イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

京大、精子形成に必須な蛋白質がゲノムを転移性遺伝子から守るメカニズムを解明

2011-12-01

精子形成に必須な蛋白質がゲノムを転移性遺伝子から守るメカニズムを解明


 京都大学、欧州分子生物学研究所(EMBL)、米マウントサイナイ医科大学の研究グループは、哺乳類の生殖細胞を利己的な転移性遺伝子から保護するMIWI蛋白質の詳しいメカニズムを明らかにしました。この成果は男性不妊症やゲノム変異の原因解明、また有害な遺伝子の抑制方法の開発等に役立つことが期待されます。

 中馬新一郎 再生医科学研究所准教授・物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)連携准教授らのグループは、EMBLとの共同研究により、生殖細胞で特異的に発現するマウスPIWI蛋白質ファミリーの一つであるMIWI蛋白質の活性部位の点変異体マウスの作出と解析およびMIWI蛋白質の詳細な生化学実験により、生殖細胞がゲノム情報をトランスポゾンから保護するための分子メカニズムの解明を行いました。今回の研究ではMIWI蛋白質のRNase活性の中心部位に遺伝子改変技術により点変異を導入することで、MIWI蛋白質を介したRNA分解がトランスポゾンのメッセンジャーRNAの切断と抑制に必要であること、MIWIによるトランスポゾンRNAの認識には低分子RNAであるpiRNAとの配列相同性が重要な働きを行うこと、これらの機能が精子細胞をトランスポゾンから保護し正常な成熟精子の産生に必須であることを明らかにしました。MIWI蛋白質がRNAの分解活性を失うと精子細胞でレトロトランスポゾンの発現が亢進してゲノムが損傷を受ける結果、精子が形成されずに不妊になります。

 この成果により、基礎生物学的な観点からゲノムと利己的遺伝子の関係や進化の研究に役立つとともに、ヒト、家畜、野生生物等を含めた男性不妊症の原因解明、生殖医療の発展、またRNA認識を介した遺伝子制御の技術開発等に繋がることが期待されます。本論文はロンドン時間11月27日に英科学誌「Nature(ネイチャー)」オンライン速報版で発表されました。

要旨
 ・今回解析したMIWI (マウスpiwi) 蛋白質は生殖細胞で利己的な転移性遺伝子(トランスポゾン)が増幅することを防ぐ。 
 ・MIWI蛋白質がRNAを分解する活性を持つ部位に変異を導入すると、雄マウスが不妊となり、特に半数体の精子細胞の分化途中に異常が起こり無精子症になる。 
 ・MIWI蛋白質は生殖細胞に特徴的な低分子RNAであるpiRNAと結合して、piRNAと塩基配列が相補的なトランスポゾンRNAを認識して切断することで、精子細胞をトランスポゾンによる損傷から保護する。 
 ・今回の成果は生殖細胞のゲノム防御メカニズムや利己的遺伝子と進化の関係等の基礎生物学の研究に役立つとともに、ヒトや動物を含めた男性不妊症の原因究明や生殖医療への応用等に繋がることが期待される。 


研究の概要

1.背景
 哺乳類のゲノムのうち内在性の蛋白質を塩基配列で表す遺伝子領域は約1〜2%程度であり、その他の領域の約半分近く(40〜50%)を転移性遺伝子であるトランスポゾンの繰り返し配列が占めています。トランスポゾンにはゲノム上を転移するDNA型トランスポゾンとRNAを介して増幅、転移を行うRNA型レトロトランスポゾンとがありますが、特に後者のレトロトランスポゾンが活性化するとゲノムの様々な部位に高い頻度で挿入が起こり、突然変異や染色体不安定性等を通じて細胞の性質が変化して様々な疾患の原因となります。特に生殖細胞でレトロトランスポゾンが増幅、転移すると本来の遺伝情報が変化して子孫に伝わることから、個体の重篤な発生異常や遺伝病が起こる危険性が高くなります。

 このため、生殖細胞をレトロトランスポゾンから守るしくみはヒトを含めて個体の発生、種の維持に重要な働きをしています。レトロトランスポゾンを抑える分子メカニズムはDNAメチル化等のエピジェネティクス制御による転写抑制と低分子RNA等を介したRNA分解や翻訳抑制の経路が分かっています。しかしそれぞれの詳細な分子メカニズムの多くは未だ解明されていません。

