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九大と東大など、安静時脳活動の詳細な時空間構造を神経発火と脳血流の両面から解明

2016-05-20

脳の神経活動の空間パターンは脳血流のパターンに写し取られる
〜安静時脳活動の詳細な時空間構造を神経発火と脳血流の両面から解明〜


 九州大学大学院医学研究院・東京大学大学院医学系研究科の大木研一教授、東京大学大学院医学系研究科の松井鉄平助教、九州大学大学院医学研究院の村上知成博士課程3年生らの研究グループは、安静時における脳活動の詳細な時空間構造、更にそれが脳血流に変換される様子を観察することに成功しました。行動していない状態の動物で自発的に起きる安静時脳活動は、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)により脳血流信号でも観察できるため近年活発に研究され、脳疾患診断などへの応用が期待されています。これまで、安静時における神経活動の詳細や、それがどのように脳血流信号に変換されているのかは不明でした。今回の研究では、神経活動を可視化した遺伝子改変マウスで神経活動と脳血流信号を同時計測するシステムを開発し、安静時脳活動の詳細な時空間パターンと、それが脳血流へ反映される過程を解明しました。この知見は、安静時脳活動を利用した脳のネットワーク構造の解明や脳疾患診断の技術開発へ繋がることが期待されます。本研究結果は2016年5月16日(月)午後3時(米国東部時間)に「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」にオンライン発表されます。


・研究グループからひとこと:
 fMRIで観察している脳血流信号がどのような神経活動を反映しているのか、明らかにしたいと思っていました。今回の研究で血流信号とマクロスケールの神経活動の関係を明らかにしましたが、さらに小さい細胞レベルの神経活動と血流信号の関係を解明していきたいと考えています。

 *図1は添付の関連資料を参照


<別紙>

■背景
 ヒトが体を休めて安静にしているとき、脳も同じように活動せず休んでいるのでしょうか?実は、ヒトの脳は体を動かしていない安静時や睡眠時、麻酔下においてさえも体を動かしている時と同様に活発な活動をしていることが明らかになってきています。このような自発的な脳活動は安静時脳活動(※1)と呼ばれ、主にfMRIを用いて2000年代後半から脳の構造を調べるための重要な情報源として広く研究されてきました。これまでの研究で、安静時脳活動から脳の詳細なネットワーク構造を抽出できることが分かっています。例えば、物を見る時に活動する大脳皮質視覚野の安静時のfMRI信号は、眼球運動を司る大脳皮質運動野の安静時fMRI信号と強く相関し視覚情報処理に関連した大脳ネットワークを形成します。このようにして安静時脳活動から抽出される脳部位の結合は機能的結合(※2)と呼ばれ、脳全体の大域的なネットワークを調べる重要なツールになっています。また、fMRIによる安静時脳活動の計測は被験者への負担が非常に少なく、しかも5分程度の短時間で可能なため、安静時における機能的結合の変化から脳疾患を診断する方法論の開発も注目されています。以上のように、安静時脳活動は基礎的な脳の理解から臨床的な応用にいたる広い分野において基本的なツールになりつつあり、現在も活発に研究されています。
 このように重要性を増している安静時脳活動ですが、その実態がどのようなものなのか実は良く分かっていませんでした。安静時における神経活動は脳全体を波のように伝わっているのでしょうか?それとも、異なる脳の部分がバラバラに活動しているのでしょうか?安静時脳活動の詳細な時空間構造は、安静時脳活動により脳のネットワーク構造のどのような性質が抽出されているのかを知る上で基本的な情報ですが、既存の実験技術では脳全体に渡って同時に神経活動を計測することが難しいため、その実態を観察することは困難でした。また、安静時の神経活動と脳血流信号との関係も重要な問題です。これまでの研究のほとんど、そして現在も行われている研究のほとんどはヒトを被験者としたfMRIにより得られたものであり、神経活動そのものではなく二次的に起きる脳血流の変化(※3)を見たものです。従って神経活動と脳血流との対応関係は、これらのfMRIによる知見が実際の神経活動をどの程度反映しているのかを判断するために重要な情報です。また、fMRIで見た安静時脳活動の変化(例えば脳疾患による変化)の意味を明らかにする上でも重要な意味を持っています。
 今回の研究では、安静時における神経活動の詳細な時空間構造と、その脳血流への変換過程という二点を明らかにすることを目的として、最新の遺伝子改変マウスと光学的な活動観察の手法を組み合わせた実験を行いました。


