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慶大など、腸内細菌が腸管免疫の恒常性を保つしくみを解明

2015-07-06

腸内細菌が免疫調節たんぱく質と免疫制御細胞を誘導し
腸管免疫の恒常性を保つしくみを解明
−腸炎やアレルギーを抑制できる可能性−


 慶應義塾大学医学部微生物学・免疫学教室の研究グループ(吉村昭彦教授ら)は、同内科学教室(消化器)の金井隆典教授らとの共同研究により、腸内の細菌叢を改善するプロバイオティクス(注1)であるクロストリジウム属細菌の菌体成分ペプチドグリカン(注2)が、免疫調節たんぱく質と免疫制御細胞を誘導し、腸炎を抑えるしくみを解明しました。
 本研究グループは、クロストリジウム・ブチリカムMIYAIRI588株(注3)(以下、本クロストリジウム菌株)を餌に混ぜてマウスに投与し、免疫の制御に重要な制御性T細胞(Tレグ)(注4)が増加し腸炎が抑制されることに着目しました。制御性T細胞の増加の仕組みを詳細に解析したところ、本クロストリジウム菌株の細胞壁のペプチドグリカンが、免疫細胞の一種である樹状細胞(注5)を刺激し、その結果、トランスフォーミング増殖因子−β(TGF−β)(注6)と呼ばれる免疫を抑えるたんぱく質の分泌が促進されることを突き止めました。
 さらにこれまで明らかにされていなかったマウス腸管樹状細胞の染色体レベルでのTGF−βの産生メカニズム(エピゲノム制御(注7))も解明し、より効率よくTレグを誘導する方法を明らかにしました。
 今後、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患やアレルギーに対して効果的で安全性が高い治療法の開発が期待されます。本研究成果は2015年6月30日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Immunity」オンライン版で公開されます。


1.研究の背景と経緯
 人間の腸には常に100兆個以上の腸内細菌が生息しており、その腸内細菌が免疫のバランスを制御し、健康を維持する要因であると考えられています。一方で最新の研究では腸内細菌叢の乱れや偏りが、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患と呼ばれる消化管粘膜に炎症を生じる病気の悪化に関与していると考えられています。これらの疾患は、厚生労働省により「特定疾患」に指定されている難病です。就学・就労を控えた20歳代を中心に発症し、国内の患者数が約16万人を超えたことから、社会的にも大きな問題となりつつあるため、その原因の解明と治療法の確立が望まれています。また食物アレルギーをはじめ様々なアレルギー性疾患も腸内細菌と関連することが分かっています。さらに糖尿病や肥満などの代謝性疾患や自閉症などの精神疾患と腸内細菌叢との関連までもが示唆されています。そのため、腸内細菌叢を調節することで、これらの疾患を治療しようとする試みも進められています。
 広く免疫系で炎症を抑える細胞として制御性T細胞(Tレグ)が知られています。Tレグは腸内に多く存在し腸の過剰な炎症や食物アレルギーを抑えるなど、腸管免疫で重要な役割を担っています。Tレグの誘導には腸内細菌が必要で、特に腸内細菌のなかでもクロストリジウム属細菌が腸管でTレグを誘導することが先行研究によって明らかにされてきました。さらにTレグは、強力な抗炎症作用を持つタンパク質TGF−βによって誘導されることが分かっていました(図1)。しかしTGF−βがどの細胞で作られて、どの様なメカニズムでTレグ誘導を調節しているのかは不明でした。
 本研究では、プロバイオティクスとして知られるクロストリジウム属細菌の一種クロストリジウム・ブチリカムMIYAIRI588株(以下、本クロストリジウム菌株)を用いて、腸内細菌によるTGF−βとTレグの誘導のメカニズムを検討しました。その結果、本クロストリジウム菌株の主な菌体成分であるペプチドグリカンが腸管の樹状細胞(腸管樹状細胞)を刺激してTGF−βを産生し、TGF−βによって免疫を制御するTレグが誘導されて炎症を抑制する、という全体像が明らかとなりました(図1)。さらに本研究ではペプチドグリカンが樹状細胞においてどの様にしてTGF−β遺伝子発現のスイッチを入れるのか、その詳細なしくみを明らかにしました。

 ※図1は添付の関連資料を参照


2.研究の内容
 本研究ではまず、本クロストリジウム菌株をマウス腸管に投与することで、炎症性疾患の症状が軽減することを確認しました。本クロストリジウム菌株をマウスに経口投与すると、Tレグが増加し(図2A)、腸炎の症状が軽減すること(図2B)を確認しました。これらの現象は、TGF−βの活性を中和する抗体で見られなくなることから、腸管におけるTGF−βがTレグの増加と腸炎の軽減を引き起こす上で重要な役割を果たしていることが分かりました。そこでTGF−βの発現を調べたところ、本クロストリジウム菌株は腸管の上皮細胞ではなく、樹状細胞から強力にTGF−βを発現誘導することを観察しました(図2C)。

