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筑波大など、水素の高速核スピン変換のメカニズムを実験的に立証することに成功

2015-08-04

水素の高速核スピン変換のメカニズムを実験的に立証
〜効率的な水素利用に向けた量子力学的アプローチ〜

■研究成果のポイント
 1.多孔性配位高分子 注1)に吸蔵された水素分子の配列変化とそれに伴う核スピン状態の変化を世界で初めて観測しました。
 2.細孔内の電場勾配 注2)を実験から求め、電場勾配が核スピン状態の変換を促進していることを示しました。
 3.多孔性物質の細孔内部の電場を利用した新機能の開拓が期待されます。


 国立大学法人筑波大学数理物質系 西堀英治教授と国立研究開発法人産業技術総合研究所再生可能エネルギー研究センター 小曽根崇産総研特別研究員、国立大学法人京都大学物質−細胞統合システム拠点 堀彰宏研究員、国立大学法人九州大学大学院理学研究院 大場正昭教授、国立大学法人東北大学多元物質科学研究所 高田昌樹教授らの研究グループは、国立研究開発法人理化学研究所放射光科学総合研究センター(以下:理研RSC)、公立大学法人大阪府立大学大学院理学系研究科 久保田佳基教授、島根大学スペインの研究グループと共同で、多孔性配位高分子の中に水素分子を吸着させ温度を制御すると、水素分子の細孔内での配列が変化することを、大型放射光施設SPring−8の理研物質科学ビームラインBL44B2を用いて観測しました。また、水素分子はオルトとパラの二つの核スピン状態 注3)を取り通常は両者が混在した状態で存在しますが、細孔内での水素分子の配列変化に伴い、ほとんどのオルト水素が数百秒以下でパラ水素に転換されることを、ガス吸着下ラマン散乱その場観測 注4)により明らかにしました。さらに、この高速なオルト―パラ転換の機構を解明するため、X線回折で求めた電子密度、静電ポテンシャル分布から細孔内の電場勾配を求めた結果、細孔内には場所によって〜10の22乗V/m2の電場の勾配が存在し、配列変化に伴い、電場勾配を受けた水素分子の核スピンが高速に転換することがわかりました。
 本成果は、近年、実験・理論研究が盛んに行われている電場勾配によるオルトーパラ転換を分子配列、核スピン状態、電場勾配の全てを観測することに成功したものです。多孔性配位高分子の真空の空間における電場勾配の違いがオルトーパラ転換という一般に触媒が必要な反応を促進することを示し、空間の有する新機能を構造観測から開拓しました。この電場勾配を利用した細孔内での新現象、新機能の探索が今後進められていくことが期待されます。
 本成果は2015年7月29日付で、英国王立協会の発行するオープンアクセス誌「Royal Society Open Science」で公開される予定です。
 *本研究は、公益信託ENEOS水素基金および科学研究費補助金の補助を受けて実施されました。


■研究の背景
 水素分子は、二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギー源として実用研究が活発に行われるとともに、2個の陽子と2個の電子からなる立体構造および電子構造の明快さから、基礎科学の分野でも長年にわたって研究が行われています。中でも、水素の核スピン状態に関する量子力学的な研究は、水素を燃料としてより効率的に利用する上でも重要です。例えば、宇宙ロケットの燃料などに用いられる液化水素は、冷却貯蔵下で蒸発する「ボイルオフ」という現象により損失するという問題があります。
 ボイルオフは、貯蔵技術だけでなく、水素の核スピンの状態に由来します。2つの電子と2つの原子核からなる水素には、2つの核スピンの向きが両方とも同じ方向のオルト水素と互いに逆方向のパラ水素の2種類の核スピン異性体があります(図1)。室温、常圧下の水素気体では、オルトとパラの存在比は3:1です。オルト状態とパラ状態の間の遷移は、外部との相互作用がなければ容易に生じない禁制遷移であり、冷却してもこの比率は保持されます。タンクに貯蔵した場合、タンク内壁との相互作用や水素分子間の相互作用により、エネルギーの高いオルト状態からパラ状態への転換が起こります。この転換の際に、オルト状態とパラ状態のエネルギー差分の熱が放出され、この熱によって液体水素の蒸発が起こります。これがボイルオフです。ボイルオフを避けるには、予めオルト水素をパラ水素に転換しておくことが有効で、そのための触媒の研究が盛んに行われており、水酸化第二鉄や酸化クロムの利用などが実用化されています。
 しかしながら、固体表面での反応を利用したオルトーパラ転換の機構については表面で接触時のみに起こる反応であるため、数十年をこえる研究の歴史があるものの未だ観測されていませんでした。


