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京大、難治性の白血病が発症するメカニズムの解明に成功
難治性の白血病が発症するメカニズムの解明に成功
−新たな創薬に期待−
<概要>
染色体転座という遺伝子異常によってMLL遺伝子が異なる遺伝子と融合するとMLLキメラと呼ばれる異常タンパク質が生じ、このタンパク質が働くと難治性の白血病を引き起こす。このタイプの白血病は乳児の急性リンパ性白血病の80%を占め、強い抗がん剤を用いた治療や骨髄移植をおこなっても再発しやすい。我々はMLLキメラタンパク質がSL1と呼ばれるタンパク質複合体を利用して白血病発症へと導いていることを見出した。
1.背景
様々な要因で染色体が傷つけられると、細胞はその損傷部位を修理しようと試みる。しかし、その損傷部位の修復時にごく稀にエラーが生じ、異なる染色体同士を繋げてしまう。間違って繋がった染色体上にMLL遺伝子があった場合、結果的に、MLLと他の遺伝子が融合したMLLキメラ遺伝子が形成される。MLLタンパク質は本来、遺伝子の発現を調節するために働いている。細胞はそれぞれ特定の遺伝子を決められた量発現するようにプログラムされている。血液において、造血幹細胞や前駆細胞といった血球を産生する細胞ではMLLが強く働き、細胞の増殖を促す遺伝子が多く発現される。一方で白血球や赤血球といった機能細胞ではMLLの働きは小さくなり、もはや増殖しなくなる。染色体転座によって正常MLLより遺伝子発現能力が高いMLLキメラが生じると、まだ機能を獲得していない前駆細胞が異常に増殖を繰り返し、骨髄内を埋め尽くしてしまう(図1)。これが白血病の原因である。しかし、これまでに、MLLキメラタンパク質が遺伝子の発現を活性化するメカニズムはよく分かっていなかった。
※図1は添付の関連資料を参照
2.研究手法・成果
我々は、初めにMLLキメラタンパク質のどの部分が細胞を白血病化する機能をもっているのか明らかにするために、マウスの造血前駆細胞内に様々なMLLキメラの変異体を導入し、その活性を調べた。その結果、MLLキメラと結合するAF4と呼ばれるタンパク質の構造の一部分が白血病の発症に必須の役割を果たしていることを発見した。次に我々は、独自に開発したタンパク質精製技術を用いて、このAF4中の白血病発症に重要な役割を果たしている部位に結合するタンパク質を探索した。その結果、我々はSL1と呼ばれるタンパク質複合体がAF4と結合することを発見した。これらの解析から、MLLキメラはSL1を利用して様々な遺伝子の発現を活性化し、細胞を白血病化させることが明らかとなった(図2)。
※図2は添付の関連資料を参照
3.波及効果
白血病は乳児から成人まで幅広く発症する血液のがんであり、異常MLL遺伝子が原因の白血病は乳児や子供に特に多く発症する。白血病の治療は近年の抗がん剤治療の発展で治療できるケースが非常に多くなってきたが、MLLキメラ遺伝子が原因の白血病は治療が難しく、強い抗がん剤を用いた治療や骨髄移植をおこなっても多くの場合再発してしまう。今回、我々が明らかにしたMLLキメラによる白血病化のメカニズムを基盤にして、将来新たな白血病治療薬の開発が可能となるかもしれない。
4.今後の予定
今後、我々はさらに異常MLL遺伝子による白血病化のメカニズムを詳細に解析し、「白血病のアキレス腱」と言えるような創薬標的を見出そうと考えている。
<論文タイトルと著者>
AF4 uses the SL1 components of RNAP1 machinery to initiate MLL fusion−and AEP−dependent transcription
Hiroshi Okuda,Akinori Kanai,Shinji Ito,Hirotaka Matsui,Akihiko Yokoyama
<用語解説>
染色体転座:遺伝子情報の格納庫である染色体が同時に複数箇所で分断され、その後間違った修復によって異なる染色体同士が再結合し、キメラ染色体を生じる遺伝子変異
遺伝子発現:DNAに存在する遺伝子の情報がタンパク質や機能性RNAに変換され、細胞内における構造や機能に変換される過程
*京都大学と大日本住友製薬株式会社による、がんの悪性制御に基づく独創的な抗がん剤、診断法および治療法の創出を目指した協働研究