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京大など、嫌いな刺激に馴れる仕組みを線虫で発見

2014-11-22

嫌いな刺激に馴れる仕組みを線虫で発見


<ポイント>
 ・線虫が嫌いな刺激に馴れる度合いを基準に、記憶を数値化する装置を開発。
 ・嫌いな刺激に馴れるために必要な2つの神経細胞を発見。
 ・馴れた状態の維持に関わる新たな神経回路モデルを提案。

 JST戦略的創造研究推進事業において、JSTの杉 拓磨 さきがけ研究者(兼 京都大学 物質−細胞統合システム拠点 特任助教)らは、線虫の記憶を迅速に数値化する装置を開発し、動物が嫌いな刺激に馴れる際の仕組みの一端を解明しました。
 動物は、先天的に嫌いで、逃げてしまうような刺激であっても、刺激にさらされ続けると馴れてしまい、次に同じ刺激が訪れた際には行動を変えます。馴れるためには、過去に体験した刺激を学習し、記憶する必要があります。そのため、この「馴れ」の現象は、脳神経科学の分野において、古くから、学習・記憶のメカニズムを解析するモデル系の1つとされてきました。しかし、膨大な数の神経細胞から構成される脳神経系で、「馴れ」に関わる神経細胞を見つけ出し、その細胞だけを特異的に分子レベルで解析することは容易ではありません。また、学習・記憶の度合いを数値化して比較できるシンプルな実験系がほとんどないことから、解析実験に難がありました。
 一方、線虫C.エレガンス(注1)も、ほかの動物同様、体験した刺激を学習・記憶する能力があり、先天的に嫌いな刺激でもさらされることで馴れます。そこで、杉研究者は、この線虫の馴化学習・記憶現象(注2)に着目し、馴れる前後の行動量を指標として記憶を数値化することを試みました。そして、全自動で迅速に数値化可能な装置の開発に成功し、馴れる前後の行動量を指標に記憶を数値化して比較できるようになりました。また、記憶保持の目印分子CREBのリン酸化(注3)を細胞特異的に阻害することで、嫌いな刺激に馴れる際、刺激の記憶に関わる2つの神経細胞を発見しました。そして、これら2つの神経細胞の性質から、馴れた状態を安定的に維持することを可能にする神経回路モデルを提案しました。
 線虫の遺伝子の約40%はヒトの遺伝子と同じであり、今回、明らかになった仕組みをさらに解析することで、ヒトの認知機能を解明するための手がかりが得られる可能性があります。
 本研究は、京都大学 大学院工学研究科の白川 昌宏 教授、五十嵐 龍治 さきがけ研究者の協力を得て行いました。
 本研究成果は、2014年11月17日(米国東部時間)の週に米国科学アカデミー紀要(PNAS)のオンライン速報版で公開されます。
 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業
  研究領域:「細胞機能の構成的な理解と制御」
        (研究総括:上田 泰己 東京大学 大学院医学系研究科)
  研究課題名:「記憶の具現化」
  研究者:杉 拓磨(科学技術振興機構 さきがけ研究者)
  研究実施場所:京都大学 物質−細胞統合システム拠点
  研究期間:平成24年10月〜平成28年3月

<研究の背景と経緯>
 動物は、生まれつき不快に感じるような刺激に対しても、何度もさらされて害がないことを学んで馴れることにより、周囲の環境に適応します。身近な例として、われわれヒトでも、ストレスを感じる環境にあった場合、次第に、これに馴れることがあります。不快な刺激に対し、馴れるという現象の多くは、学習・記憶をベースにした現象です。そのため、馴れの仕組みを明らかにすることは、学習・記憶の仕組みの解明に直結することから、半世紀以上前から、神経科学の分野で精力的に研究が進められてきました。
 学習・記憶の研究においては、近年、記憶形成の目印ともいえる転写因子CREBの活性を1つの指標として、記憶を保持する神経細胞の探索が行われてきました。その結果、記憶は脳神経回路内の特定の神経細胞集団により担われ、これらの細胞がネットワークレベルで記憶を保持することが示されてきました。また、ネットワーク内の個々の神経細胞レベルでも記憶を担う可能性が示されています。これらの研究のさらなる進展とともに、脳神経科学における次なる課題は、「記憶を担う神経細胞はいかに記憶を保持するのか」という問いを分子レベルで追求することです。しかし、一般的に、動物の脳神経系は極度に分化した膨大な数の神経細胞から構成されるため、記憶を保持する神経細胞を見つけ、その分子レベルでの仕組みを理解することは容易ではありません。
 C.エレガンスと呼ばれる線虫は、たった302個の神経細胞しかないシンプルな神経系にも関わらず、匂い、温度、物理的な刺激などを記憶・学習できる能力をもつことが知られています。線虫の示す記憶現象の中でも、特に、接触刺激や振動などの物理的な刺激を馴化学習し、記憶する能力は、1990年代初頭から知られていました。例えば、線虫の飼育プレートを振動させると、まるで刺激から逃げようとするかのように後ずさりします(図1上)。そして、この物理的な刺激に応答するための神経回路は、過去のレーザーによる神経細胞の破壊実験によって同定されていました(図1下)。このように、線虫の物理的な刺激の馴化学習・記憶現象は実験系として非常に魅力的です。しかし、科学的な解析が難しいことから精力的には研究されておらず、特に分子レベルの解析はほとんど行われていませんでした。

