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東北大、脳に栄養を与えるタンパク質の遺伝子変異を脳機能イメージング装置を用いて解明

2016-02-06

脳に栄養を与えるタンパク質の遺伝子変異
脳機能イメージング装置を用いて解明〜


<要旨>
 東北大学加齢医学研究所・認知機能発達(公文教育研究会)寄附研究部門(川島隆太教授)は、磁気画像共鳴装置(MRI)を用いて、小児の脳形態や脳機能の発達を明らかにすると共に、遺伝子がそれらに影響を与えるかを解明しています。
 この度、同部門の橋本照男助教・川島隆太教授らのグループは、小児の横断および縦断追跡データを用いて、脳由来神経栄養因子(Brain Derived Neurotrophic Factor)遺伝子多型が、認知機能や脳形態の変化とどう関連しているかを解析し、BDNF遺伝子の変異型が発達期の脳の後頭−頭頂領域(*1)の体積や処理速度に好影響を与えていることを明らかにしました。
 BDNFは神経細胞に栄養を与えるタンパク質で、欧米の研究では、その生成に関わる遺伝子の変異型をもつ人ではそのタンパク質の生成量が少なくなり、精神疾患を含め多くの悪影響があるとされてきました。アジアではその変異型遺伝子を持つ人の割合が高いのですが、その遺伝子の影響を子どもで検討したところ、むしろ認知機能や脳の発達に好影響がある部分があり、負の影響はそれほどありませんでした。これらの結果は、子どもにおいては前例が無いものである一方、近年の大規模な成人における研究結果とも一致しており、従来の見方に再考を迫るものです。
 脳画像解析、大規模なデータ、数年の期間をおいた縦断解析といった手法を用いて脳の発達や可塑性に重要な影響があるタンパク質合成に関わる遺伝子と、子どもの脳構造と認知機能との関係を新たに明らかにした点などから、従来にない画期的な研究成果として、英国科学雑誌Cerebral Cortexに採択されました。論文は2016年1月31日発行の同誌に掲載されました。


1.研究の背景
 脳由来神経栄養因子(BDNF)は脳細胞の成長や維持を助けるもので、とりわけ発達期において重要な役割を果たすと考えられていますが、ヒトの子どもにおいては研究が少ない状態でした。動物やヒト成人において、BDNFの減少と認知機能の低下や精神疾患(うつ病や摂食障害等)と関わりがあることが示唆されており、子どもでの影響に関する知見は重要です。
 BDNF生成を制御する遺伝子には変異型があり、アミノ酸のValine(Val)がMethionine(Met)に代わることで、BDNF生成量が減ると考えられています。この変異型を持つ割合は欧米人では少ないのですが(約20%)、アジアでは多い(40−50%)という違いがあります。欧米における研究で、変異型を持つ人は脳活動、脳体積、認知機能が低下するという報告がされてきたのですが、近年の多くの人を対象とした研究ではそのような悪影響が必ずしも支持されないことが分かってきました。また、上記のように、動物やヒトの成人での研究がほとんどで、子どもにおける研究はほとんどない状況でした。
 そこで本研究では、変異型が多い日本人の健康な小児において、BDNF遺伝子多型が脳形態や認知機能に与える影響を解明することを目的としました。


2.研究成果の概要
 研究参加者は、一般より募集した、悪性腫瘍や意識喪失を伴う外傷経験の既往歴等のない健康な小児としました。以前にも別の研究発表に用いたデータから、遺伝子データを用いることができた185名が対象となりました。
 これらの研究参加者は知能検査(いわゆるIQテスト)とMRI撮像を受けました。この時点での研究参加者の年齢は5歳から18歳(平均約11歳)でした。これらの研究参加者の一部が、3年後に再び研究に参加し、再び知能検査とMRI撮像を受けました。その際に、唾液から遺伝子を採取しました。遺伝子型は生涯変わらないもので、BDNF遺伝子の野性型(正常)はVal/Val、変異型がVal/MetとMet/Metです。この3群の比較を行いました。
 初回と2回目の両方で解析に必要なデータが揃っている185名のデータを解析し、初回と2回目それぞれで、遺伝子型、知能検査の各指数、脳局所の灰白質容量の3つの関連を解析しました。脳画像は標準化することで比較可能で、3群間の平均の比較をしました。次に、初回と2回目参加時のデータを比較解析し、約3年の発達期における変化(2回目−1回目)の影響を検討しました。
 これらの解析の結果、Met/Metの子たちは初回、2回目ともに高い処理速度指数(*2)を示し(図1)、後頭−頭頂領域の体積が大きいことが分かりました。また、初回ではVal/Valの子のほうが大きい部位もありましたが、2回目にはその差がなくなっており、3年間にMet/Metの子のほうがよりその部位の増大があったことが明らかになりました(図2)。処理速度と脳体積の直接的な関係を調べたところ、初回において、処理速度指数が高いほど小脳の前部が大きいことが分かりました(図3)。2回目では処理速度指数と関係が強い脳部位はありませんでした。
 3年間の変化に関しては、Val/MetがVal/Valよりも左側頭−側頭接合部がより大きくなっていることが明らかになりました。また、各群を低年齢群(5−11歳)と高年齢群(12−18歳)に分けて解析したところ、低年齢群ではその脳部位がより大きくなり、高年齢群ではむしろ小さくなる傾向が見られ、発達期における脳構造の再構築がVal/Met群で示唆されました(図4)。


3.研究成果の意義
 今回の成果より、BDNF遺伝子の変異型を持っていても、少なくとも発達期において悪影響はあまりなく、むしろ認知機能の一部や脳体積に好ましい影響があることが示唆されました。Val/Met型の場合は発達期の変化量が大きい脳部位があり、脳の再構築が示唆されました。この研究では脳内のBDNFタンパクの量を測定できているわけではないので、変異型でBDNFが減っていたのかは分かりません。今回の結果では変異型のMetを持っていても発達に問題はなさそうですが、成人では変異型が複数の疾患(うつ病、統合失調症、自閉性障害、摂食障害アルツハイマー病等)と関連があるという報告されているので、注意は必要かもしれません。運動や食事制限等でBDNFが増えることが知られているので、変異型を持つ子どもは、生活習慣に気をつけることでリスクを軽減できるかもしれません。
 また、脳画像解析、大規模なデータ、数年の期間をおいた縦断解析といった手法を用いて脳の発達や可塑性に重要な影響があるタンパク質合成に関わる遺伝子と、子どもの脳構造、認知機能との関係を新たに明らかにした点などから、画期的な研究成果と評価されたと考えられ、英国科学雑誌のCerebral Cortex誌に採択されました。


■用語説明
 *1 後頭−頭頂領域:視空間処理に関わる脳部位。
 *2 処理速度指数:ウェクスラー式知能検査の4つの指数のうちの1つ。視覚刺激を速く、正確に処理する能力。注意、動機づけ、視覚的短期記憶、筆記技能、視覚−運動協応を反映している。


 ※図1〜4は添付の関連資料を参照



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