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東大など、言語の文法処理を支える3つの神経回路を発見

2014-02-15

言語の文法処理を支える3つの神経回路を発見


[ポイント]

>脳腫瘍の部位により異なる言語障害が生じることを発見した。
>左右の大脳と小脳を含む広範な神経回路が、言語の文法を支えていることを明らかにした。
>言語の核心的な神経回路を解明したことで、言語障害の治療とリハビリに役立つ可能性。


 JST課題達成型基礎研究の一環として、東京大学大学院総合文化研究科の酒井邦嘉教授らは、言語の文法処理を支える3つの神経回路を初めて発見し、言語障害の1つである文法障害(注1)に伴う脳活動の変化を解明しました。
 従来は人間の言語を支える脳の仕組みは、左脳の言語中枢しか知られておらず、言語障害が生ずるメカニズムは良く分かっていませんでした。
 本研究グループは、左前頭葉に脳腫瘍がある患者の脳の構造と機能について、MRI装置(注2)と日本語の文法能力テストで詳細に調べることで、脳腫瘍の部位により異なるタイプの言語障害(特に文法障害)が生じることを明らかにしました。また、言語の文法処理を支える神経回路が3つ存在し、大脳の左右半球と小脳を含む広範なネットワークを形成するということを初めて明らかにしました。
 本成果は、言語障害の治療とリハビリの改善に役立つことが期待されます。
 本研究は昭和大学横浜市北部病院の金野竜太講師、東京女子医科大学先端生命医科学研究所の村垣善浩教授らと共同で行われ、本研究成果は、平成26年2月11日(英国時間)に英国科学誌「Brain」のオンライン速報版で公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)
 研究領域:「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
       (研究総括:小澤瀞司 高崎健康福祉大学健康福祉学部教授)
 研究課題名:「言語の脳機能に基づく神経回路の動作原理の解明」
 研究代表者:酒井邦嘉(東京大学大学院総合文化研究科教授)
 研究期間:平成22年10月〜平成28年3月

 JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。
 上記研究課題では、人間の脳における言語の機能分化と機能局在から機能モジュール(文法や意味処理など)の計算原理を明らかにして、モジュール間の結合から神経回路の動作原理の解明を目指します。


<研究の背景と経緯>
 言語は、人間の知的機能を支える最も基本的な能力です。脳梗塞・脳出血・脳腫瘍などの病気や脳挫傷などの事故によって、言語障害が生じる可能性は高く、QOL(生活の質)や社会復帰にとって重要な課題になっています。そこで、言語障害が生じる原因を解明することは、150年以上におよぶ研究の最重要課題でした。
 MRIなどの画像診断やイメージング技術における近年の進歩によって、左脳の言語中枢の場所や機能については、この十数年間で重要な知見が蓄積されてきました。特に、酒井教授らによる「文法中枢(注3)」の発見(Neuron,2002、JST平成14年8月1日プレスリリース)に引き続いて、文法中枢の損傷によって文法に特異的な障害が生ずること(Brain&Language,2009、JST平成21年7月1日プレスリリース)が明らかとなっています。
 そのような基礎および臨床研究の努力にもかかわらず、複雑な言語処理を支える脳のシステム、特に広い範囲の神経回路の全貌は、いまだ明らかになっていませんでした。


<研究の内容>
 本研究グループは、左前頭葉の脳腫瘍患者21名と健常者のべ49名に日本語の文法能力をテストしました。なお、この研究をするにあたっては、東京大学および東京女子医科大学の倫理委員会で承認の上、全参加者からインフォームド・コンセントを得ています。
 患者群の参加者は20〜62歳、全員右利きで、左前頭葉に腫瘍があり、脳腫瘍の摘出手術を受ける前の患者で、本人や担当医師からは失語症や精神疾患の報告はなく、知能検査の結果も正常の範囲内にありました。その内訳は以下の通りで、これまでの研究で、脳の中で文法中枢と考えられている、左運動前野外側部と左下前頭回弁蓋部(べんがいぶ)/三角部(図1)のいずれかに腫瘍があるかどうかでグループ分けしました。

