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東大など、T2K実験でニュートリノの「CP対称性の破れ」の解明に第一歩を踏み出す

2016-08-11

T2K実験、ニュートリノの「CP対称性の破れ」の解明に第一歩を踏み出す


■本研究成果のポイント
 ○ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度では起きない可能性が高く、CP対称性の破れがあることを示唆する結果を得た。
 ○今後データ量を増やしての検証を要するが、ニュートリノと反ニュートリノが違う性質を持つ可能性を示唆する興味深い結果である。

【概要】
 T2K実験(※1)(東海−神岡間長基線ニュートリノ振動実験、図1)国際共同研究グループ(以下、T2Kコラボレーション)は、反ミュー型ニュートリノから反電子型ニュートリノへのニュートリノ振動について、2014年の実験開始から取得した観測実験データをまとめ、同研究グループが2010年から2013年までの実験で明らかにしたミュー型ニュートリノから電子型ニュートリノへのニュートリノ振動の結果と比較し、ニュートリノと反ニュートリノで、電子型ニュートリノへの出現が同じ頻度では起きない、すなわち、「CP対称性の破れ(※2)」があることを示唆する結果を得ました。「ニュートリノと反ニュートリノニュートリノ振動の確率が違う」ということが事実であれば、万物を構成する素粒子の仲間であるクォークでは破れている「CP対称性」がニュートリノでも破れていることを意味するとともに、「宇宙の始まりであるビッグバンで物質と反物質が同数生成されたのに、現在の宇宙には反物質はほとんど存在していない」という宇宙の根源的な謎を解明するうえで大きなヒントとなります。
 当初目標の約20%のデータ量を取得した今回のT2K実験の結果は、「ニュートリノと反ニュートリノの違い」があり得ることを90%の確率で示すものです。T2Kコラボレーションは今後、ニュートリノビームを作る陽子ビームの強度をさらに大きくし、目標のデータ量を当初目標の2.5倍(現在の約13倍)に引き上げることで、ニュートリノにおける「CP対称性の破れ」を3σ(=有意水準99.7%)の信頼度で検証することを目指します。

【背景】
 宇宙の始まりであるビッグバンでは物質と反物質が同じ数だけ生成されたはずであると考えられています。「物質と反物質が合わさると消滅してしまうのに、現在の宇宙には反物質はほとんど存在せず、自然界にはほぼ物質だけが存在している」というパラドックスは、自然界の成り立ちを知る上で未解明の大きな謎の一つです。素粒子物理学では、その理由は物質と反物質になんらかの性質の違いがあるためと考えられており、その性質の違いは「CP対称性の破れ」とよばれ、どの素粒子が宇宙の成り立ちにかかわる「CP対称性の破れ」を持っているのかを解明するのが、最重要な研究課題のひとつとなっています。物質を構成する素粒子12種類のうち「クォーク」という素粒子については、「CP対称性の破れ」が見つかっており、そのメカニズムは小林誠・益川敏英両博士によって理論的に解明され、その正しさが日本における高エネルギー加速器研究機構(KEK)でのBelle実験と米国でのBaBar実験により証明されました。ただ、「クォークでのCP対称性の破れ」だけでは現在の宇宙の成り立ちを説明するのは難しいとされています。
 一方、残りの6種類の素粒子である「レプトン(※3)」については、「CP対称性の破れ」があるかどうかは未解明で、そのうちの3種類の素粒子のニュートリノについては「CP対称性の破れ」が存在する可能性が指摘されています。そのため、日本における大強度陽子加速器施設J−PARCと東京大学宇宙線研究所のスーパーカミオカンデ検出器によるT2K実験と米国の国立フェルミ加速器研究所でのNOvA実験で、加速器で作り出したニュートリノを用いてニュートリノ振動を詳細に調べる実験が進行中です。
 ニュートリノは、電荷をもたない中性の非常に軽い素粒子で、他の素粒子との反応の仕方の違いから、電子型、ミュー型、タウ型という3種類が存在することがわかっています。ニュートリノは、「ニュートリノ振動」という現象をおこして、長距離を飛行する間に別の種類のニュートリノに変化することが明らかになっています。T2Kコラボレーションは、2013年までに、J−PARCを用いて、陽子ビームから大量にミュー型ニュートリノを生成し(図2)、295km離れたスーパーカミオカンデ検出器(図3)で観測する方法によって、ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化するニュートリノ振動(電子型ニュートリノ出現(※4))を世界で初めて直接検出することに成功しました(図4)。
 3世代のニュートリノ振動を説明する標準的な理論によると、ニュートリノの「CP対称性の破れ」があるとすれば、この電子型ニュートリノ出現にもその効果が現れると考えられています。具体的には、ニュートリノと、その反物質である反ニュートリノでは、「電子型ニュートリノ出現が起きる確率」に違いが出ると考えられます。T2K実験は、ミュー型ニュートリノを生成して電子型ニュートリノへの変化を測定するだけではなく、反ミュー型ニュートリノを生成して反電子型ニュートリノへの変化を測定することもできます(図5)。この理論によると、もしニュートリノの「CP対称性の破れ」が存在しなければ、T2K実験での「ミュー型ニュートリノが電子型ニュートリノに変化する確率」と、「反ミュー型ニュートリノが反電子型ニュートリノに変化する確率」は同じになりますが、もし、「CP対称性の破れ」が存在すれば両者に差が生じます。
 また、「CP対称性の破れ」がない場合にそれぞれの変化が起きる確率は、中国、韓国、フランスで行われている原子炉から発生するニュートリノを観測する実験の結果からも予想することができますが、「CP対称性の破れ」がある場合にT2K実験で観測される実測値は、それとは違う値になると予想されます(図6)。
 T2K実験では、2014年より反ニュートリノを生成する実験を開始し、2016年5月までに、ニュートリノデータとほぼ同量の反ニュートリノデータを得ることができ、これまでの全データの解析の最新結果を、8月7日(日本時間)に米国シカゴで開催される高エネルギー物理学に関する国際会議(ICHEP)にて公表するに至りました。