<研究の内容>
 線虫は、振動などの物理的な刺激を感じた際の後ずさり行動は、6時間程度、定期的に刺激を与えておくと減少します。そこで、杉研究者らは、後ずさりの際の移動量を数値化したときの値を指標にすることで、記憶を定量化できるのではないかと考えました。ただ、一言で振動刺激を与えると言っても、単にアクチュエータで飼育プレートを叩くだけでは、飼育プレートの変形に伴う刺激の分散が起き、うまく後ずさり行動を確認することはできませんでした。また、馴化のトレーニング時に一定の強さの振動を自動で与え続けることや、移動量を精確に測ることなどに実験者の充分な修練が必要で、しかも修練したとしても、一度に計測できるのは実験者一人当たり1種類の線虫集団だけであるため、全自動で実験を行うことのできる装置を作製しました(図2)。この装置は以下のことが実施可能です。
 ・振動刺激を、定期的に精度よく同時に複数の線虫集団(約30個体を9群)に全自動で与える。
 ・刺激を受けた複数の線虫集団の全ての移動量を同時に測り、数値化する。
 ・細胞特異的に遺伝子を導入した線虫(トランスジェニック線虫(注4))が発する蛍光を検出、その遺伝子を持たない線虫(非トランスジェニック線虫)が混在する中から自動で識別する。
 この装置を利用して、まず、6時間トレーニングを受けた集団と受けなかった集団に、18時間後再び振動を与え、その移動量を比較しました。その結果、トレーニングを受けた方の線虫集団は、受けなかった方の線虫集団に比べ、明らかに移動量が減少していました(図3)。この移動量の差は、線虫が記憶学習したかどうかの差を示していると捉えられます。
 次に、トレーニングによって線虫の神経細胞内で、実際に記憶が形成されているかどうかを調べるため、記憶形成の目印分子CREBのリン酸化が進むかどうかをウエスタン・ブロッティング法(注5)により確認しました。その結果、トレーニングの経過とともにCREBのリン酸化が進み、トレーニング終了後もCREBのリン酸化は維持される(図4)ことから、トレーニングの結果として線虫の神経系で、何らかの記憶が行われていることが示されました。
 さらに、このリン酸化がどの神経細胞で起こっているのかを明らかにすることを試みました。物理的な刺激に応答するための神経回路内の細胞のそれぞれにCREBのリン酸化を阻害する遺伝子を導入した線虫について、トレーニングありなしの移動量の差を計測しました(図5)。その結果、意外なことに、それぞれの神経細胞内で単独に阻害した線虫はいずれも、トレーニングの結果、阻害していない線虫同様に刺激後の移動量が低下し、刺激に馴れた状態が維持されていました。しかし、AVAとAVDと呼ばれる2つの神経細胞におけるCREBのリン酸化を同時に阻害した線虫は、トレーニング後、移動量が低下せず、馴れた状態が全く維持されていないことが示されました。
 この結果から、まず、2つの神経細胞AVAとAVDが馴れの記憶に関与することが示されました。後方移動を促進する中心的な伝達経路(図1下)のうち、2つの神経細胞を同時に阻害した線虫にのみ記憶の異常が見られたことは、刺激への馴れの記憶の冗長性を示していると解釈されます。つまり、仮に、AVD神経細胞で記憶に異常が起こった場合でも、AVA神経細胞の記憶が存在するため、図6の神経伝達は遮断され、後方移動は行われません(馴化状態)。従って、記憶が完全に異常になるのは、AVAとAVDの両方の神経細胞の記憶が異常になる場合のみであることから、記憶の安定的な維持に有利に働くと考えられます。このような神経回路モチーフは哺乳類などでも頻繁に見られることから、本研究で明らかにされた仕組みは、哺乳類における馴れの仕組みと共通していることが期待されます。

<今後の展開>
 今回、物理刺激の馴れについてのシンプルな実験系を整備することに成功し、記憶を数値化して迅速に解析することが可能となりました。近年、物理刺激の適応応答に関する研究は、メカノバイオロジー(注6)と呼ばれ、注目されています。未知のことが多く残されていますが、本研究成果によって、今後、解明に向けた研究が加速するものと期待されます。
 また、馴れの仕組み、さらには記憶の分子メカニズムの解析については、線虫が物理的な刺激に馴れる際に神経細胞AVAとAVDが記憶を保持する分子メカニズムの解析が進むものと想定されます。例えば、記憶の分子的実体として予想される分子の遺伝子をAVAとAVDの両神経細胞に導入することにより、定期的な刺激を加えずとも、あたかも刺激を記憶したような状態を創りだす構成的な実験を行い、記憶形成に関わる分子の候補を絞り込む実験も可能です。
 さらに、記憶は、通常、CREBに代表される転写因子が遺伝子発現を調節することにより制御されることが知られます。従って、最新のゲノム編集技術(注7)を応用すれば、記憶が刻まれていると予想される遺伝子領域を人為的に操作し、記憶を再構成する実験が可能となります。これらの実験から記憶の分子的実体に迫ることにより、記憶障害などが関わる疾患の理解と、その分子標的薬の開発につながることが期待されます。


 ※参考図などリリース詳細は添付の関連資料を参照





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