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東大、軟骨の形成をつかさどる遺伝子発現のメカニズムを解明

2015-07-08

軟骨の形成をつかさどる遺伝子発現のメカニズム
軟骨形成に必須の転写因子 Sox9による遺伝子発現制御の様子が
ゲノム全域で明らかに


1.発表者:
 大庭 伸介(東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻 特任准教授)


2.発表のポイント:
 ◆軟骨形成に必須の転写因子Sox9(注1)が遺伝子発現を制御する作動様式を、マウスを用いてゲノム全域で解明
 ◆生体の軟骨細胞のゲノム全域におけるSox9の位置、クロマチン状態、遺伝子発現に関するビッグデータの解析に基づいた知見
 ◆ゲノム変異と軟骨の変性疾患・先天疾患の理解、それらの治療や軟骨再生におけるゲノム創薬への貢献に期待


3.発表概要:
 胎児期に形成される軟骨の多くは、成長期まで骨格の成長を調節するほか、関節軟骨として、生涯にわたってわたしたちが運動する際に重要な役割を果たします。軟骨の形成にはSox9という遺伝子の発現を調節する蛋白質(転写因子)が正常に機能して、軟骨の形成に関わる遺伝子を正しく発現させることが必要です。
 対応するヒトの遺伝子に変異が生じると、カンポメリック骨異形成症(注2)になることが分かっています。その一方で、軟骨が形成される過程においてSox9 転写因子が遺伝子発現を制御する機構は、一部のゲノム領域において詳細に調べられていましたが、その全貌は不明なままでした。
 東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授は、南カリフォルニア大学のアンドリュー・マクマホン教授(Andrew P.McMahon)の研究グループと共同で、生体のマウスの軟骨細胞のゲノム全域におけるSox9 転写因子の位置、クロマチン状態、遺伝子発現に関するビッグデータを取得し、解析することで、軟骨形成の際にSox9が遺伝子発現を調節する作動様式をゲノム全域で明らかにしました。
 本研究成果は、ゲノム変異がもたらす軟骨変性疾患・先天疾患の理解、それらの治療や軟骨再生のためのゲノム創薬への貢献が期待されます。
 本研究成果は、2015年7月2日に米国科学雑誌「Cell Reports」にオンライン版で発表されました。