2.研究手法
 MIWI蛋白質のRNase活性部位(スライサードメイン)にアミノ酸置換型の点変異を導入した遺伝子改変マウスを作成し、雄性不妊の表現型解析、マイクロアレイ、次世代型超高速シークエンス、プロテオミクス実験等を組み合わせて調べることで、MIWI蛋白質が精子細胞の分化とレトロトランスポゾン抑制、ゲノム恒常性に与える影響を明らかにしました。また正常型、変異型のMIWI蛋白質およびpiRNA複合体を精製して詳細な生化学解析を行うことで、MIWI蛋白質がpiRNAを介して相補的なターゲットRNAを厳密に認識して切断する分子メカニズムが明らかになりました。

3.研究成果
 当研究グループはこれまでに京都大学物質−細胞統合システム拠点(iCeMS)中辻憲夫 拠点長(再生医科学研究所教授、幹細胞医学研究センター長)らのグループとともにtudorドメイン蛋白質をコードするTdrd遺伝子ファミリー等によるpiRNA経路とレトロトランスポゾン制御の解析を進めていますが(参考文献)、今回の研究はこれらTDRD蛋白質と結合する主要なPIWI蛋白質の一つ、MIWI蛋白質の具体的な分子機能を初めて明らかにしました。これまでにMIWI蛋白質は低分子RNAであるpiRNAの生成に必要であることが分かっていましたが、実際にMIWI蛋白質がどの様な分子制御を通じてpiRNAの生成に機能し、ターゲットとなるトランスポゾンRNAを認識して分解するのか、何故MIWI蛋白質が精子形成に必要なのか、また精子細胞でトランスポゾンの抑制が行われるか否かについてこれまで実験的な証明はありませんでした。

 本研究では遺伝子改変技術を用いてMIWI蛋白質に点変異を持つマウス系統を作成した結果、Miwi遺伝子の点変異マウスでは同遺伝子を完全に欠損したMiwiノックアウトマウスと同じく、雄の半数体精子細胞の分化の途中で細胞死が起こり、機能的な精子は全く形成されないことが分かりました。Miwi点変異マウス、Miwiノックアウトマウス、正常マウスを比較して詳細な解析を行った結果、Miwi点変異マウスとMiwiノックアウトマウスの半数体精子細胞ではレトロトランスポゾンLINE−1の発現が異常に増加しており、ゲノムに大規模なDNA損傷が起きる結果、アポトーシスによる細胞死が誘起されることが明らかとなりました。哺乳類の他のPIWIファミリー蛋白質であるMILI、MIWI2(仲野徹 大阪大学教授、宮川さとみ 研究員らが同定、解析)は精子形成過程のより初期の段階である精原細胞、精母細胞の時期のトランスポゾン活性を主にエピジェネティクス修飾(DNAメチル化)を介して抑制します。

 今回研究を行ったMIWI蛋白質はMILI、MIWI2蛋白質が雄生殖細胞の初期の段階で働いた後に、更に精子細胞が成熟する際に生殖細胞のゲノムをRNA制御によってトランスポゾンから守るために重要な役割を果たします。すなわち生殖細胞の形成過程ではゲノムを利己的なトランスポゾンから守るために多段階の防御システムが働くこと、この内の一つでも破綻すると生殖細胞が死滅して不妊となることから、MIWI蛋白質を含めてゲノム保護システムの重要性と連携が明らかとなりました。

4.今後の期待 Miwi遺伝子は生殖細胞が次世代に伝える大切なゲノム情報を利己的なトランスポゾンによる損傷や障害から守る重要な役目を果たします。特にレトロトランスポゾンは白血病や癌等の原因となるレトロウィルスとRNAを中間体とする機能が類似することから、本研究成果はレトロウィルスの活性を抑える新たな手法の研究開発に繋がる可能性があります。

 一方、トランスポゾンの転移活性を人為的にコントロール出来る様になれば、ゲノムの様々な部位に挿入、変異のある一連のモデル動物を作出して病気との関係を調べることに役立ちます。

 また低分子RNAによる配列認識を介して特定のターゲットRNAの発現を制御する機構は一般にRNA干渉と呼ばれますが、今回明らかとなったMIWI蛋白質によるトランスポゾンRNA制御の分子機能は、RNA干渉のメカニズムについての新たな分子基盤として、基礎生物学またゲノム機能操作の技術発展にも大きく貢献することが期待されます。