■内容
 本研究グループは先ず、大脳皮質の広い領域において神経活動と脳血流を同時に観察出来るシステムを開発しました。神経細胞の活動を大脳皮質全体で記録するために、大脳皮質の全ての神経細胞がカルシウム感受性タンパク質(GCaMP)と呼ばれるセンサーを発現する遺伝子改変マウスを利用しました。GCaMPから出る緑色の蛍光を見ることで、カメラで撮影できる全域に渡って同時に神経活動を観察することができました。さらに、赤色の光で大脳皮質全体を照らして反射光を記録することにより、神経活動に伴う脳血流の変化も同時に観察できるようにしました。(図1)。また、微弱な信号を観察可能にするため、頭蓋骨を広い範囲でガラス板に置き換える手術法を使用しました。マウスの脳は平坦で大脳皮質の大部分が脳の背面上に出ているため、このシステムにより大脳皮質のほぼ全域に渡って神経活動とそこから生じる脳血流信号を同時に計測することが可能になりました。
 次に、軽い麻酔下で安静にしているマウスで長時間の観察実験を行いました。その結果、大脳皮質全体に渡って波のように伝わる神経活動が存在することを発見しました(図2a)。このような活動の波の存在は以前の研究でも知られていましたが、研究グループは新たに、大脳皮質全体を伝わる波の伝わり方が機能的結合に似た特徴的な空間パターンを生み出すことを明らかにしました(図2b)。また、神経活動と同時記録した脳血流信号との関係を詳細に分析したところ、神経活動で見えていた特徴的な空間パターンは脳血流信号の空間パターンへと正確に変換されていました(図2b)。脳血流の空間パターンは神経活動の空間パターンが現れてから2〜5秒程度の時間遅れを伴って立ち上がっており、この遅れは神経活動が脳血流に変換されるのに必要な時間を表していると考えられます。更に研究グループは、このような神経活動の特徴的な空間パターンが、脳血流信号の時間相関から計算した機能的結合の空間パターンに実際に寄与していることを示しました。これらの研究結果から、安静時の神経活動は大脳皮質の広域に渡る波のように伝わっていること、その伝わり方の中に機能的結合の空間パターンが埋め込まれていること、更に神経活動の空間パターンが脳血流信号へと変換されて見えていることが分かりました。

 *図2は添付の関連資料を参照


■本研究成果の意義
 脳は何もしていないように見える安静時においても活発に活動しており、脳の構造について重要な情報を与えてくれます。今回の結果は、このような安静時脳活動が大脳皮質全体を伝播する大規模な神経活動から生じていること、さらにその特徴的な活動パターンが脳血流信号の変化として観察可能なことを明らかにしました。
 今回の研究で得られた知見は安静時脳活動を利用した大脳ネットワークの研究や脳疾患診断への応用に繋がる基礎的な知見です。


■今後の展開
 今回の研究では長時間の安定した観察を可能にする為に麻酔した動物を使用しましたが、覚醒下の動物で同様な結果が得られることを確認するのは重要な課題です。また、今回見られた安静時脳活動が外部からの刺激により引き起こされる脳活動とどのように相互作用するかを明らかにすることは、脳のダイナミックな情報処理を理解する重要な課題だと考えています。


■用語解説
 (※1)安静時脳活動:ヒトを含めたさまざまな動物において、一見何もしていないような安静状態でも脳は活発に活動しています。このような安静時脳活動は、安静時のみならず、睡眠時、麻酔時にも広く観察されるもので、いずれの場合においても脳の解剖学的なネットワーク構造を反映したものになることが知られています。なぜこのような安静時脳活動が存在するのかという機能的意義はまだ明らかになっていません。

 (※2)機能的結合:安静時脳活動は解剖学的に繋がった脳部位、あるいは機能的に関連した脳部位で同期していることが分かっています。この性質を利用して安静時脳活動の時間相関の強さによって脳部位間の結合の強さを表した機能的結合は、脳のネットワーク的な性質を調べる際に広く用いられています。

 (※3)神経活動による脳血流の変化:脳の特定の部位で神経活動が起こると、消費された酸素を補給するため、一時的にその部位での脳血流が増大します。fMRIでは、このようにして起こる脳血流信号の変化を通して脳活動を捉えていると考えられています。


■本研究について
 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(平成27年度より文科省より移管)戦略的創造推進事業(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(平成27年度よりJSTより移管)、戦略的国際科学技術協力推進事業(SICP) 日独研究交流「計算論的神経科学」(平成27年度以降JSTより移管)、および文部科学省・科学研究費の支援を受けて行ったものです。


 (※)クロスアポイントメント制度:
  研究者が二つ以上の機関に雇用されつつ、一定のエフォート管理の下で、それぞれの機関における役割に応じて研究・開発および教育に従事することが可能な仕組み。



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