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慶大、神経細胞が特定のタイプにのみ分化するメカニズムを解明

2016-03-12

神経細胞が特定のタイプにのみ分化するメカニズムを解明


 脳には多くのタイプの神経細胞が存在し、それぞれが異なる役割を分担して、機能しています。しかし、その分化(注1)のメカニズムの詳細はわかっていませんでした。慶應義塾大学医学部解剖学教室の大石康二講師(非常勤)、仲嶋一範教授らの研究チームは、大脳皮質神経細胞が、特定のタイプの神経細胞のみに分化するメカニズムを明らかにしました。
 神経系における情報処理の司令塔である大脳皮質(注2)では、情報の入力、処理、出力が行われます。これらは、大脳皮質に存在するさまざまなタイプの神経細胞にその役割が担われています。今回の研究では、大脳皮質外から情報を受け取る役割の神経細胞と、情報処理を行う役割の神経細胞について着目し、[1]これらが性質の似通った未成熟な細胞から分化すること、[2]それぞれの分化を促すプログラムが、もう一方の分化のプログラムを阻害することで、どちらか一方のみのタイプが効果的に選択され、分化していくことを見出しました。
 現在、さまざまな疾患に対して、iPS細胞などから作り出した、治療に必要な特定の細胞を移植して治療する細胞治療に期待が寄せられています。今回の研究結果は、その進展に大きく貢献するものと考えます。

 本研究成果は、3月7日(米国東部時間)に米国総合学術雑誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」(米国科学アカデミー紀要)オンライン版に掲載されました。


1.研究の背景
 私たちの脳には、細胞の形態、他の神経細胞とのつながり方の違い(近くの神経細胞とつながるか、遠くの神経細胞とつながるか、などの連絡様式の違い)、特異的に発現しているタンパク質分子の違いなど、性質が異なるさまざまな種類の神経細胞が無数に存在します。
 大脳は、脳の中でも特に記憶や学習、感情等の高度な働きをしている部分です。大脳の表面にある大脳皮質では、神経細胞は脳の表面に平行な6層に分かれて並んで配置されています。各層は脳表面に近い方から、第1層〜第6層と呼ばれています。これまでの研究では、大脳皮質外へ出力する第5−6層の神経細胞については研究が進んでいましたが、神経情報の入力を外部から受容する第4層、大脳皮質内での情報処理を主に担当する第2−3層の神経細胞が、どのように生み出されるかについてはよくわかっていませんでした。


2.研究の概要と成果
 本研究では、成熟した大脳皮質の第2−3層と第4層に、それぞれ特異的に発現するタンパク質分子に着目しました。これまでの研究から、成熟した大脳皮質では、Brn2という転写因子が第2−3層に、またRorbという転写因子が第4層に特異的に発現することが知られていました(図1、右)。発生途中の未成熟な大脳皮質でこれらの転写因子の発現の様子を調べたところ、将来第2−4層の神経細胞になる細胞群は、共通して全てBrn2を発現し、Rorbを発現していないことがわかりました(図1、左)。この結果から、第2−3層と第4層の神経細胞は、発生途中の未成熟な段階では似通った特徴をもつことが示唆されました。

 ※図1は添付の関連資料を参照


 次に、これらの神経細胞の成熟過程について調べました。第2−3層では成熟後にも継続してBrn2の発現が強くみられました。一方で、成熟後の第4層ではBrn2の発現が減少し、代わりにRorbの発現が上昇してくることがわかりました(図1)。この発現の状態から、これらの転写因子どうしが影響しあう可能性が考えられました。すなわち、第4層ではRorbがBrn2の発現を阻害する可能性、第2−3層ではBrn2がRorbの発現を阻害する可能性です。本研究では、この両方の可能性について、子宮内胎児脳電気穿孔法(注3)を用いた遺伝子の過剰発現実験および抑制実験を行い、そのどちらも正しいということを明らかにしました(図1)。このBrn2とRorbの間の相互の阻害作用は、これらの分子の発現量の少しの違いを増大させ、どちらか一方のみの発現を選択するのに役立つと考えられます(図2)。さらに、これらはBrn2、Rorbという転写因子の発現だけでなく、神経細胞の性質自体にも影響を及ぼすことがわかりました。すなわち、Brn2が強く発現した細胞は第2−3層の神経細胞に特徴的な性質(連絡様式、形態、特異的に発現しているタンパク質分子の種類)を示すようになり、逆にRorbを強く発現する細胞は第4層神経細胞に特徴的な性質を示すようになることがわかりました。その結果、一つの細胞が第2−3層と第4層の両方の特徴を持った神経細胞として分化することはなく、どちらか一方のみのタイプが選択されて分化するという新しいメカニズムがわかりました。

 ※図2は添付の関連資料を参照


3.研究意義・今後の展開
 今後の研究では、なぜ第2−3層ではBrn2が発現され続けるのか、なぜ第4層ではRorbの発現が誘導されるのか、その分子メカニズムの解明が重要になると考えられます。
 また、第2−3層と第4層は進化的に新しく大脳皮質に加わった神経細胞の集団であることがわかっているため、今後さらに分子メカニズムの解明を進めることによって、進化の過程でどのようにして大脳皮質が発達したのかを知る手がかりとなることが期待されます。
 現在、さまざまな疾患に対して、iPS細胞などから作り出した、治療に必要な特定の細胞を移植して治療する細胞治療が注目されています。今回の研究結果は、特定の役割をもつ神経細胞を試験管内で作り出し、治療に応用できる可能性があると考えられます。


4.特記事項
 本研究は、主にMEXT/JSPS 科研費(15H02355,25640039,19700295,21700356)、文部科学省科学技術試験研究委託事業 脳科学研究戦略推進プログラムなどの助成により行われました。


5.論文について
 タイトル(和訳):
  “Mutually repressive interaction between Brn1/2 and Rorb contributes to the establishment of neocortical layer 2/3 and layer 4”
  (大脳皮質の発達過程において、転写因子 Brn1/2とRorbの相互抑制は、第2−3層と第4層の形成を制御する)
 著者名:大石康二、荒巻道彦、仲嶋一範
 掲載誌:「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」


【用語解説】
 (注1)分化
  前駆細胞から変化して、それぞれ特有の形態や性質を獲得して別のタイプの細胞に変わっていくことを言います。

 (注2)大脳皮質
  大脳の表面にあり、思考、記憶、推理、知覚、運動などの高度な機能を司る部位です。特徴的な6層の層構造で構成されており、表層側から深層側にかけて、第1層〜第6層と呼ばれています。他の動物に比べてヒトで大きく発達することが特徴です。

 (注3)子宮内胎児脳電気穿孔法
  本研究チームにおいて開発した、生体内遺伝子導入技術です(Tabata and Nakajima.Neuroscience,103,865−872(2001))。妊娠マウスを麻酔した後に、子宮壁越しに胎児の脳に任意の遺伝子を任意の場所と時期に導入することができます。


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