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理研と大阪府立大、アクロレインの可視化に成功

2016-04-16

アクロレインの可視化に成功
−生きた細胞で発生する毒性分子アクロレインと酸化ストレス疾患の関連性究明に大きな手がかり−


■要旨
 理化学研究所(理研)田中生体機能合成化学研究室の田中克典准主任研究員、アンバラ・ラクマット・プラディプタ特別研究員、泰地美紗子特別研究員らの国際共同研究グループ(※)は、酸化ストレス[1]により、不飽和アルデヒド分子[2]の一種「アクロレイン[2]」が生きた細胞で発生する様子を、単純な組成のアルキルアジド化合物[3]をふりかけることで、簡便に可視化し、直接検出することに成功しました。

 喫煙や有機物の燃焼時に発生するアクロレインは、生体内の分子と速やかに反応し、強い毒性を示すことが知られています。また、がんやアルツハイマー、脳梗塞など、酸化ストレスを原因とする疾患においても細胞にアクロレインが過剰に発生し、さらに酸化ストレスを亢進させると考えられています。このため、細胞で発生するアクロレインと酸化ストレス疾患との関連性を調べることは重要と考えられてきましたが、これまで生きた細胞で発生するアクロレインを直接検出することはできませんでした。

 国際共同研究グループは、単純な組成のアルキルアジド化合物が、生体に存在する分子の中でアクロレインとのみ選択的に反応を起こすことを発見しました。この現象を利用して、アクロレインを生きたままの検体を使って可視化・検出することに成功しました。安価で入手容易なアルキルアジド化合物を細胞にふりかけるだけで、簡単にアクロレインを検出できるため、今後、アクロレインと酸化ストレス疾患の関連性究明に大きく貢献すると期待できます。

 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の研究領域「分子技術と新機能創出」(研究総括:加藤隆史)研究課題名「生体内合成化学治療:動物内での生理活性分子合成」(研究者:田中克典)の一環として行われました。本成果は、米国の科学雑誌『ACS Sensors』に掲載されるのに先立ち、オンライン版に近日掲載されます。

 ※国際共同研究グループ
 理化学研究所
 田中生体機能合成化学研究室
  准主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
  特別研究員 アンバラ・ラクマット・プラディプタ(Ambara Rachmat Pradipta)
  特別研究員 泰地 美沙子(たいち みさこ)

 グローバル研究クラスタ 理研−マックスプランク連携研究センター
 システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
  副チームリーダー 北爪 しのぶ(きたづめ しのぶ)
  チームリーダー 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

 カザン大学 生体機能化学研究室(理研−カザン連携研究室)
  准教授 アルミラ・クルバンガリエバ(Almira Kurbangalieva)
  大学院生 エレナ・サイジトバタロバ(Elena Saigitbatalova)

 大阪府立大学 21世紀科学研究機構
  特別講師 中瀬 生彦(なかせ いくひこ)


■背景
 アクロレインは、喫煙(タバコの煙)や有機物の燃焼時に発生します。不飽和アルデヒド分子の中で最もサイズが小さく、非常に反応性が高い毒性分子です。さまざまな生体内の求核性分子[4]と速やかに反応し細胞にダメージを与えます。また、がんやアルツハイマー、脳梗塞など、酸化ストレスを原因とする疾患においても、脂質やポリアミン(タンパク質合成や細胞分裂に関与する因子)の代謝産物としてアクロレインが過剰に発生し、さらに酸化ストレスを亢進させると考えられています。最近の研究では、これまで酸化ストレスの主要因と考えられてきたヒドロキシラジカル(・OH)を代表とする活性酸素(ROS: Reactive Oxygen Species)よりもアクロレインが高い毒性を示すことが分かっています。このため、細胞で発生するアクロレインと酸化ストレス疾患との関連性を調べることは重要なテーマになっています。

 これまで、アクロレインは蛍光基を持つ求核試薬[4]と反応させ、高速液体クロマトグラフィーで定量することで間接的に検出してきました。また、アクロレインと生体アミノ基との付加化合物を抗体で検出する方法も開発されていますが、コストや利便性の面から、生きた細胞を使って経時的かつ直接的に可視化・検出する方法が強く望まれていました。