 (1)左運動前野外側部に脳腫瘍がある患者群:7名
 (2)左下前頭回弁蓋部/三角部に脳腫瘍がある患者群(腫瘍は左下前頭回眼窩部(がんかぶ)まで広がっている):7名
 (3)左運動前野外側部と左下前頭回弁蓋部/三角部以外の左前頭葉に脳腫瘍がある患者群(左下前頭回眼窩部に腫瘍がある患者を含む):7名
 (4)健常者対照群:行動実験28名、機能的MRI(注4)実験21名

 用いた文法能力テストは、絵と日本語の文を同時に見ながら内容が合っているか否かを答える「絵と文のマッチング課題」です(図2A)。課題では、「主語と目的語を含む文」と「主語のみを含む文」の2条件をテストしました。主語と目的語を含む文の条件では、能動文・受動文・かき混ぜ文(目的語を文頭にした文)をランダムに提示しました。これらの文が分かるためには、主語と目的語の関係(どちらが動作を行い、どちらが動作を受けるのか)を理解する文法能力が必要です。一方、主語のみを含む文では、2つの名詞の間の関係を理解する文法能力が必要でないため、両条件にかかわる脳活動の比較によって、文法処理に関連する領域が同定できると予想しました。

 課題に対する「誤答率」を調べたところ(図2B−E)、上記の患者群(1)と(2)では、主語と目的語を含む文の3条件全てにおいて、健常者対照群よりも課題の誤りが顕著でした。さらに患者群(1)は、かき混ぜ文で特に高い誤答率を示した一方、患者群(2)は、受動文とかき混ぜ文で特に高い誤答率を示しました。これは能動文と比較すると、受動文とかき混ぜ文は文構造が複雑なため、文法処理の負荷が高いと考えられます。なお、患者群(3)は、健常者と同等でした。以上より、左運動前野外側部と左下前頭回弁蓋部/三角部のどちらに脳腫瘍があるかで、異なるタイプの文法障害が生ずることが分かりました。つまり、特定の脳領域の損傷が原因で文法障害という結果が生ずるという因果関係が証明されました。

 次に、これらの課題を行っている時の脳活動を機能的MRIで計測しました。「主語と目的語を含む文」に対し「主語のみを含む文」の脳活動を比較し、より文法負荷が加わった時に活動が上昇した部分を調べました。
 健常者対照群では、課題が正解だった時にのみ、左前頭葉と左側頭葉に脳活動の上昇が見られました(図3A)。つまり、健常者対照群では、文法負荷が高いほど左前頭葉と左側頭葉の活動が上昇すると言えます。一方、患者群(1)では、課題が正解だった時にのみ、左脳と右脳の広い領域で脳活動が上昇しました(図3B)。患者群(2)では、課題が正解だった時と不正解だった時の両方で、左運動前野外側部、左角回、舌状回、小脳核に脳活動の上昇が観察された一方、左下前頭回の腹側部(三角部と眼窩部)と左側頭葉の活動は抑えられました(図3C)。なお、患者群(3)の脳活動は健常者対照群と同様でした。
 図3に示したこれら14の脳領域は、文法能力テストの課題条件および患者群によって活動が変化したことから、全て文法処理に関連すると考えられます。そこで、「主語と目的語を含む文」と「主語のみを含む文」の2条件を合わせた「絵と文のマッチング課題」に対し、同一の絵と文字を用いてはいますが日本語として意味をなさない文字列を提示した「コントロール課題」を対比させて比較条件を緩めたところ、健常者対照群でも14の領域全てで活動が上昇しました(図4)。
 従来の研究では、上記の患者データがなかったため、これらの領域がどこまで文法処理に関連するか明らかではなかったのです。今回得られた結果から、これらの領域が健常者でも言語の文法を支えており、「主語と目的語を含む文」のように「主語のみを含む文」よりも負荷の高い文法処理では、今まで知られていた左前頭葉に加え、14の領域の一部である左側頭葉で活動が上昇したと考えられます。
 以上の文法能力テストと機能的MRI計測の結果より、明確な文法障害と対応して、脳腫瘍の場所によって全く異なる脳活動が生じることが明らかになりました。また、従来の研究だけでは機能が特定できなかった領域が、健常者と患者群の脳活動をさまざまな条件で比較することにより多数見いだされました。

