、変調周波数の高度な安定化(正確な周波数間隔)も伝送情報の高品質化には欠かせない技術課題でした。
 そこで、これまで長谷宗明准教授らは、原子の集団振動(格子振動:フォノン)に着目し、半導体など固体結晶中に存在するテラヘルツ周波数帯域のフォノンによる光変調を原理とした周波数コムの開発に取り組んできました。周波数コムとは、周波数領域に櫛の歯のように規則正しいピーク構造をもつスペクトルのことです。例えば特にフェムト秒パルスレーザーがモード同期され発振した光は、時間領域において高繰返しのモード同期超短光パルス列を示し、周波数領域では、多数の光周波数列がモード同期周波数の間隔で規則的に櫛(コム)の歯状で並んだ離散スペクトル構造を示します。この光の周波数コムを開発したJohn L.Hall博士、Roy J.Glauber博士、Theodor W.Hansch博士は、2005年のノーベル物理学賞を受賞しています。その応用としては、周波数コムを光の振動数の物差しとして利用する、ストロンチウム原子のレーザー冷却による光格子時計(注6)が実現されています。
 しかし、フォノンを原理とした周波数コムに関する研究は、これまで大振幅のコヒーレント光学フォノンを励起することが困難であったため、全く未知の領域でした。


【研究成果の内容】
本研究では、光の波長が約400nm(青色)で、その光電場がパルスの発生時間内にわずか数サイクルしか振動しない、パルス幅が10フェムト秒(100兆分の1秒)以下の極短パルスレーザー光を用いることで、半導体シリコンの直接遷移バンドギャップに対する共鳴励起(注7)を効率的に行う(図1a)と同時に、検出感度が極めて高い電気・光学サンプリング検出系(図1b)を開発しました。これらにより、これまで困難とされてきた、シリコンにおける大振幅のコヒーレント光学フォノン(周波数15.6THz)を励起することと、反射率変化にしてΔR/R=10の−6乗(※)以下の高感度検出系の開発に成功しました(図2)。そして、この測定系において、ポンプ(励起)パルスによるコヒーレント光学フォノン発生に伴う分極振動観測が可能になりました。さらに、このコヒーレント光学フォノンに伴う分極振動によるシリコン表面の屈折率変調を利用し、ポンプパルスから一定遅延時間後に照射されたプローブ(探索)パルス電場の振幅および位相を変調することにより(図3)、周波数間隔がちょうど15.6THzで、コヒーレント光学フォノンの周波数のちょうど7倍(109.2THz)以上の帯域をもつ周波数コムの発生に世界で初めて成功しました(図4)。
 このようにコヒーレント光学フォノン励起によって発生する周波数コムは、これまでの光周波数コムに対比させて「フォノン周波数コム」と呼ぶことも出来ます。またその帯域は、励起光強度および極短パルスレーザー光のパルス幅による制御が可能であることが分かりました。

 ※「ΔR/R=10の−6乗」の正式表記は添付の関連資料を参照

【今後の展開】
 本研究で得られた成果は、今後、光ファイバーを用いた大容量光通信やテラヘルツ光テクノロジーを利用した新しい光デバイスの開発などに繋がることが期待されます。また、超高帯域周波数コムを応用した分光法を開発することにより、化学反応や相変化の制御など、幅広い応用が期待されます。例えば、コヒーレント光学フォノンによりテラヘルツの周波数で振幅・位相変調されたフォノン周波数コムを変調光として光ファイバーに取り込めば、毎秒テラビット(10の12乗(※)bit/s)以上の超高速データ送信を可能にする新しい光源が実現します。
 また、コムの周波数の値は、光励起する物質の種類を選択することで自由自在に変更することができます。例えば光学フォノンの周波数がシリコンよりも格段に高いダイヤモンド結晶を用いれば、200THz以上の超広帯域のフォノン周波数コムの発生も可能となります。さらに、フォノン周波数コムの周波数間隔を高度に安定化することができれば、光通信の高品質化に繋がるだけでなく、テラヘルツ周波数帯域の周波数物差しとして、超精密分光法に応用できるようになる可能性も秘めています。

 ※「10の12乗」正式表記は添付の関連資料を参照


【研究サポート】
 本研究は、JST 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「光の創成・操作と展開」研究領域(研究総括:伊藤 弘昌 科学技術振興機構 イノベーションプラザ宮城 館長)における研究{研究者:長谷 宗明(研究期間:2005年〜2008年度)・桂川 眞幸(研究期間:2005年〜2008年度)}として行われた成果をもとにしています。


 ※以下の資料は添付の関連資料「リリース詳細」を参照
 ・図1:シリコンの直接遷移バンドギャップにおける光励起と検出系
 ・図2:シリコンにおいて得られたプローブ光の反射率変化
 ・図3:シリコン表面におけるプローブ光の振幅および位相変調
 ・図4:反射率変化のフーリエ変換スペクトルに現れた周波数コム(櫛)
 ・用語解説
 ・論文情報

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