■研究内容と成果
 本研究グループは、オルトーパラ変換の触媒として、高度に構造を制御可能な多孔性配位高分子を用い、その気体吸着特性を利用して水素を吸着させる研究を進めてきました。そして、三次元ホフマン型類似配位高分子 注5){Fe(pyrazine)[Pd(CN)4]}(◇1)(図2) a)が1つの細孔あたり65Kで約2.7分子、35Kで約3.3分子の水素を吸着できることを見出しました。温度によって細孔あたりの吸着量が変化することから、細孔内での水素原子の配置を大型放射光施設SPring−8を用いた放射光ガス吸着下温度変化その場X線回折実験 注6)により観測しました。その結果、65Kと35Kでは、図2に緑で示されたサイトI、青で示されたサイトII、赤で示されたサイトIIIの三種類の水素位置があることがわかりました。65Kでは主にサイトIとIIの二種類の位置を占め、35KではサイトIIIの一種類の位置を占めており分子の配列構造が異なっていることがわかりました。また、配列変化に伴う、水素の核スピンの状態を水素吸着下ラマン散乱により調べ、温度低下に伴いオルト水素が数百秒の時間スケールでパラ水素に変換されることがわかりました。これは、金属表面を用いたオルト―パラ変換での理論的に予測される速度より10倍以上高速です。さらに、配列構造とオルト―パラの関係を調べたところ、サイトIはオルト/パラ水素が混在、サイト−II,IIIではほぼパラ水素のみが存在することも明らかになりました。
 そこで、配列変化に伴うオルト―パラ変換の機構について考察するため、X線回折データから電子密度分布、静電ポテンシャル分布 b)、電場勾配 b)を求めました。オルトとパラの水素が混在するサイトIは、細孔の中心に位置します。この位置は、物質の対称中心でありこの位置での電場は対称性により0V/mです。一方、パラ水素のみが存在するサイト−II,IIIは、10の11乗V/mの電場が存在しました。このことは、サイトIの水素が温度変化によりサイトIIIに移動する際に10の22乗V/m2の電場勾配を受けることを意味します。
 2011年に非晶質の水分子ネットワークが作る細孔内で数百秒のタイムスケールでの高速なオルト―パラ変換が報告され、物質内部の電場勾配による高速変換が提案されています c)。この報告以後、物質内電場下でのオルト―パラ変換に関する研究が活性化してきており、複数の理論的研究が報告されています d,,e)。本研究は、細孔内電場による数百秒タイムスケールのオルト―パラ高速変換を、X線構造解析、ラマン散乱、電子密度、静電ポテンシャル解析などの実験的手法により観測し、その機構を解明しました。

 ◇1の正式表記は添付の関連資料を参照


■今後の展開
 本研究によって、高度にその構造制御が可能な多孔性配位高分子の細孔内における内部電場勾配が、オルト―パラ変換の触媒作用を促進することが示されました。水素の液化貯蔵のボイルオフに対する新しいアプローチでの解決の糸口が示されたことになります。多孔性配位高分子は、分子設計により細孔のサイズのみならず電場勾配も含めてデザイン可能な物質群であることから吸着量を増加させつつ、内部電場も含めて物質設計することで、多量の水素をすべてパラ状態で貯蔵することができるようになります。また、電場勾配下における物質の新たな量子相の探索など基礎科学的にも新分野の開拓が期待されます。また、放射光X線回折に基づく電子密度、静電ポテンシャル、電場勾配の実験的観測はこうした物質や新現象、新機能探索のツールとして発展していくことが期待できます。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・参考図(図1〜3)
  ・用語解説
  ・参考文献
  ・掲載論文



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