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慶大、骨を壊す破骨細胞をつくる新しいメカニズムを解明

2015-07-25

骨を壊す破骨細胞をつくる新しいメカニズムの解明
−がんの骨転移に伴う骨破壊を抑える新しい治療法に期待−


 慶應義塾大学医学部の堀内圭輔特任准教授、東門田(とうもんだ)誠一特任助教らの研究グループは、マウスを用いた実験で、破骨細胞(注1)の分化過程で小胞体ストレス(注2)が誘導されること、さらにこの小胞体ストレスが破骨細胞の分化を増強し、骨の破壊・吸収を促進させることを発見しました。
 高齢化社会に伴い、骨の力学的強度が低下してしまう骨粗鬆症患者は近年上昇傾向であり、その患者数は、わが国で1300万人以上とも言われています。また近年、がん患者も従来に比較して長い生命予後が得られるようになり、これまであまり注目されなかったがんの骨転移が問題となってきています。骨粗鬆症やがんの骨転移では、骨を破壊・吸収する破骨細胞の活性が高まるため、骨がもろくなり、軽微な外傷で骨折を来たすことがあると考えられています。こうした患者の骨折が直接生命を脅かすことはありませんが、疼痛や寝たきりの原因となり、患者の生活の質を大幅に低下させます。
 今後、小胞体ストレスを治療標的にすることにより、がんの増殖と、破骨細胞によって生じる骨の破壊・吸収を同時に抑制しうる治療薬の開発につながることが期待されます。本研究成果は7月20日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Journal of Clinical Investigation」オンライン版で発表されます。


1.研究の背景
 骨は骨芽細胞によって新しい骨が造られ、古くなった骨が破骨細胞によって破壊・吸収されることによって機能が維持されています。しかし、骨粗鬆症やがんの骨転移ではこのバランスが崩れ、相対的に破骨細胞の活性が高まった状態になります。このため、全身的もしくは局所的に骨量が低下し、軽微な外力でも骨折が生じる状態となります。骨折自体は致死的な病態ではありませんが、強い体の痛みや運動機能の障害の原因となり、患者の生活の質を著しく低下させ、さらには生命予後を短縮させる原因ともなります。こうした骨の脆弱骨折は近年大変注目されており、破骨細胞による骨の破壊・吸収を抑制する様々な薬品が開発され、臨床の場で使用されています。
 今回、本研究グループは、近年がんの治療標的としても注目されている小胞体ストレスが、破骨細胞が作られる過程においても重要な機能を担っていることを明らかにしました。


2.研究の概要と成果
 本研究では、まず、破骨細胞の分化過程で小胞体ストレスが誘導されることを明らかにしました。細胞表面にあるタンパク質や細胞から分泌されるタンパク質は、細胞内にある小胞体と呼ばれる小器官で折りたたまれ、正しい立体構造を獲得します。このことから、小胞体は、いわば細胞の中にあるタンパク質の工場とも言えます。しかし、このタンパク質の工場である小胞体の環境が悪くなると、タンパク質の折りたたみに失敗し、構造が異常な不良タンパク質が蓄積します。この状態は小胞体ストレスと呼ばれ、放置しておくと細胞の機能に重篤な障害をきたします。そのため、細胞には小胞体ストレスを認識するセンサーとして機能する分子があり(注3)、この様な危機的状況を回避するメカニズムが備わっています。この現象は不良タンパク質応答(注4)と呼ばれ、インスリンを産生するβ細胞や、抗体を産生する形質細胞などの分泌タンパク質を大量に産生する細胞で特に発達しています。
 活発に骨を破壊・吸収する破骨細胞は様々なタンパク質を分解する酵素を分泌します。しかし破骨細胞の分化過程では大量のタンパク質が産生されるわけではなく、破骨細胞の分化過程で小胞体ストレスが誘導されるのは不思議な現象といえます。そこで、破骨細胞のもととなる細胞から、小胞体ストレスを認識するセンサー分子の一つであるIRE1αと呼ばれる分子を欠損させた遺伝子改変マウスを作成し、小胞体ストレスが、破骨細胞が作られていく過程で必要かどうかを検討しました。この遺伝子改変マウスの骨組織を解析したところ、非常に興味深いことに、破骨細胞の分化能が低下し、その結果、通常のマウスと比較して骨量が著しく増加していることが観察されました。
 小胞体の内部にはカルシウムが貯蔵されていますが、破骨細胞の分化過程においてカルシウムが細胞質内に放出されることが既に報告されています。そのメカニズムをさらに詳細に検討したところ、破骨細胞の分化過程では小胞体からカルシウムが流出し、これが小胞体ストレスを引き起こすこと、また、IRE1αによる不良タンパク質応答が破骨細胞の分化に必須な遺伝子の発現を促進させることを突き止めました。さらに、破骨細胞分化に対するIRE1αの阻害薬の効果を検討したところ、IRE1αの阻害薬を添加すると破骨細胞の分化が著しく抑制されることを明らかにしました(図1)。

