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東北大と防衛医科大、騒音性難聴に関連する遺伝子を発見

2016-01-21

騒音性難聴に関連する遺伝子を発見
‐酸化ストレス応答機構の活性化は騒音性難聴の予防を可能にする‐


<概要>
 東北大学加齢医学研究所遺伝子発現制御分野の本橋ほづみ教授と防衛医科大学校の松尾洋孝講師の研究グループは、生体の酸化ストレス応答を担う制御タンパク質NRF2の活性が、騒音性難聴(*1)のなりやすさに関連することを発見しました。NRF2の活性化は、強大音による酸化ストレス障害から内耳(*2)を保護し、聴力の低下を防ぐことを明らかにしました。そして、NRF2の量が少なめになるNRF2遺伝子の一塩基多型を持つ人は、騒音性難聴になりやすい傾向があることを見出しました。NRF2の活性を増強させることで、騒音性難聴の予防が可能になると期待されます。本研究成果は、1月18日に英国の学術誌Scientific Reportsに掲載されます。


<研究内容>

・背景
 騒音性難聴は、日常生活の中で強大音を聞いたことが原因となり聴力の低下をきたす状態で、頻度の高い感音難聴(*3)の一つです。近年、内耳の酸化ストレスの増大が騒音性難聴の主要な原因であることが明らかにされました。このことから、内耳の抗酸化機能を強めることにより騒音性難聴を治療できると考えられますが、これまでに有効な薬は開発されていません。
 NRF2は、酸化ストレス応答や異物代謝などの生体防御機構で中心的な役割を果たしている転写因子です(図1)。NRF2の働きが障害されると、薬剤性の肝障害が起こりやすくなったり、タバコの煙による肺障害が起こりやすくなったりします。このように、NRF2は私達の健康を維持する上でとても大事な働きをしています。
 NRF2遺伝子のプロモーター領域(*4)には一塩基多型(*5)が存在することが知られており、その多型の種類によりNRF2を多めに持つ人と、少なめに持つ人がいることがわかっています。NRF2を少なめに持つ人ではNRF2の働きが弱いと考えられ、急性肺障害が起こりやすかったり、喫煙に伴う肺がんのリスクが高くなったりすることが報告されています。騒音性難聴のなりやすさが、このようなNRF2の量の多少を含めて、何らかの遺伝子の働きの違いに関係するかどうかは不明でした。

・今回の発見
 NRF2を欠損するマウス(Nrf2欠損マウス)に強大音を聞かせたところ聴力の低下が顕著であり、Nrf2欠損マウスは騒音性難聴になりやすいことがわかりました。そこで、正常のマウスにNRF2の働きを強める作用がある薬剤(NRF2活性化剤)を予め投与してから強大音を聴かせると聴力の低下が抑制されました。このことから、NRF2の働きを強めることは、騒音性難聴の予防に有効であることがわかりました。一方、NRF2活性化剤を、強大音を聞かせた後に投与しても、聴力の低下を防ぐことはできませんでした。つまり、内耳が強大音により障害された後になってしまうと、NRF2の働きを強めても効果は小さいだろうということになります。
 もう少し詳しく調べると、NRF2活性化剤は、強大音を聞かせた後の内耳の感覚細胞死をほとんど完全に抑制していることがわかりました。実際に、NRF2活性化剤を投与することにより、内耳では、多くの生体防御に関わる遺伝子が誘導されており、酸化ストレスの指標となる過酸化脂質のレベルは低下していました。NRF2は、酸化ストレス障害から内耳を保護することで、騒音性難聴を防いだといえます(図2)。
 このマウスの実験で得られた結果を受けて、NRF2の量と、騒音性難聴のなりやすさがヒトでも関連するかどうかを調べました。自衛隊中央病院(森田一郎部長)で健康診断を受検した602人の陸上自衛隊員の聴力検査の結果とNRF2遺伝子の一塩基多型の相関を検討したところ、NRF2が少なめになる一塩基多型を持つ人の方が、騒音性難聴の初期症状である4000Hzの聴力低下が多く見られることが分かりました。このことから、NRF2が少なめの人は、騒音性難聴になりやすい傾向があるので、特に注意が必要であるといえます(図3)。

