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東大と理化学研究所、スピンキラリティが誘起する自発的ホール電圧を磁場で制御することを発見
スピンキラリティが誘起する自発的ホール電圧を磁場で制御する
1.発表者:
Luis Balicas(米国国立高磁場研究所 専任研究員/元 東京大学物性研究所客員准教授)
町田 洋(東京工業大学大学院理工学研究科 助教/元 東京大学物性研究所 日本学術振興会特別研究員)
中辻 知(東京大学物性研究所 准教授)
小野田繁樹(理化学研究所基幹研究所 専任研究員/元 東京大学物性研究所客員准教授)
2.発表概要:
ホール効果は19世紀の発見以来、磁場、あるいは、強磁性に伴う磁化の存在が必ず必要とされてきましたが、我々は磁気秩序の存在しないゼロ磁場下で、巨大なホール効果が、電子スピンが自発的に形成するスピンキラリティによって出現することを発見しました。今回は、そのスピンキラリティとゼロ磁場ホール効果が磁場の強度と方位により制御可能であることを見出しました。これは、低エネルギー損失、かつ、単層で作動するホール素子を用いた新しいタイプの不揮発性メモリの可能性を示す点で、基礎科学的だけでなく応用上も重要と考えられます。
3.発表内容:
現在のCPUの揮発性メモリは、そのメモリ維持のためにリフレッシュ動作が必要となり、消費電力が大きいという欠点を持ちます。一方で、不揮発性メモリはメモリ維持のための電力を必要としないために、低炭素化にとって不可欠な技術です。開発の進む不揮発性メモリとして、磁気抵抗メモリ(MRAM)がありますが、その動作には多層膜のトンネル接合を必要とし構造的に複雑となっています。さらに、メモリの読み・書きの際の電流駆動による発熱、また、強磁性のヒステレシスによる本質的なエネルギー損失が存在します。そこで、単層で作動する構造的に単純なホール素子を用いた異常ホール効果を利用して、散逸を大幅に削減した新しいメモリ機構の開発が社会的な要請となっています。
19世紀の発見以来、異常ホール効果の発現には、これまで磁場、あるいは磁気秩序(注1)に伴った磁化成分が必要とされてきました(図1A)。そのような状況の下、我々はゼロ磁場で磁化のない状態で自発的に現れる新しいホール効果を発見しました(図1B)。(町田、中辻、小野田、田山、榊原、Nature Vol.463,p.210(2010).)これは幾何学的フラストレーション(注2)により安定化されたスピン液体(注3)状態において、スピンの作る立体角(スピンキラリティ(注4))の巨視的秩序が巨大な仮想磁場(図2A)を作るために現れると考えられます。この新しい機構では磁化のヒステレシスに伴うエネルギー損失・発熱はなく(図3d)、また、従来の異常ホール効果を凌ぐ大きな信号が弱磁場で得られるため、このホール電流の機構解明は、基礎学術的に重要な課題であるのみならず、メモリの消費電力の低減を実現し、不揮発性メモリを用いた低エネルギー消費の情報処理を実現する技術基盤を与えると考えられます。
今回は、このゼロ磁場ホール効果を実現したPr2Ir2O7の純良単結晶を用いてホール伝導率の磁場とその方向依存性を詳細に調べたところ、この立方晶の物質の[111]方向に磁場をかけた場合に特に巨大なヒステレシスを伴った自発的ホール伝導度が現れることがわかりました(図3a〜d)。この現象の現れる低温ではスピンはアイスルール(注5)に従い、スピンアイス(注5)と呼ばれる水の氷と同じ構造を取ることがわかっています(図2B)。このスピンの配置では、特に[111]面に最も大きなスピンキラリティの成分が現れることが期待され、そのことと一致することがわかりました(図3e)。また、氷では現れない量子性がこのホール効果の発現に重要となっていることを強く示唆しております。この発見は東京大学物性研究所、理化学研究所、米国国立高磁場研究所の共同研究によるもので、米国物理学会誌『Physical Review Letters』に掲載されます。
この成果は、上記の新しい自発的ホール効果、また、それを用いた今後のホール素子に基づくメモリ機構の開発のための重要な一歩となると考えられます。
さらに、スピンアイスという新しい磁性現象で現れた量子効果の研究は、量子スピン液体(注3)という新たな磁性体を理解するうえでも、今後さらなる重要な知見を与えることが期待されます。
4.発表雑誌:
米国物理学会誌「Physical Review Letters」に5月25日オンライン掲載予定。
※以下、用語解説などリリースの詳細は添付の関連資料を参照