4.発表内容:
 哺乳類の骨格は、軟骨を形成する軟骨細胞と骨を形成する骨芽細胞により作られます。胎児期に形成された軟骨の多くは、成長期まで骨格の成長を調節するほか、関節軟骨として、生涯にわたってわたしたちが運動する際に重要な役割を果たします。軟骨細胞が正常に作られるためには、Sox9という転写因子が正常に機能して、軟骨の形成に関わる遺伝子を正しく発現させることが必要です。Sox9 遺伝子を欠失させた遺伝子改変マウスの解析から、Sox9は軟骨形成のあらゆる段階で必須の役割を果たすことが示されています。また、ヒトにおけるSOX9 遺伝子の変異は、カンポメリック骨異形成症を引き起こすことが分かっています。
 これまでの研究によって、軟骨の基質となる蛋白質のアミノ酸配列をコードする遺伝子の周辺にSox9の結合領域が存在し、この結合領域が遺伝子の転写に関わることが示されてきました。これらの研究により、軟骨形成におけるSox9の作動様式への理解は大きく進歩しました。
 しかし、この知見は限られた数の遺伝子の周辺に関するものであり、Sox9が軟骨細胞のゲノム全域にわたってどのように作用するのか、そしてそれらが遺伝子の発現に働く際にどのように協調するのかについては不明なままでした。また、遺伝子の発現制御にはヒストン(注3)のアセチル化やメチル化によるクロマチン構造の変化や、転写因子と基本転写装置(注4)の相互作用が不可欠ですが、Sox9の機能とこれらの相関についても限られた知見があるのみでした。
 東京大学大学院工学系研究科バイオエンジニアリング専攻の大庭伸介特任准教授は、南カリフォルニア大学のアンドリュー・マクマホン教授の研究グループと共同で、Sox9による遺伝子発現制御の様子を、軟骨細胞のゲノム全域にわたって明らかにすることを目的に研究を行いました。まず、生体(マウス新生仔)から採取した初代軟骨細胞において、Sox9に対するクロマチン免疫沈降シーケンス(ChIP−seq、注5)を行い、ゲノム全域におけるSox9の位置(結合領域)情報を取得しました。さらに、Sox9の結合領域とクロマチンの状態、基本転写装置の位置、発現遺伝子を統合的に解析するために、各種ヒストン修飾と基本転写装置の構成要素に対するChIP−seq及び網羅的遺伝子発現解析も併せて行いました。これらの大規模データを統合的に解析すると以下の知見が得られました。
 軟骨細胞ゲノムにおけるSox9の結合領域として同定した27,656箇所のうち、約1/4が転写開始点から500塩基対以内に存在しました。転写開始点近傍に存在するSox9結合領域をクラスI、それ以外の転写開始点から離れたものをクラスIIと分類しました。クラスI領域では、Sox9と基本転写装置の構成要素の存在に相関が認められ、Sox認識配列の有意な存在が認められませんでした。また、クラスI領域の近傍には細胞の基礎活動に関与する遺伝子が有意に存在し、Sox9の結合の度合いはそれらの遺伝子の発現量を反映していました。これらの結果から、Sox9の転写開始点近傍への結合は、基本転写装置との蛋白−蛋白相互作用を介したものであり、細胞の基礎活動に関与する遺伝子の発現を制御するものと示唆されました(図1)。
 一方、クラスII領域は軟骨関連遺伝子周辺に有意に認められ、活性型エンハンサーのヒストン修飾を伴っていました。また、クラスII領域の一部は、スーパーエンハンサー(注6)様のエンハンサークラスターを形成しており、その周辺の遺伝子は有意に高い発現量を示しました。
 クラスII領域は生体において軟骨特異的なエンハンサー活性を有し、Sox二量体認識配列に有意に富んでおりましたが、その配列には多くのバリエーションがあることが判明しました。生化学的に検討したところ、軟骨細胞ゲノム上で実際にSox9が結合するSox二量体認識配列は、最適化認識配列よりもSox9と弱く結合することが分かりました。軟骨関連遺伝子周辺で認められる複数のSox9結合によるクラスター形成の結果と併せると、Sox9の二量体が準最適化認識配列を介して複数のエンハンサー領域へ結合することで、軟骨関連遺伝子の高い発現量を維持していることが示唆されました(図1)。
 四肢や体幹の軟骨は中胚葉に由来する一方、頭部や顔面の軟骨細胞は外胚葉を起源とする神経堤細胞に由来します。そこで、由来の違いがSox9による転写機構に影響を与えるかを検証するために、マウス胎仔鼻中隔軟骨より採取した軟骨細胞においても、Sox9に対するChIP−seqと遺伝子発現プロファイリングを行い、肋軟骨のデータと比較しました。Sox9のゲノムへの結合パターン、及び標的遺伝子は由来によらずほぼ同一でしたが、少数の領域における結合の違いが認められ、これらの領域は各系統に特徴的な遺伝子と相関していました。
 以上のように、生体の軟骨細胞において、Sox9が2つの異なる作動様式を介して遺伝子の転写を制御することがゲノム全域で明らかとなり(図1)、由来の異なる軟骨細胞におけるSox9の作動様式に関する知見も得られました。これらの知見は、ゲノム変異と軟骨の変性疾患・先天疾患の理解、それらの治療や軟骨再生におけるゲノム創薬へ貢献することが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Cell Reports(オンライン版:7月2日)
 論文タイトル:Distinct transcriptional programs underlie Sox9 regulation of the mammalian chondrocyte
 著者:Shinsuke Ohba(*),Xinjun He,Hironori Hojo,Andrew P.McMahon(*)(*責任著者)


 ※用語解説・添付資料(図1)は添付の関連資料を参照



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