Article Detail
浜松医科大と新潟大など、人間の毛髪の3種類の分子が年をとるのに従って増減することを発見
新型顕微鏡で加齢に伴う毛髪中の変化を明らかに
<概要>
脇紀彦・浜松医科大学学生(医学科3年)、瀬藤光利・同教授らは、新潟大学との共同研究により、人間の毛髪の「皮質」と呼ばれる部分にある3種類の分子が、年をとるのに従って増減することを発見しました。この成果は、世界の著名な科学研究を幅広く掲載している「PLoSONE」に、日本時間10月25日午前6時に公表されます。
なお本成果は、JST研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)の一環として開発された「質量顕微鏡」を使用して得られたものです。
<研究の背景>
私たち人間にとって毛髪は、頭部の保護のみならず美容のためにも、とても大切な存在です。
また、髪の毛は事件が起きたときの重要な物的証拠となることもあります。
人間の毛髪は主に髄質、皮質、キューティクルという3つの部分からできています(参考図1)。
一番内側にある細い管のような部分が髄質で、その外側にあるのが皮質です。さらに外側をキューティクルという構造が覆っています。年をとるにつれて髪の毛の光沢が失われたり、コシがなくなったりすることがあり、とりわけ髄質や皮質が光沢やコシにとって重要であることが最近わかってきています。しかし、年をとるにつれてどのような分子の変化が起こるのかを、髄質や皮質を区別しながら調べた研究はこれまでありませんでした。
<研究の成果>
今回研究グループは、毛髪の断面の中にある分子がどのように分布しているかを、質量顕微鏡法という手法を使って調べました。質量顕微鏡は瀬藤教授のグループが島津製作所と共同して開発した新しいタイプの顕微鏡です(参考図2)。質量顕微鏡法を使うことで、何百もの分子について、髪の毛の断面中でそれらがどのように分布しているかを一度に知ることができました。さらに、質量顕微鏡法は、髪の毛の髄質と皮質という、とても細かい部分の違いを区別できることがわかりました(参考図3)。
研究グループはこの方法を使い、20歳前後の人間の髪の毛と50歳前後の人間の髪の毛を比べました。その結果、数多くの分子の中で、ホスフォエタノールアミンという分子が加齢にともなって増えることを示しました。またその一方で、ジヒドロウラシルとDHMAという分子が加齢にともなって減ることがわかりました(参考図4)。これらの分子の量は、髄質では変化しておらず、皮質で変化していました。
<今後の展開>
今回の研究により、年をとるにつれて髪の毛の皮質の中で量が増える分子と減る分子のそれぞれが発見されました。減る分子として見つかったジヒドロウラシルとDHMAは油としての性質を持っており、シャンプーやコンディショナーにこれらを混ぜて補うことで、加齢による髪の毛の変化を抑えられる可能性があります。今回の知見から、髪の毛が警察調査などで使われる際により詳しい情報を得られるようになることも期待されます。さらに分子がどうして増えたり減ったりしているのかを明らかにすることができれば、加齢に伴って髪の毛が痛んでいくことの仕組みがより明らかになります。体の中で起こっていることは髪の毛の中に反映されますから、体全体の老化の仕組みを明らかにすることに繋がることも期待されます。
<質量顕微鏡の概要>
浜松医科大学と島津製作所を中心とした開発チームは、生体組織などを光学顕微鏡で観察して分析したい部位を決め、そこに含まれる分子について大気圧下で質量分析できる「質量顕微鏡」のプロトタイプ機を開発しました。現在、本装置の実用化に向けて、更なる開発を進めています。
JSTでは平成23年度から、先端計測分析技術・機器開発プログラムで開発したプロトタイプ機を外部研究者にも解放し、共同利用を促す取り組み「開発成果の活用・普及促進」を開始しました。「質量顕微鏡」もその一環として、準備が整い次第、研究者らに活用していただく予定です(※)。
詳細については、JSTや各機関のホームページで順次ご案内します。
※課題名「顕微質量分析装置の活用・普及促進」(チームリーダー:早坂孝宏・浜松医科大学助教)
<発表雑誌>
PLoS ONE
<論文タイトル>
Investigation by Imaging Mass Spectrometry of Biomarker Candidates for Aging in the Hair Cortex
<著者>
Michihiko Luca Waki,Kenji Onoue,Tsukasa Takahashi,Kensuke Goto,Yusuke Saito,Katsuaki
Inami,Ippei Makita,Yurika Angata,Tomomi Suzuki,Mihi Yamashita,Narumi Sato,Saki
Nakamura,Dai Yuki,Yuki Sugiura,Nobuhiro Zaima,Naoko Goto−Inoue,Takahiro Hayasaka,
Yutaka Shimomura,Mitsutoshi Setou
<謝辞>
本研究開発は、以下の支援を受けて実施しました。
文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究)「脂質マシナリーの可視化」、研究代表者:瀬藤光利
JST研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)プロトタイプ実証・実用化タイプ「顕微質量分析装置の実用化開発」、分担開発者:瀬藤 光利
<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 イノベーション推進本部 産学基礎基盤推進部(先端計測分析技術・機器開発担当)
〒102−0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
<参考図>(※以下の資料は添付の関連資料「参考図」を参照)
図1.人間の髪の毛の構造
図2.瀬藤教授のグループが島津製作所と共同して開発した質量顕微鏡
図3.質量顕微鏡法で髪の毛の断面中の分子が検出された。上の段は従来の顕微鏡による断面像。
図4.ホスホエタノールアミンは加齢にともない髪の毛の皮質で増えていた。