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京大など、溶液反応の超高速時間・角度分解光電子分光に成功

2014-04-26

世界で初めて、溶液反応の超高速時間・角度分解光電子分光に成功
―溶液化学反応の機構解明に前進―


<本研究成果のポイント>
 ○水溶液中の化学反応機構を解明する新しい研究手法を開発
 ○水溶液の表面近くで起こる電子移動反応を解明
 ○水溶液の表面に捕捉された電子の探索

 京都大学(松本紘総長)、Wurzburg大学(Alfred Forchel 学長)、理化学研究所(野依良治理事長)は、世界で初めて、液体表面近くで起こる電子移動反応をリアルタイムに観測するフェムト秒[1]時間・角度分解光電子分光[2]に成功しました。これは、京都大学大学院理学研究科の鈴木俊法教授(理化学研究所光量子工学研究領域分子反応ダイナミクス研究チームリーダー兼務)とWurzburg大学のRoland Mitric教授の共同研究グループによる成果です。
 京大グループは、水溶液表面近くに存在する、かご状のアミン分子(DABCO)[3]やヨウ素原子負イオンに、60フェムト秒(フェムトは千兆分の1)の時間幅をもつ紫外域のレーザー光パルスを照射し、これらの分子や原子の電子が溶媒である液体の水中へ移動する反応を開始させ、その過程を第2の紫外線パルス(60フェムト秒)を用いてリアルタイムに測定しました。第2のパルスを照射するタイミングを変えることで、液体から放出される電子の時間的変化を捉え、速度と角度を詳細に測定することで分子や原子の回りの溶液環境や電子移動反応の速さや移動方向を解明しています。Wurzburg大グループによる溶液中のDABCO分子の電子状態や電子移動反応の理論モデル作成と、その量子力学的計算により実験結果を定性的に再現したことで、京大グループの実験結果を理論からも裏付けることに成功しました。本成果は液体表面や液体内部にある分子の化学反応を明らかにする新手法を提案したものであり、基礎科学的に極めて価値の高いものと言えます。
 なお、本研究は科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開(総括 伊藤正 大阪大学名誉教授)」における研究課題「真空紫外・深紫外フィラメンテーション極短パルス光源による超高速光電子分光」において実施されました。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』で近日中に公開されます。
 http://journals.aps.org/prl/accepted

《研究の背景と経緯》
 あらゆる化学物質は電子と原子核からなる原子の集合体である分子によって構成されています。化学反応は分子衝突や光吸収によって分子内の電子の運動状態が変化し、原子に働く力が変化して化学結合が切断または新たに形成される過程です。分子は電子の雲で覆われているため、溶液中に溶け込んだ状態では、周りの環境から電子運動に大きな影響を受けます。この影響は水や有機溶媒などの液体の性質によって異なるため(溶媒効果)、これを利用して、化学者は溶液化学反応の制御を行ってきました。しかし、溶液中の分子の電子状態が溶媒の影響を受けながら高速に変化する様子を実験的に捉えることは困難であり、溶液化学の理解は不十分でした。
 研究グループは、この問題に突破口を開くため、水溶液のフェムト秒時間・角度分解光電子分光(TARPES:Time and angle−resolved photoemission spectroscopy)を世界で初めて実現しました。この手法では、化学反応時間よりも短い、60フェムト秒という極めて短い紫外光パルスによって溶液化学反応を開始し、第2の極短パルスによって、反応途上の分子から電子を真空中に放出させ、スナップショットのように速度ベクトル分布を次々に測定しました。特に研究グループは、液体表面から遠い溶液内部で放出された電子は、水分子に散乱される結果放出方向の偏りが生じないのに対して、液面に存在する分子種は放出方向が偏ることに着目し、液体表面にある分子の電子移動反応を選択的に観測することに成功しました。こうして観測された方向性の偏りを持つ速度ベクトル分布とその時間変化は、液体表面にある分子の電子軌道の形や電子移動反応の詳細を明確に反映しました。研究グループは、実験データを正確に解析するため、水溶液中のDABCO分子とその周囲にある4つの水分子を量子力学的に扱い、その外側に存在する水分子の電気的な影響を古典力学的に取り入れた理論モデルを構築し、電子移動反応の時間変化をコンピューターで予測しました。その結果は実験結果を定性的に再現し、データ解析を裏付けました。

《研究の内容と成果》
 光電子分光は、真空中で物質から電子を放出させ、その速度を測定する手法です。研究グループは、揮発性の液体試料に関する光電子分光を実現するため、直径25マイクロメートルの液体流を真空装置に噴出しました。ノズルから噴出された室温状態の液体流に第1の光パルスを照射して光化学反応を開始し、第2の光パルスを照射して反応しつつある溶液中の分子から電子を放出させます。液体からある一定距離の位置に小さな穴を設け、これを通過した電子だけを検出するように角度を制限しながら(1ミリラジアン以下)、電子が検出器に到達するまでの飛行時間を測定します。こうして、特定の角度に放出された電子の速度(運動エネルギー)の分布をレーザーの光パルス毎に測定することが可能になりました。ただし、TARPES実験は電子を検出する角度範囲が狭い(=放出された電子のうち、検出できる電子の割合が少ない)ため、非常に困難です。
 研究グループは、100kHzのレーザー光源を開発し、1秒間に10万回もの繰り返し測定を行うことでこれを可能にしました。そして、第2の光パルスを照射するそれぞれの時間タイミングに対して、レーザー光の偏光(光の電場の振動方向)を様々に変えて測定を行うことで、電子の放出角度毎のエネルギ分布のスナップショットを測定しました。このような実験は世界的に初めてです。
 研究グループは、本研究以前にDABCO分子は疎水性であり水溶液内部よりも液面に多く存在することを、X線を用いた別の実験で確認しました。その上で、液体表面にあるDABCOから水への電子移動反応をTARPESで調べたところ、光励起した直後(300fs)には光の偏光方向によって大きく変化する異方的な電子放出が観測され、DABCO分子が真空中にまで大きく拡がった電子分布(Rydberg状態)を示すことが分かりました。しかし、光励起された後に時間が経つにつれてより安定な電子状態に変わって行き、3000fs後には水中に電子が捕捉された水和電子と呼ばれる状態が生成しました。この水和電子は等方的な電子の放出角度分布を示したことから、電子は水の表面に捕捉されているのではなく水中に引き込まれたことが分かりました。過去の研究で、氷は、氷の表面に電子を捕捉可能なことが示されていますが、液体の水については議論が分かれていました。今回の実験結果は、表面にあるDABCO分子から水に電子を移動させた場合でも、電子は水の表面には捕捉されず内部に引き込まれることを示しました。今回の結果は、水の表面には電子が捕捉されないか、または数百フェムト秒以下の極めて短時間であり、大気中の水滴表面などの気液界面での反応にはほとんど寄与しないと結論されます。

《今後の展開》
 本研究で初めて実現された液体のTARPESは、水溶液中あるいは表面の分子の高速な電子状態変化をリアルタイムに調べることを可能にし、これまで十分に理解されていなかった水溶液中の溶質と溶媒の電子的な相互作用を詳細に研究する道を拓きました。今後は、レーザー、放射光、X線自由電子レーザー[4]等、我が国が誇る様々な光源と組み合わせた実験を行うことで、生体分子の放射線損傷やナノ粒子を利用した太陽エネルギーの光電変換などの研究への応用が期待されます。


 ※参考図などは添付の関連資料を参照



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