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東大、止まっている図形が動いて見える錯覚を感じているときの脳活動を解明

2012-10-16

止まっている図形が動いて見える錯覚を感じているときの脳活動を解明


1.発表者:村上郁也(東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授)


2.発表のポイント:
◆周辺に運動図形を与えると中心の静止図形が反対方向に動いて見える「誘導運動」錯覚が生じている際に、その生じ方と相関して活動の大きさが変わる大脳皮質領域を発見した。
◆運動の空間的文脈効果を処理しているヒト脳部位を初めて同定した。動きの有無で生じる相対運動への反応でなく、周辺との動きの対比を処理している脳活動を初めて見出した。
◆錯覚図形を周辺に与えて中心の図形を見やすくする「錯視メガネ」のような応用に将来的につながりうる。


3.発表概要:
 私たちは物を見るとき、対象物だけでなく周りにあるものとの関係を計算に入れて、その物を含む世界を心の中に構築しています(文脈効果)。動きの文脈効果には、周辺が動いていると静止図形が反対方向に動いて見えるという誘導運動錯覚があります。この心理現象と脳活動を直接対応させた研究はこれまでありませんでした。この現象は、背景中に他と異なる動きをする対象を抜き出すという基本的な情報処理と関連するため、誘導運動とその神経対応を解明することで視覚の本質に迫れます。
 東京大学大学院総合文化研究科の竹村浩昌博士研究員と村上郁也准教授らは、誘導運動錯覚を体験している際のヒト実験参加者の大脳皮質の活動を記録して、誘導運動の神経相関を同定しました。
 実験では、中心部と周辺部からなる同心円領域に視覚刺激図形を提示します。周辺部の図形を一方向に動かすと、中心部が静止していれば誘導運動が生じます。中心部で誘導運動の相殺に必要な相殺速度で動く図形を与えると、物理的に運動、主観的に静止していることになります。誘導運動が生じると応答が生じ、相殺速度のときに視覚応答が最小になる大脳皮質領域、つまり誘導運動の神経相関が同定できました。
 空間的文脈の知覚特性を利用すれば、錯覚の力で感度がよくなる「錯視メガネ」のような応用も考えられ、錯覚現象とその神経基盤の解明は視覚弱者の感度増強につながることが期待される貴重な研究です。


4.発表内容:
 私たちの感覚システムは、空間的文脈、時間的文脈を巧妙に計算に入れて、外の世界の様子を心の中に構築する作業を行っています。空間的文脈の例をひとつ挙げれば、明るさの同時対比という心理現象があります。同じ灰色でも、白背景に置くと暗く見え、黒背景に置くと明るく見えます。視覚運動に関しても同様な錯覚現象があり、止まっている図形でも、右に動く背景に置くと左に動いて見えるなど、周辺が動いていればそれと反対方向に動いて見えます。これは「誘導運動」という名前で古くから知られています。誘導運動には視野のある点とその近傍との間の運動の違いに感受性をもつ神経細胞が関与していると考えられますが、誘導運動に関して心理現象と脳活動を直接対応させた研究例はこれまでありませんでした。誘導運動は錯覚のひとつではありますが、この現象に通底する視覚機能としては、大きな背景の中にひとつ他とは異なる動きをしている対象を抜き出してそれをひとつの物体として認識するという、生体にとっての基本的な情報処理が考えられ、この誘導運動錯覚を解明し神経対応を同定することで、視覚系の機能解明の本質に迫ることができます。

 この問題意識から、東京大学大学院総合文化研究科の竹村浩昌博士研究員(日本学術振興会特別研究員)と村上郁也准教授、京都大学大学院文学研究科の蘆田宏准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科の天野薫特任研究員、立命館大学文学部の北岡明佳教授は、fMRI実験(注1)により、誘導運動錯覚を体験している際のヒト実験参加者の大脳皮質の活動を記録して、誘導運動の神経相関、すなわち見かけ上の動きのあるなしに応じて活動量が増減するような場所が存在するかを調べる研究プロジェクトを実施しました。

 実験では、中心部と周辺部からなる同心円領域に視覚刺激図形を提示します。周辺部には、一定の速度で運動するランダムノイズ画像(注2)、中心部には白黒のストライプ模様を提示します。fMRI実験に先立ち、実験参加者ごとに、中心部に生じる誘導運動の強さを知覚実験で測定しておきます。中心部が物理的に静止していると、誘導運動が生じて、運動している周辺部と反対方向に動いて見えます。これを見かけ上打ち消して、主観的には静止して見えるようにするために、中心部をわざと誘導運動と逆方向に少し動かします。そうしてちょうど動きが打ち消されるときの物理的速度を、誘導運動の「相殺速度」とします。fMRI実験において、中心部のストライプ模様は、この「相殺速度」を含め、周辺部と同方向に動く、逆方向に動く、静止しているなどいくつかの条件を設けました。fMRIで脳活動の指標とする「BOLD信号変化率」(注3)が、物理的運動速度と相関するのか、主観的運動速度と相関するのか、中心部と周辺部の相対運動と相関するのか、を切り分けるために必要だったからです。実験参加者は、単に画面中央の固視点を注意深くじっと見つめていました。