■研究手法と成果
 国際共同研究グループは、アクロレインの新しい有機反応を開発する中で、単純な組成のアルキルアジド化合物がアクロレインと室温で速やかに反応し、1,3−双極子付加反応[5]を経て1,2,3−トリアゾリン化合物となることを発見しました(図1)。アルキルアジド化合物は、これまでに「生体内(細胞内)の分子とは通常、反応しない化合物」であると考えられ、最近では細胞表面の標識実験などによく使用されています。しかし、国際共同研究グループは、細胞が発生するアクロレインのみが、低濃度のアルキルアジド化合物と混ぜ合わせるだけで素早く反応することを見いだしました。

 さらに、細胞から発生するアクロレインがアルキルアジド化合物と反応すると、1,2,3−トリアゾリンが細胞内に効率良く取り込まれることを見いだしました(図2)。国際共同研究グループは、この現象を利用して、生きたままの検体を使ってアクロレインを可視化・検出することに成功しました。市販、または簡単に入手可能な蛍光基を持つアルキルアジド化合物を単に細胞にふりかけることにより、細胞のアクロレイン発生の様子を簡便に画像で捉えることが可能となりました。従来法と比べて感度が著しく向上させることに成功し、条件によっては1nMのアクロレインも検出することが可能です。

 図2は、過酸化水素で酸化ストレスを与えた細胞にアルキルアジド試薬を作用させた画像です。過酸化水素の量、すなわち酸化ストレスの程度に依存して、アクロレインの発生量が増加していることが分かります。これまでの方法では、感度が悪く、また抗体などでは直接検出できなかったため、過酸化水素を加えたときに、細胞からどれくらいのアクロレインが放出されているか分かりませんでした。しかし今回、国際共同研究グループが開発した方法により、50uMの過酸化水素を加えたときに、100nMのアクロレインが発生していることを初めて明らかにしました。このように、煩雑な操作や過酷な条件、あるいは高価な抗体を用いずに、生きた細胞から発生するアクロレインを経時的に検出できる高効率的な方法を実現しました。

 さらに国際共同研究グループは、アクロレインを発生する細胞を効率的に染色できる理由を、さまざまな誘導体を用いて調べました。その結果、アルキルアジド化合物とアクロレインの反応で生成する1,2,3−トリアゾリン化合物は、エンドサイトーシス(細胞外の物質を細胞内へ取り込むこと)という機構で細胞内に取り込まれて小胞体やリソソームに移行することが分かりました(図3)。


■今後の期待
 本研究成果は、安価で入手容易なアルキルアジド化合物を細胞にふりかけるだけで、簡単にアクロレインを可視化・検出できるため、今後、アクロレインと酸化ストレス疾患との関連性の究明に貢献すると期待できます。また、同手法を用いることで、アクロレインが発生している細胞や組織に選択的に薬を送りこむことが可能となり、酸化ストレス疾患に対する新たなドラッグデリバリーシステム(DDS)開発の手がかりとなります。今後、酸化ストレス疾患の診断や治療に役立つと考えられます。

 一方、最近では、「クリック反応[6]」に代表されるように、アルキルアジド化合物を使用した細胞表面での標識やイメージング研究が世界中で盛んに行われています。国際共同研究グループが見いだした現象は、アクロレインの発生する生体環境下でアルキルアジド化合物を使用する場合には注意が必要であることを示す成果です。


■原論文情報
 Ambara R. Pradipta, Misako Taichi, Ikuhiko Nakase, Elena Saigitbatalova, Almira Kurbangalieva, Shinobu Kitazume, Naoyuki Taniguchi and Katsunori Tanaka, "Uncatalyzed Click Reaction between Phenyl Azides and Acrolein: 4−Formyl−1,2,3−Triazolines as "Clicked" Markers for Visualizations of Extracellular Acrolein Released from Oxidatively Stressed Cells", ASC Sensors, doi: 10.1021/acssensors.6b00122


■発表者
 理化学研究所
 准主任研究員研究室(http://www.riken.jp/research/labs/associate/) 田中生体機能合成化学研究室(http://www.riken.jp/research/labs/associate/biofunct_synth_chem/
  准主任研究員 田中 克典(たなか かつのり)
  特別研究員 アンバラ・ラクマット・プラディプタ(Ambara Rachmat Pradipta)
  特別研究員 泰地 美沙子(たいち みさこ)


■補足説明

 *添付の関連資料を参照


 *図1〜図3は添付の関連資料を参照





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