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理化学研究所、統合失調症の脳内メカニズムの一端を神経回路レベルで解明

2013-10-23

脳内ネットワークの過剰な活動が統合失調症の症状に関与
−海馬での情報処理異常が複雑な統合失調症の症状の一因だった−


<ポイント>
 ・統合失調症の脳内メカニズムの一端を神経回路レベルで解明
 ・統合失調症モデルマウスの海馬は特定の神経細胞群が過剰に活動している
 ・統合失調症の脳では海馬の情報がうまく伝わらない可能性

<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、統合失調症の症状を示すモデルマウスを用いて、海馬[1]における記憶を担う脳内ネットワークに異常があることを発見しました。この脳内ネットワークの異常は、ヒトの統合失調症などの複雑な精神疾患の症状を起こす一因となっている可能性があります。これは、理研脳科学総合研究センター利根川進センター長(米国マサチューセッツ工科大学 RIKEN−MIT神経回路遺伝学研究センター教授)RIKEN−MIT神経回路遺伝学研究センター利根川研究室のジャンヒャップ・スー(Junghyup Suh)研究員らの研究チームによる成果です。

 統合失調症は、幻覚や妄想があらわれる、考えがまとまらないなどの症状が特徴でおよそ100人に1人が発症すると言われています。このような複雑な精神症状が起こる脳内メカニズムの解明が、医学的観点から待たれていますが、未だ不明な点が多く残されています。

 研究チームは一部の統合失調症患者が保有しているカルシニューリン[2]遺伝子の変異を遺伝子工学によって導入し、統合失調症に似た症状を示す遺伝子改変マウス(統合失調症モデルマウス)を作製しました。研究チームは、記憶に関わる脳の領域である海馬に着目し、この統合失調症モデルマウスを用いて、迷路テストを行っている間の海馬の神経細胞の活動を調べました。マウスが迷路を走るときの海馬の神経細胞は、マウスが通過する位置に応じて順に活動することが知られており、場所細胞[3]と呼ばれます。通常のマウスでは、迷路を走った後の休息中には直前に迷路を走ったときと同じ順番で海馬の場所細胞が活動しています。しかし、統合失調症モデルマウスでは、休息中に海馬の場所細胞の活動の順番がまったく再現されませんでした。代わりに過剰に高いレベルでほとんど同時に場所細胞が活動したことから、海馬での情報が脳ネットワークの中で正しく処理されていない可能性が示されました。

 今回の研究で、幻覚や妄想、思考の混乱といった統合失調症の諸症状が記憶に関わる脳内ネットワークの機能異常と関連していることを示しました。統合失調症の発症メカニズムを神経回路レベルで解明することで、現在使われている薬や治療法の作用機構についての新しい解釈が可能になり、より有効な治療法の開発につながります。本研究成果は、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の援助により行われました。米国の科学雑誌『Neuron』(10月16日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月16日付け:日本時間10月17日)に掲載されます。


<背景>
 統合失調症は、脳がさまざまな情報の統合ができなくなることによって起こる精神疾患です。幻覚や妄想があらわれる、考えがまとまらないなどの症状が特徴で、約100人に1人の割合で発症するといわれています。(出典:厚労省2008年患者調査)頻度の高い疾患であるため、医学的観点からも複雑な精神症状を起こす脳内のメカニズムの解明が待たれています。

 近年、自閉症や統合失調症などの精神疾患の患者は、前頭葉や海馬などの記憶に関わる脳の領域を含む「デフォルト・モード・ネットワーク[4]」と呼ばれる特定の脳の領域同士のつながり方に異常がある可能性が示唆されてきました。デフォルト・モード・ネットワークは、記憶を呼び起こしたり、未来の行動の計画を立てたりするのに重要な役割を果たします。そのため、このネットワークが、どのように情報を処理し、どのようにほかの脳の領域と情報をやりとりするのかを探ることで、これらの精神疾患の患者の脳において何が問題になっているのかを解明できると考えられています。

 研究チームは、2003年に一部の統合失調症の患者が持っているカルシニューリン遺伝子の変異を同定し、この遺伝子の働きの異常が統合失調症を引き起こす可能性を示しました(注1)。カルシニューリンは、学習や記憶のプロセスで誘導されるシナプス可塑性[5]に重要な役割を果たす酵素です。このカルシニューリン遺伝子が正常に働かない遺伝子改変マウスは、ヒトの統合失調症に似た認知症状および行動異常[6]を示すことから、このマウスの脳内ネットワークを調べることで、複雑な精神疾患の症状の原因を探ることに挑みました。

 注1)Gerber et al.PNAS,2003


<研究手法と成果>
 研究チームは、デフォルト・モード・ネットワークで中心的な役割を果たし、記憶に関わる脳の領域である海馬に着目し、マウスに迷路テストを行っている間のこの領域の神経細胞の活動を電気生理学的手法[7]を使って調べました。

 マウスが迷路を走るときに、海馬の一部の神経細胞はマウスが通過する位置に応じて異なる神経細胞が活動することが知られており、場所細胞と呼ばれます(図A)。迷路を走り終わったマウスの脳は、休息状態に入り、通った迷路のルートをまるでビデオ再生するように、脳内で迷路に関連する情報の処理を始めます。そのとき、通常のマウスの場所細胞では、直前に迷路を走っていたときと同じ順番で活動が起こり、情報が再生されています。こうして場所細胞が過去の情報を順序立てて再生しながら、大脳皮質[8]に送ることで、最終的に大脳皮質に迷路の空間記憶が長期的に保存されるようになると考えられています。しかし、統合失調症モデルマウスでは、直前に迷路を走っていたときの場所細胞の活動の順番がまったく再現されず、かわりに全ての細胞がほぼ同時に異常に高いレベルで活動していました。(図B)。

 この結果は、統合失調症の脳では、活動した後の休息時、つまり情報を整理する時期に海馬の活動に異常が生じ、これらの脳の領域を含むデフォルト・モード・ネットワークが過度に亢進している可能性を示しています。「考えがまとまらない、幻覚や妄想があらわれる、ものごとを計画できない」といった統合失調症の複雑な諸症状の一因となっていることが明らかとなりました。


<今後の期待>
 今回の研究で、統合失調症における思考の混乱などの症状が記憶に関わる特定の脳ネットワークの機能異常と関連していることを示しました。今後、この脳内ネットワークの解明は、この病気の発症メカニズムを神経回路レベルで研究する上で、新たな標的となると予測されます。さらに、現在使用されている薬や治療法について新しい解釈が可能となり、より有効な治療につながることが期待されます。

 なお、本文は英語版のプレスリリースを参考に作成いたしました。


<原論文情報>
 ・Junghyup Suh,David J.Foster,Heydar Davoudi,Matthew A.Wilson and Susumu Tonegawa.
  "Impaired hippocampal ripple−associated replay in a mouse model of schizophrenia".
  Neuron,10.1016/j.neuron.2013.09.014


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター http://www.riken.jp/research/labs/bsi/
 理研−MIT神経回路遺伝学研究センター(CNCG) http://www.riken.jp/research/labs/bsi/rmc/
 センター長 利根川 進(とねがわ すすむ)


 ※補足説明・図は、添付の関連資料を参照


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