 fMRI実験の結果、運動図形を提示したときに脳活動が高まる部位が同定でき、特にhMT+領域(注4)という場所で顕著な応答特性が見られました。まず、周辺部と中心部が逆方向に動き中心刺激の知覚速度が最大になる条件で脳活動が最も大きくなりました。また、中心部が主観的に静止して見える「相殺速度」で動いている条件において脳活動が最も小さくなったことから、誘導運動知覚との対応が見られました。先の問題切り分けの言葉で言えば、主観的運動速度と相関する、が答でした。この傾向は、V1野(注5)など低次の領野ではなく、高次の領野であるhMT+領域において最も顕著に見られました。この結果は、hMT+領域と主観的な誘導運動の知覚が関連すること、背景の中から運動する対象だけを抜き出す計算をする上でhMT+領域が重要な役割を果たしていることを示唆するものです。

 村上准教授の研究室ではこの実験に先立ち、縦方向の誘導運動錯覚を生じることによって、中心部に与えた非常に遅い運動図形が左に動いているか右に動いているかがむしろ見やすくなる、感度が増強するという現象を発見しています(注6)。今回、機能的脳イメージング実験で誘導運動の神経相関がhMT+領域にあることがわかり、心理現象としての誘導運動やそれに伴う感度増強の詳細な解明とともに、それを下支えする神経基盤の解明にも道が拓けました。このことから、光学的特性によって視力増強の補助をする虫メガネと同じ論理で、知覚心理学的特性によってものの見えやすさを増強する補助をする「錯視メガネ」のような技術開発にも、将来的につながることが期待されます。健常者に比べて感度の低下で苦しむ視覚弱者に対して、心理学の力で感度改善を将来的に実現できることが、本研究成果の社会的意義として望まれます。今後は、視覚運動以外の領域においても、空間的文脈の知覚心理学的特性および関連する脳活動の解明で様々な発展が期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Journal of Neuroscience」
 (オンライン版:10月10日公開予定 32巻41号、(2012)、掲載ページ未公開)
 論文タイトル:Neural correlates of induced motion perception in the human brain
 著者:竹村浩昌、蘆田宏、天野薫、北岡明佳、村上郁也


6.問い合わせ先:
 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授 村上 郁也(むらかみ いくや)


7.用語解説:
(注1)fMRI実験
 機能的磁気共鳴画像法を用いた実験。MRIスキャナに仰向けで入り、眼前のスクリーンに映った視覚図形を観察します。その際の脳活動は、磁気共鳴現象により大脳皮質から発しているBOLD信号(注3)を頭部の外に設置したコイルで非侵襲的に受信することで記録します。大脳の立体画像の中で、視覚応答をしている場所を映し出すことのできる機能的脳イメージング技術です。

(注2)ランダムノイズ画像
 すべての画素が無作為に白または黒の強度になっているような画像。実験では、そのような画像を生成し、空間的にぼかしてから、画像のパターン全体を一定速度で周辺部内部で動かしています。周辺部というドーナツ型領域の窓の中で、パターン全体が滑るように定速で動いているというイメージです。

(注3)BOLD信号変化率
 fMRIでは、blood−oxygenation−level−dependent(BOLD)信号を受信して、その変化の度合いを測定して脳活動変化の指標とします。血中のヘモグロビンの酸素化の度合いによって、信号強度に違いが出てくるのがBOLD信号です。活動している脳部位には酸素を多く含む血液が過剰に供給されるという神経・血管カップリングという生体現象を利用して、脳活動の活性化の度合いを間接的に測定していることになります。

(注4)hMT+領域
 ヒトで視覚運動の処理に中心的に関与しているとされる大脳皮質領域。サルではMT野とMST野という場所の神経細胞が視覚運動に対して特に顕著な応答特性を示すのですが、これらの領野を大体合わせた場所と相同な、ヒトでの大脳皮質領域をhMT+領域と呼びます。実験参加者ごとに、hMT+領域がその人の大脳皮質のどこにあるのか、具体的には視覚運動図形を提示したときに顕著に応答する場所がどこなのか、を同定する作業を、前もって行っておきます。今回もそうしています。

(注5)V1野
 大脳皮質一次視覚野。眼からの視覚信号が脳に入り、大脳皮質まで届いたときに信号を初めに受け取る場所です。V1野から hMT+ 領域へは、直接および間接の投射があり、これらの間は互いに低次と高次の関係にあります。

(注6) ……発見しています
 「視覚運動検出感度は直交する誘導運動によって増強される」、「神経細胞集団デコーディングで課題無関連な知覚バイアス (誘導運動のこと) による信号検出感度の変化が説明できる」、という2つの成果は以下の公知文献ですでに発表済みです。

 Takemura,H.& Murakami,I.(2010).Visual motion detection sensitivity is enhanced by orthogonal induced motion.Journal of Vision,10,2:9,1−13.
 Tajima,S.,Takemura,H.,Murakami,I.&Okada,M.(2010).Neuronal population decoding explains the change in signal detection sensitivity caused by task−irrelevant perceptual bias.Neural Computation,22,2586−2614.


9.添付資料
 ※図は添付の関連資料を参照

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