 さらに、これら14の領域が脳においてどのようなネットワークを形成しているかを解明するため、2領域ごとにペアを作って、コントロール課題遂行時も含めた脳活動の相関(機能的結合と呼ばれます)を健常者について調べました(図5A)。その結果、14の領域が明確に3つのグループに分けられることが明らかとなりました。これほど多くの領域が文法処理に関連しており、しかも3つのグループを成してそれぞれ連関しながら機能するという発見は、世界で初めてです。
 ネットワークIは、「主語と目的語を含む文」条件のみに対し「コントロール課題」を比較した時(「主語と目的語を含む文」と「主語のみを含む文」の対比よりも緩いが、「絵と文のマッチング課題」と「コントロール課題」の対比よりも厳しい比較)に健常者で活動が上昇する領域に全て含まれることから、文法とそれを支える機能を持つと考えられます(図5B)。またネットワークIIは、視覚入力を中継する舌状回や、単語中枢である左角回(図1)に加えて、運動出力に関与する小脳核を含むことから、文法処理に対する入出力として機能すると考えられます。ネットワークIIIは、読解中枢である左下前頭回眼窩部に加えて、音韻や意味処理にかかわる左上/中側頭回(図1)を含むことから、文法と意味処理に関与すると整理できました。
 最後に、これらの神経回路について、各ネットワーク内の神経線維による解剖学的結合を調べました。健常者でMRIによる拡散テンソル画像法(注5)を用いた解析の結果、各ネットワークの脳領域間は確かに神経線維の束で結合し合っていることが明らかとなりました(図6)。

 以上の結果に基づく推論を次の4点にまとめます。

 1)健常者では、すでに知られていた2つの文法中枢のうちの左下前頭回弁蓋部/三角部を含むネットワークIと、左運動前野外側部を含むネットワークIIが中心となって文法処理を担っており、文法負荷が高い時にはネットワークIの活動が上昇し、逆にネットワークIIの活動を抑制するなど、両者が相補的な関係で互いに制御し合っていると考えられます。
 2)ネットワークIIの一部に脳腫瘍がある患者群(1)で観察されたネットワークIの異常な活動上昇(ネットワークIIIは正常な活動)は、課題が正解だった(正しく文法処理されている)時にのみ見られたことから、脳腫瘍による文法障害を機能的に補完するために変化したと考えられます。
 3)ネットワークIとIIIの一部に脳腫瘍がある患者群(2)で観察されたネットワークIIの異常な活動上昇と、ネットワークIIIの異常な活動低下は、課題が正解か否かによらずに見られたことから、文法処理のために生じたものではなく、神経変性によってネットワークIからネットワークIIへの抑制効果が弱まり、さらにネットワークIIIの機能異常が生じたと考えられます。
 4)患者群(3)のように左前頭葉の脳腫瘍が2つの文法中枢の外にある場合には、少なくともネットワークIとIIが正常で、たとえネットワークIIIに障害があったとしても、その機能をネットワークIやIIで補完することで、今回観察されたような文法障害は起こらないと考えられます。

 これらの知見により、脳腫瘍患者が示した文法障害に伴う脳活動の変化が、言語の文法処理を支えるネットワークI・II・IIIの活動性の違いとして説明できました。


<今後の展開>
 本成果の社会的意義の要約を以下に示します。

 1)言語の基本メカニズムの解明
 言語学では、文法処理が言語理解の核心であるということを明らかにしてきました。その意味で、脳の文法中枢は「言語のエンジン」として働いています。健常者を対象とした研究だけでは機能が特定できなかったネットワークが、本成果によって明らかになったため、今後、広い範囲の神経回路のレベルで言語の基本メカニズムの解明がさらに進むものと期待されます。本研究のように、患者データを基に脳の活動領域を検討する有用性が明らかになったことで、従来の臨床研究と基礎研究の溝が埋まり、今後そうした共同研究が加速すると期待されます。
 2)言語障害の治療やリハビリテーションの改善
 本研究によって、脳腫瘍の場所によって言語障害や脳活動のパターンが大きく異なることが分かりました。この結果は、文法能力を精査することの重要性とともに、各患者一人一人で脳活動の変化をモニターしながら、障害の見られる文法機能を集中的にトレーニングするといった治療やリハビリテーションの必要性を示しています。このような客観的な評価結果に基づく、各個人に適した医療、すなわち「テーラーメイド医療」という新しいコンセプトが今後さらに重要になっていくと考えられます。これは、失語症を患う患者のQOL(生活の質)を向上するためにも大切な視点です。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
 ・参考図
 ・用語解説
 ・論文タイトル


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