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京大など、ペロブスカイト太陽電池の作製に成功し電流・電圧のロス機構を解明
ペロブスカイト太陽電池の不安定性を改善、理論限界への設計指針を発見
〜新型太陽電池のポテンシャルを見極める〜
[ポイント]
○ペロブスカイト太陽電池は測定条件によって電流−電圧曲線が変わるため、発電特性と素子構造の関係を定量的に研究することができなかった。
○発電特性が変化しにくいペロブスカイト太陽電池の作製に成功し、電流・電圧のロス機構を明らかにすることができた。
○得られた設計指針を基に、エネルギー変換効率がシリコン太陽電池に迫るペロブスカイト太陽電池の実現が期待できる。
JST戦略的創造研究推進事業において、京都大学の大北 英生 准教授、伊藤 紳三郎 教授らの研究グループは、エネルギー変換効率(注1)19%以上の高効率ペロブスカイト(注2)太陽電池を用いて発電メカニズムを解析し、電流が発生する効率はほぼ100%であり、電圧も理論限界にまで向上可能なことを明らかにしました。
ペロブスカイト太陽電池は、材料溶液を印刷することで容易に作製できるため生産コストの大幅な低減ができる太陽電池として期待されています。最近では20%以上の高いエネルギー変換効率が報告され、次世代太陽電池の有力候補として注目を集めています。しかし、発電特性にばらつきが多く、測定条件によって素子特性が変わるヒステリシス(注3)という現象を示すため、素子構造と発電特性の関係を定量的に研究することができないという課題がありました。
大北准教授らは、比較的平滑で緻密なペロブスカイト膜の製膜法を用いて、エネルギー変換効率19%以上でかつ、ヒステリシスが小さいペロブスカイト太陽電池を再現性良く作製することに成功しました。
さらにこの素子を用いて解析したところ、電流については、変換ロスはほとんどないことが分かりました。一方、電圧については、電流の担い手である電荷キャリアを捕捉するサイト(トラップ(注4))を介した電圧ロスが存在することが分かりました。このことから、トラップの密度を単結晶ペロブスカイト程度にまで減らすことができれば、開放電圧(注5)を理論限界近くにまで向上できることが明らかになりました。
今回の研究成果により、ペロブスカイト太陽電池の発電特性を理論限界近くにまで向上させるための設計指針が明らかになり、シリコン太陽電池に匹敵するペロブスカイト太陽電池の開発が期待されます。
本研究は、京都大学 大学院工学研究科のキム ヒョンド 博士後期課程学生、辨天 宏明 助教、伊藤 紳三郎 教授と共同で行ったものです。
本研究成果は、2015年12月8日(英国時間)に独国科学誌「Advanced Materials」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:
「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 研究科長/教授)
研究課題名:高分子太陽電池の新発電原理の分子論的探求
研究者:大北 英生(京都大学 大学院工学研究科 准教授)
研究実施場所:京都大学 大学院工学研究科
研究期間:平成21年10月〜平成27年3月
<研究の背景と経緯>
ペロブスカイト太陽電池は、無機材料にもかかわらず有機薄膜太陽電池のように室温で有機溶媒に溶けてインクのように扱えるため、印刷や塗布で作ることができるという製造面での大きな特長があります。このため従来のシリコン太陽電池に比べて、はるかに安価に大量生産が可能になると期待され、次世代の太陽電池として世界中で研究されています。現在、エネルギー変換効率は20%を超えるものが報告されるようになったものの(参考文献1)、製膜条件により発電特性にばらつきが見られたり、電圧掃引方向によって異なる発電特性を示す(ヒステリシス)という現象が見られるなど、再現性が悪く、発電機構の定量的な研究を系統的に行うことはできませんでした。