【研究内容と成果】
 まず、T2K実験が2010年から2016年5月までのニュートリノビームを生成した期間のデータから、「CP対称性の破れがない」と仮定した場合の電子型ニュートリノの予想出現回数を求めたところ、約24個と推定されました。それに対して、スーパーカミオカンデ検出器で実際に観測された電子型ニュートリノは32個と、予測値と異なっていました(図7)。
 また、T2K実験が2014年から2016年5月までの反ニュートリノビームを生成した期間に、「CP対称性の破れがない」と仮定した場合の反電子型ニュートリノの予想出現数は、約7個でした。それに対して、スーパーカミオカンデ検出器での実際の観測では、4個の反電子型ニュートリノしか観測されませんでした(図7、8)。
 これらの観測数と予想値の違いに加えて、ニュートリノ振動を起こさなかったミュー型ニュートリノ・反ミュー型ニュートリノの観測数や、観測されたそれぞれのニュートリノ・反ニュートリノのもつエネルギーなどの測定値も考慮し、総合的な解析を行いました。また、原子炉ニュートリノ実験の結果も用いて推定した「CP対称性の破れがない」と仮定した場合の予想と比較し、電子型ニュートリノ出現現象に現れた「CP対称性の破れ」の大きさを測定しました。その結果、「ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度で起きる」という仮説は90%の確率で棄却されました。すなわち、「ニュートリノと反ニュートリノで電子型ニュートリノ出現が同じ頻度では起きない可能性が高く、CP対称性の破れがある」ということが示唆されました(図9)。

【今後の期待と展望】
 ただし、90%という信頼度は、実験の最終結果として結論づけるには統計的に十分な有意水準とは言えません。今後データ量を増やしての検証を要しますが、ニュートリノと反ニュートリノが違う性質を持つ可能性を示唆する興味深い結果です。
 現時点でのデータ収集量は、T2Kコラボレーションの当初の実験提案の約2割に到達した所です。今後、J−PARCの加速器やニュートリノビームラインの性能向上によるニュートリノビームの強度増強をはかり、より高い有意水準での「CP対称性の破れ」の検証を行なう予定です。また、T2Kコラボレーションは、J−PARCのさらなる性能向上の可能性を考慮して当初の実験提案の2.5倍のデータ(これまで取得したデータの約13倍)を収集し、さらにデータ解析の改良をすることで、ニュートリノにおける「CP対称性の破れ」を3σ(=有意水準99.7%)の信頼度で検証することを目指しています。さらに、米国NOvA実験との相互検証も可能であり、今後、数年程度のタイムスケールでニュートリノ振動の新たな知見が得られると期待できます。

 *図1〜9は添付の関連資料を参照

【用語解説】
 ※1 T2K実験
  高エネルギー加速器研究機構(KEK)と日本原子力研究開発機構が共同で運営する大強度陽子加速器施設J−PARCで作り出したニュートリノビームを、295km離れた岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する、長基線ニュートリノ振動実験。J−PARCがある茨城県東海村と神岡町(Tokai to Kamioka)の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられた。T2K実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度をもち、アメリカ・イギリス・イタリア・カナダ・スイス・スペイン・ドイツ・日本・フランス・ポーランド・ロシアの11ヶ国、61の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験となっている。日本からは大阪市立大学・岡山大学・京都大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・首都大学東京・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)・宮城教育大学の総勢102名の研究者と学生が実験の中心メンバーとして参加している。

 ※2 CP対称性の破れ
  物質と反物質の間で素粒子反応の性質が異なること。宇宙が反物質ではなく物質で構成される(物質優勢宇宙)ための必要条件の一つであり、レプトンのCP対称性の破れは非常に重要な鍵を握っている可能性がある。

 ※3 レプトン
  電子や電子の仲間の粒子と、対応する中性のニュートリノからなる一群の粒子の名称。クォークと同じように6種類あり、e(電子)−νe(電子型ニュートリノ)・μ(ミュー粒子)−νμ(ミュー型ニュートリノ)・τ(タウ粒子)−ντ(タウ型ニュートリノ)と呼ばれる。クォークのu(アップ)−d(ダウン)・c(チャーム)−s(ストレンジ)・t(トップ)−b(ボトム)にそれぞれ1対1に対応しているとみられているが、クォークとレプトンの間に何故このような対称性が存在するのかよく分かっていない。クォークの場合と同様に、レプトンにも反粒子が存在し、特に電子の反粒子を陽電子という。

 ※4 電子型ニュートリノ出現現象
  ニュートリノの世代間に質量差があると、飛行中に世代が相互に移りかわって観測されるというニュートリノ振動現象が、牧・中川・坂田らによって1962年に予言された。ニュートリノには電子型・ミュー型・タウ型の3世代があるので、それぞれの世代間で起こる3つのパターンの振動現象が起こりうる。ミュー型から電子型へと変化したところをとらえる出現現象を検出できれば、T2K実験開始時点には未発見であった第1〜3世代間の振動の確率が得られるため、その発見や頻度の測定に向けた研究が世界中で進められてきた。電子型ニュートリノ出現現象は振動の前後でニュートリノの世代が同定されるので、CP対称性の破れにも感度がある。



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