・意義
 本研究成果から、NRF2が騒音性難聴の発症とその予防に重要であることがわかりました。NRF2の量が少なめになるNRF2遺伝子の一塩基多型をもつ人は、強大音に曝される前に予めNRF2活性化剤でNRF2の働きを強めておくことで騒音性難聴を予防できる可能性があると考えられます。本研究のように、遺伝子改変動物モデルにおいて見出された疾病に関する知見が、ヒトの一塩基多型を対象とした遺伝子解析でも確認されることは稀であることからも、本研究成果は非常に重要であると考えられます。
 今回の研究では騒音性難聴を取り上げましたが、もう一つの主要な感音難聴である加齢性難聴(老人性難聴)でも、内耳の酸化ストレスがその原因であるとされています。したがって、NRF2の活性化により内耳の抗酸化機能を高めることは加齢性難聴の軽減にもつながると期待されます。これからの超高齢社会においては、健康で社会とつながりを持ち続ける高齢者を増やすことが重要な課題です。そうした中で、聴力の維持は高齢者が社会的存在であり続けるためにとても重要な要素です。本研究成果によるNRF2の内耳保護作用の解明と感音難聴の予防への応用は、活力ある高齢社会に向けて、“一億総活躍社会”の実現への貢献が期待されます。


 ※図1〜図3は添付の関連資料を参照


<用語説明>
 *1 騒音性難聴:大きな騒音を聞いたことがきっかけになって生じる難聴。主に内耳の感覚細胞の喪失が難聴の最大の原因である。発症初期には4000Hz付近の聴力低下が見られることが多い。

 *2 内耳:耳の最も奥にあり、音の振動を感知し、電気信号に変えて脳に伝えるための重要な働きをする感覚細胞が存在している部分。

 *3 感音難聴:難聴のうち、内耳〜中枢神経系に原因のある難聴のこと。WHOによると全世界の1割以上がこの疾患で悩んでいるとされる。(“The Global Burden of Diseases”2004)

 *4 プロモーター領域:遺伝子の近傍の領域で、遺伝子の発現量を規定する働きがある。

 *5 一塩基多型:遺伝子の個人差の一種。遺伝子は4種類の塩基(アデニン:A、チミン:T、グアニン:G、シトシン:C)の配列によって成り立っているが、その配列は個人間で少しずつ異なっている。このような個人差のうち、集団内で1%以上の頻度でみられる一塩基の違いだけによるものを一塩基多型と呼び、約1,000塩基に一か所の頻度で存在する。


<論文題目>
 NRF2 is a key target for prevention of noise−induced hearing loss by reducing oxidative damage of cochlea.
 「転写因子NRF2は内耳を酸化障害から保護することにより騒音性難聴を予防する」

 掲載予定誌:Scientific Reports


■研究施設と研究者■
 本研究は、日本国内7箇所の研究施設に所属する12名の研究者による、多施設共同研究として実施されました。

東北大学加齢医学研究所
 本蔵陽平(大学院博士課程3年)、村上昌平(博士研究員)、本橋ほづみ(教授)

東北大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野
 本蔵陽平(大学院博士課程3年)、香取幸雄(教授)

東北大学大学院医工学研究科 聴覚再建医工学研究分野
東北大学大学院医学系研究科 聴覚・言語障害学分野
 川瀬哲明(教授)

東北大学大学院医学系研究科 医化学分野
 山本雅之(教授)

防衛医科大学校 分子生体制御学講座
 松尾洋孝(講師)、崎山真幸(医官・研究科生)、四ノ宮成祥(教授)

防衛医科大学校 耳鼻咽喉科学講座
 水足邦雄(講師)、塩谷彰浩(教授)

自衛隊中央病院 耳鼻咽喉科
 森田一郎(部長)




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