ばらつきの主な原因は、無機結晶材料を溶液からの塗布プロセスにより急速に製膜するため、緻密で平滑なペロブスカイト結晶の膜を再現良く作製するのが難しいという点にあります。そこで、緻密で平滑な結晶膜を作る研究が進み、比較的品質の良い結晶を得る手法が報告されています。例えば、Monash大学では、PbI2とCH3NH3Iが溶けたジメチルホルムアミド(DMF)溶液からCH3NH3PbI3ペロブスカイトをスピンコート法により製膜する際に、クロロベンゼン溶液をスピンコート中に滴下することで、緻密で平滑なペロブスカイト膜が得られたと報告しています(参考文献2)。急速な結晶化を促進することから高速結晶堆積(Fast Deposition−Crystallization:FDC)法(注6)と呼ばれます。これらの新しい製膜法の開発により、ペロブスカイト太陽電池の素子特性のばらつきやヒステリシスはかなり抑制され、15%程度の変換効率が再現良く報告されるようになりました。
<研究の内容>
ペロブスカイト太陽電池では、ペロブスカイト結晶を材料とした溶液を塗布して作製するため、太陽電池特性を決定づける結晶の質が作製条件に大きく依存すると考えられます。しかし、結晶の質やサイズ(粒径)と発電特性との関係についての定量的な研究は、再現性やヒステリシスの問題からこれまでほとんどなされていませんでした。そこで今回の研究では、上述のFDC法を採用することで、比較的緻密で平滑なペロブスカイト膜を製膜し、効率が高く再現性の良い素子を作製しました。
また、発電層を構成するペロブスカイト結晶の粒径によって発電特性がどのように変化するのかを検討するため、負極としてTiO2緻密膜を用いたペロブスカイト太陽電池を採用しました。負極としてナノサイズの微小な孔構造を持つTiO2多孔膜を用いた素子ではヒステリシスが改善されるという報告がありますが、TiO2多孔膜を用いると、多孔膜の内部に小さな粒径のペロブスカイトが生成し、表面には大きな粒径のペロブスカイトが生成します。このような複雑な粒径分布を避けるために、負極としては、TiO2多孔膜ではなく、TiO2緻密膜を採用し、素子構造を最適化することで、高効率化とヒステリシスの抑制に成功しました。
今回採用したFDC法により平滑基板上に作製したペロブスカイト膜の原子間力顕微鏡(AFM)像を図1に示します。従来の方法で平滑基板上に作製すると、図1aに示すように、結晶サイズや形状は不均一であり、緻密な膜を作製することはできず下地が露出します。一方、FDC法により作製した膜は、緻密であり結晶の粒径も揃っていることが分かります。また、製膜に用いるPbI2とCH3NH3IのDMF溶液の濃度を変えることで、粒径を制御できることが分かりました。さらに、粒径と膜厚の関係を調べたところ、粒径と膜厚はほぼ一致することから、膜厚方向には1つの結晶粒塊からなるペロブスカイト膜ができていることが分かりました。実際に作製したペロブスカイト太陽電池断面の走査型電子顕微鏡(SEM)像を図2に示します。この像からもペロブスカイト層の膜厚方向には1つの結晶粒塊から構成されていることが分かります。
次に、種々の粒径からなるペロブスカイト太陽電池の電池特性を図3に示します。粒径が大きなものほど、短絡電流密度(JSC)(注7)、開放電圧(VOC)、曲線因子(FF)(注8)のいずれも大きな値を示すことが分かります。その結果、これらの積で与えられるエネルギー変換効率(PCE)は、粒径が最も大きな500nm(ナノメートル。ナノは10億分の1)の時に、世界最高レベルの19.4%を示しました。重要なポイントは、電圧掃引時にあらわれるヒステリシスが小さいという点であり、掃引方向によらずJSCとVOCの値はほとんど変わらないことが分かりました。従って、ヒステリシスの影響を考慮する必要はなくなりました。
まず、JSCについて粒径依存性を検討しました。図4には、種々の粒径からなるペロブスカイト太陽電池の外部量子収率(EQE)(注9)スペクトルと反射吸収スペクトルを示しています。いずれの粒径に対しても、両者の値がほぼ一致することから内部量子収率(IQE)(注10)はいずれもほぼ100%であることが分かります。つまり、光電流の発生効率は粒径によらずほぼ100%であり光電変換ロスがほとんどないことが分かりました。粒径が500nmの素子の吸収率は広い波長範囲で90%を示しており、基板表面での反射ロスも極めて小さいことが分かります。この結果は、光学シミュレーションの理論結果(参考文献3)と一致しており、ペロブスカイト膜は反射防止膜の性質を示すことが実証できました。