 ※図1は添付の関連資料を参照


3.研究意義・今後の展開
 不良タンパク質応答は一般的には、小胞体ストレスで機能障害をきたした細胞を正常な状態に戻すことが主たる機能と理解されています。しかし本研究から、小胞体ストレスは、センサー分子の一つであるIRE1αを介して破骨細胞の分化を制御する因子の一つであることが分かりました。骨髄腫や乳がんなどでは、IRE1αを介した不良タンパク質応答を抑制することにより、がんの増殖を抑制できることが報告されており、IRE1αが新規の治療標的として注目を集めています。興味深いことに、骨髄腫や乳がんは高頻度で骨転移を生じるがん種であり、臨床的にもこれらのがんによる骨破壊の抑制が重要な問題となっています。IRE1αの阻害により破骨細胞の分化を抑制できることから、IRE1αを標的にすることで、がん進展の抑制だけでなく、骨転移における骨の破壊・吸収も同時に制御しうる治療薬の開発につながることが期待されます(図2)。

 ※図2は添付の関連資料を参照


4.特記事項
 本研究はMEXT/JSPS科研費(24390358,24791566)によりサポートされたものです。


5.論文について
 タイトル(和訳):“IRE1α/XBP1−mediated branch of the unfolded protein response regulates osteoclastogenesis”
 (IRE1α/XBP1による不良タンパク質応答は破骨細胞分化を制御する)
 著者名:東門田誠一、依田昌樹、岩脇隆夫、松本守雄、中村雅也、御子柴克彦、戸山芳昭、堀内圭輔
 掲載誌:「Journal of Clinical Investigation」オンライン版


【用語解説】
 (注1)破骨細胞
 骨は骨芽細胞と呼ばれる骨を作る細胞によって形成されますが、古くなった骨は新しい骨と入れ替わることによって常に新しい状態に保たれます。また成長過程では、骨は成長に伴ってその形が変わります。この時にも、要らなくなった古い骨を取り除き、新しい骨を作っていく必要があります。古い骨を取り除く現象は骨吸収と呼ばれ、破骨細胞と呼ばれる血液細胞由来の細胞によって行われます。骨粗鬆症などの病態では、形成される骨よりも骨吸収が相対的に高まった状態にあります。

 (注2)小胞体ストレス
 細胞内には様々な小器官があり、小胞体はそのうちの一つです。細胞はコラーゲンやホルモンなど様々なタンパク質を産生し放出しますが、それらはこの小胞体で作られます。しかし、低栄養、過剰なタンパク質の産生、低酸素状態などの条件下では本来の正しい構造を獲得できなかった不良タンパク質が蓄積します。この不良タンパク質はそのままでは小胞体内にとどまり、小胞体の機能を阻害します。まさに小胞体に負担(ストレス)がかかった状態であることから、小胞体ストレスと呼ばれています。この小胞体ストレスは、2014年にラスカー賞を受賞した京都大学の森和俊博士によって見出された現象です。

 (注3)小胞体ストレスを認識するセンサー
 正常な構造を獲得できなかった不良タンパク質が蓄積すると小胞体ストレスが生じますが、その様な場合は、その情報を細胞全体に伝え、早急に対応する必要があります。その機能を担うのが小胞体ストレスのセンサー分子です。哺乳類では大別して3種類あり、IRE1αはそのうちの一つです。

 (注4)不良タンパク質応答
 小胞体ストレスによって引き起こされる細胞の様々な反応を指します。この反応は小胞体ストレスを認識するセンサーによって開始されます。





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