図1.MIWIのRNA切断活性部位の点変異マウス(写真上)ではコントロールマウス(写真下)と比較して、精子細胞(RS)でレトロトランスポゾン(緑)の発現が異常に増加し、ゲノムDNA損傷(赤)が広範に観察される。 
 ※ 関連資料参照
 

用語解説


レトロトランスポゾン
 ゲノム中に非常に多数存在する転移性の反復配列の一種であり、RNAに転写された後にDNAに逆転写されることでゲノムの別の部位への組み込みや増幅が行われる。哺乳類ではLINE、SINE、LTRタイプ等のレトロトランスポゾンがそれぞれ数十万コピー以上存在することからゲノムサイズの大半を占め、生殖細胞での発現が特に高い。

piRNA
 生殖細胞に特異的に発現する長さ25−30塩基程度の低分子1本鎖RNA。piRNA配列の大部分はレトロトランスポゾンRNAが分解されることで生成される。piRNAはRNA代謝の他に相同塩基配列の認識を通じてゲノムのエピジェネティクス修飾の制御にも関与する。

エピジェネティクス
 ゲノムDNAの塩基配列の変化を伴わずにDNAメチル化やヒストン蛋白質等の化学修飾の後生的変化により遺伝子情報発現、ゲノム構造等の制御が行われる現象。


参考文献
 Tanaka, T., Hosokawa, M., Vagin, V.V., Reuter, M., Hayashi, E., Mochizuki, A.L., Kitamura, K., Yamanaka, H., Kondoh, G., Okawa, K., Kuramochi−Miyagawa, S., Nakano, T., Sachidanandam, R., Hannon, G.J., Pillai, R.S., Nakatsuji, N., Chuma, S. (2011) Tudor domain containing 7 (Tdrd7) is essential for dynamic ribonucleoprotein (RNP) remodeling of chromatoid bodies during spermatogenesis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 10579−10584.

 Watanabe, T., Chuma, S., Yamamoto, Y., Kuramochi−Miyagawa, S., Totoki, Y., Toyoda, A., Hoki, Y., Fujiyama, A., Shibata, T., Sado, T., Noce, T., Nakano, T., Nakatsuji, N., Lin, H., Sasaki, H. (2011) MITOPLD is a mitochondrial protein essential for nuage formation and piRNA biogenesis in the mouse germline. Dev. Cell, 20, 364−375.

 Kuramochi−Miyagawa, S., Watanabe, T., Gotoh, K., Takamatsu, K., Chuma, S., Kojima−Kita, K., Shiromoto, Y., Asada, N., Toyoda, A., Fujiyama, A., Totoki, Y., Shibata, T., Kimura, T., Nakatsuji, N., Noce, T., Sasaki, H., and Nakano, T. (2010) MVH in piRNA processing and gene silencing of retrotransposons. Genes Dev., 24, 887−892.

 Shoji, M., Tanaka, T., Hosokawa, M., Reuter, M., Stark, A., Kato, Y., Kondoh, G., Okawa, K., Chujo, T., Suzuki, T., Hata, K., Martin, S.L., Noce, T., Kuramochi−Miyagawa, S., Nakano, T., Sasaki, H., Pillai, R.S., Nakatsuji, N., and Chuma, S. (2009) The TDRD9−MIWI2 complex is essential for piRNA−medi
ated retrotransposon silencing in the mouse male germline. Dev. Cell, 17, 775−787.


関連リンク

iCeMSウェブページ
 http://www.icems.kyoto-u.ac.jp/j/pr/2011/11/28-nr.html

論文は以下に掲載されております。
 http://dx.doi.org/10.1038/nature10672

論文情報
 “Miwi catalysis is required for piRNA amplification−independent LINE1 transposon silencing”
Michael REUTER, Philipp BERNINGER, Shinichiro CHUMA, Hardik SHAH, Mihoko HOSOKAWA, Charlotta FUNAYA, Claude ANTONY, Ravi SACHIDANANDAM, and Ramesh S. PILLAI
DOI: 10.1038/nature10672

 京都新聞(11月28日 23面)、産経新聞(11月28日 26面)および日本経済新聞(11月28日 11面)に掲載されました。 


 ※ 参考資料は、関連資料参照

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版