次に、VOCについて粒径依存性を検討しました。回路がつながっていない開放状態では、光照射により生成した電子と正孔は電極には回収されずに再結合(注11)することで消滅しています。つまり、VOCは光照射による電子と正孔の生成速度と再結合速度のバランスで決まります。従って、電子と正孔の再結合機構を調べることでVOCのロスの起源を調べることができます。そこで、電子と正孔の再結合を、図5に示すような、電子と正孔が直接再結合する機構とトラップを介して再結合する機構の両方を考慮したモデルを用いて解析しました。その結果、ペロブスカイトの粒径が大きくなるにつれてトラップが減少し、トラップを介した再結合が抑制されることで、VOCが増加していることが分かりました。
以上の結果を整理すると、光電流発生過程には変換ロスはありませんが、電圧についてはトラップを介した再結合によるロスが抑制されてはいるものの依然として変換ロスが存在していることが分かります。先ほどの解析モデルから分かるように、この電圧ロスを抑制するにはトラップをできるだけ少なくする必要があります。では、どこまで抑制することが可能なのでしょうか。最近の研究により、ペロブスカイトの単結晶が作製されるようになり、トラップ密度が10の10乗cmマイナス3乗程度であることが報告されています(参考文献4)。この結果を、今回の解析モデルに当てはめると、VOCは1.27Vにまで向上すると予測されます。この値は、理論限界値に近い値であり、ペロブスカイト太陽電池のトラップ密度を単結晶レベルまで抑制することで、VOCの値は極限まで向上できる可能性があることを示しています。
<今後の展開>
今回の研究成果により、ペロブスカイト太陽電池のJSCとVOCに対するペロブスカイトの粒径依存性を、定量的に解析することが可能となりました。その結果、電流が発生する効率は、粒径によらずほぼ100%であり電圧については粒径が大きなものほどトラップを介した再結合が抑制されることで増加しますが、依然としてトラップの存在がロス過程となっていることが分かりました。今回の解析結果を基に、これまでに報告されている中で最もトラップ密度の低い単結晶ペロブスカイトレベルにまでトラップ密度を下げることができたと想定した時のVOCを予測すると、ほぼ理論限界値にまで向上しうることが分かりました。今回の予測は、架空のパラメータによる予測値とは異なり、実際の実験値に基づくものなので実現可能なものといえます。単結晶ペロブスカイトでは、今回考慮したトラップを介した再結合以外の新たなロス機構が関与する可能性もありますが、一つ一つ解決していくことで、シリコン太陽電池に迫るエネルギー変換効率25%のペロブスカイト太陽電池の実現が期待されます。
<参考図>
※添付の関連資料を参照
<用語解説>
注1)エネルギー変換効率
入力したエネルギーと出力したエネルギーの比を百分率で表したもの。太陽電池の場合、地上での標準的な太陽光エネルギー100mWcmマイナス2乗と太陽電池の最大出力電力との比を百分率で表したもので、最大出力電力に一致する。最大出力電力は、後述する短絡電流(JSC)、開放電圧(VOC)、曲線因子(FF)の積で求められる。
注2)ペロブスカイト
ペロブスカイトとはチタン酸カルシウムの鉱物名であり、同じ結晶構造をとる化合物を総称してペロブスカイト型化合物と呼ぶ。ペロブスカイト太陽電池に用いられる代表的な化合物には、CH3NH3PbI3などが挙げられる。
注3)ヒステリシス
履歴現象のこと。ペロブスカイト太陽電池では、電流−電圧特性を測定する際に、電圧を負から正へと掃引したときと、正から負へと掃引したときで、異なる電流−電圧特性を示すことを指す。電圧の掃引速度によっても電流−電圧特性が変化する。
注4)トラップ
結晶の格子欠陥などに起因する電荷キャリアを捕捉(トラップ)する場所(サイト)のこと。トラップされた電荷は他の電荷キャリアと再結合しやすいので、再結合中心となることが多い。
注5)開放電圧(VOC)
光照射状態において、太陽電池回路が開放状態(電流はゼロ)の時に回路両端に発生する電位差であり、単位はVである。
注6)高速結晶堆積法
モナシュ大学のイービン チョンらが開発したペロブスカイトの作製法。CH3NH3PbI3ペロブスカイトの前駆体溶液であるPbI2とCH3NH3Iを含むジメチルホルムアミド(DMF)溶液からスピンコート法により製膜する際に、クロロベンゼン溶液をスピンコート中に滴下することで、緻密で平滑なペロブスカイト膜が得られる。ペロブスカイトが溶けないクロロベンゼンの滴下によって、ペロブスカイトを急速に結晶化させることからFast Deposition−Crystallization(FDC)法と呼ばれる。
注7)短絡電流密度(JSC)
光照射状態において、太陽電池回路がショートした短絡状態(電圧はゼロ)の時に流れる電流を電極面積で割った値であり、一般にmA/cm2の単位が用いられる。
注8)曲線因子(FF)
光照射状態において、太陽電池が発生する最大電力と、短絡電流と開放電圧の積との比のことであり、無次元量である。電荷輸送特性の指標となる。
注9)外部量子収率(EQE)
太陽電池に照射したある波長の光子数に対して、電流として取り出した電子数の比を百分率で表したもの。External Quantum Efficiencyを略してEQEと呼ばれることも多い。
注10)内部量子収率(IQE)
太陽電池が吸収したある波長の光子数に対して、電流として取り出した電子数の比を百分率で表したもの。Internal Quantum Efficiencyを略してIQEと呼ばれることも多い。
注11)(電荷)再結合
光励起エネルギーによって分離したプラス電荷の正孔とマイナス電荷の電子が出会うことで結合し、再び電気的に中性な基底状態に戻ること。電圧は、分離したプラス電荷の正孔とマイナス電荷の電子の数に依存するので、再結合により電荷数が減ると、電圧ロスにつながる。
<論文タイトル>
“Photovoltaic Performance of Perovskite Solar Cells with Different Grain Sizes”
(ペロブスカイト太陽電池の発電特性の粒径依存性)
doi:10.1002/adma.201504144
<参考文献>
1)“High−Performance Photovoltaic Perovskite Layers Fabricated through Intramolecular Exchange”,Woon Seok Yang,Jun Hong Noh,Nam Joong Jeon,Young Chan Kim,Seungchan Ryu,Jangwon Seo,and Sang Il Seok,Science,348,1234(2015).
2)“A Fast Deposition−Crystallization Procedure for Highly Efficient Lead Iodide Perovskite Thin−Film Solar Cells”,Manda Xiao,Fuzhi Huang,Wencao Huang,Yasmina Dkhissi,Ye Zhu,Joane Etheridge,Angus Gray−Weale,Udo Bach,Yi−Bing Cheng,and Leone Spiccia,Angewandte Chemie,126,10056(2014).
3)“Optical Properties and Limiting Photocurrent of thin−Film Perovskite Solar Cells”,James M.Ball,Samuel D.Stranks,Maximilian T.Horantner,Sven Huttner,Wei Zhang,Edward J.W.Crossland,Ivan Ramirez,Moritz Riede,Michael B.Johnston,Richard H.Friend,and Henry J.Snaith,Energy&Environmental Science,8,602(2015).
4)“Low Trap−State Density and Long Carrier Diffusion in Organolead Trihalide Perovskite Single Crystals”,Dong Shi,Valerio Adinolfi,Riccardo Comin,Mingjian Yuan,Erkki Alarousu,Andrei Buin,Yin Chen,Sjoerd Hoogland,Alexander Rothenberger,Khabiboulakh Katsiev,Yaroslav Losovyj,Xin Zheng,Peter A.Dowben,Omar F.Mohnmmed,Edward H.Sargent,and Osman M.Bakr,Science,347,519(2015).