 ※図2は添付の関連資料を参照


 さらに、本クロストリジウム菌株によるTGF−βの発現誘導とTレグの増加という現象は、試験管内で樹状細胞とTレグを培養しても観察されました。また、クロストリジウム属細菌の主要な菌体成分であるペプチドグリカンによっても、同様の現象が観察されました。ペプチドグリカンは、樹状細胞の細胞膜上のToll様受容体−2(TLR2)(注8)を刺激することが先行研究で解明されています。本研究では、TLR2のない樹状細胞からは、本クロストリジウム菌株やペプチドグリカンで刺激してもTGF−βは発現誘導されないことが分かりました。
 次にTLR2がどの様にしてTGF−βの産生を促進するのかを調べたところ、細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK)(注9)のシグナル経路が重要であることが分かりました。ERKはc−Fosとc−Junにより構成される複合体である転写因子(注10)、アクチベータータンパク質1(AP−1)を活性化します。図3左に示すように、まずAP−1がTGF−βの転写開始点上流領域(領域2)に補充されて染色体構造を転写されやすいオープンな構造に転換し、TGF−β遺伝子の転写を開始することが分かりました。このメカニズムが、TGF−β産生の第一ステップとして働くことが明らかになりました。
 しかしAP−1だけでは大量のTGF−β発現の誘導には不十分でした。第二ステップとして、AP−1に続いて、TGF−β自身による刺激(オートインダクション)によってさらTGF−β遺伝子の発現が亢進することが分かりました(図3中央)。TGF−β受容体の下流ではSmad2およびSmad3というふたつの転写因子が、りん酸化によって(Pはりん酸化を意味する)活性化されます。Smad2およびSmad3のノックアウトマウス解析などから、TGF−βの発現誘導に際してSmad3がp300という別のたんぱく質と一緒になって遺伝子の転写を促進することが分かりました(図3右Smad3)。このときSmad3とp300は、染色体に働きかけて領域1の遺伝子の構造を開き、転写促進型に変化させることでTGF−βの産生を促進することが明らかとなりました。
 ところが、驚くべきことにTGF−βで活性化されるSmad2はSmad3と正反対の機能を有していることが今回初めて明らかにされました。Smad2は、染色体の構造を逆に閉じさせて転写抑制型に変化させることでTGF−βの産生を抑えることが分かりました(図3右Smad2)。このようなTGF−β遺伝子のエピゲノム変化が明らかになったのも今回の研究の成果です。

 ※図3は添付の関連資料を参照


 次に樹状細胞でSmad2のないマウスを作製したところ、腸管でTレグが増加し、実験的な腸炎に抵抗性を示すことが分かりました。さらにSmad2のない樹状細胞を致死的な腸炎のマウスモデルに移植したところ、これを抑制することも分かりました(図4A)。このときに、腸管でTレグの割合が大幅に増加することが明らかになりました(図4B)。
 以上のことから、TGF−βは主に腸内細菌のペプチドグリカンによって誘導され、ERKーAP−1経路とTGF−βーSmad3経路の2つの経路によって産生誘導され、さらにSmad2によって負に調整されていることが分かりました。これらの機能により、腸管のTGF−βの濃度、さらにはTレグへの分化誘導が調整されており、腸管免疫の恒常性が保たれていると考えられます。

 ※図4は添付の関連資料を参照


3.今後の展開
 近年、腸内細菌と様々な疾患の関連について研究が進んでいます。さらにプロバイオティクスや腸内細菌の移植による治療法も検討されています。特にTレグの誘導は、炎症性疾患やアレルギーの治療につながると期待されています。しかし現時点ではTレグの誘導メカニズムに関してはまだ科学的に不明な点が多くありました。
 本研究で示したクロストリジウム・ブチリカムMIYAIRI588株によるTGF−βの分泌誘導、Tレグの誘導メカニズムは、炎症性腸疾患に対するより安全で安価な治療法、予防法の開発につながると期待されます。


4.特記事項
 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。なお、平成27年4月1日に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されたことにともない、本研究課題はAMEDに承継され、引き続き研究開発の支援が実施されます。

  科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業
  研究領域:「エピゲノム研究に基づく診断・治療へ向けた新技術の創出」
  (研究総括:山本 雅之、副研究総括:牛島 俊和)
  研究課題名:「T細胞のエピジェネティク改変による免疫疾患制御」
  研究者:吉村 昭彦(慶應義塾大学 医学部 微生物学・免疫学教室 教授)
  研究実施場所:慶應義塾大学 医学部
  研究期間:平成25年10月〜平成31年3月


5.論文について
 タイトル(和訳):“Smad2 and Smad3 inversely regulate TGF−β autoinduction in Clostridium butyricum−activated dendritic cells”
  (Smad2およびSmad3はクロストリジウム・ブチリカム菌株によって活性化された樹状細胞においてTGF−βの自己産生を反対に制御する)
 著者名:柏木一公、森田林平、七田崇、駒井恭子、佐伯恵太、松本真琴、竹田潔、野村政壽、林篤史、金井隆典、吉村昭彦
 掲載誌:「Immunity」オンライン版


【用語解説】
 (注1)プロバイオティクス
 乳酸菌やビフィズス菌など、腸内細菌集団(腸内細菌叢)の状況を改善し、健康維持、アレルギーの抑制、腸炎の抑制など身体に有益な作用をもたらす菌。最近では様々な食品や商品が開発されている。

 (注2)ペプチドグリカン
 ペプチドと糖で構成される高分子の総称で、グラム陽性菌の細胞膜の外側を形成する層の主要成分である。クロストリジウム属細菌の細胞壁にも含まれる。

 (注3)クロストリジウム・ブチリカムMIYAIRI588株
 クロストリジウム属に属する芽胞形成性のグラム陽性の桿菌で、無酸素の状態で増殖する偏性嫌気性細菌。また、酪酸を産生することから酪酸菌とも呼ばれる。整腸剤として処方されている。

 (注4)制御性T細胞(Tレグ)
 抗炎症性のサイトカインを産生し、過剰な免疫反応を抑制する機能を持つT細胞の1種。自己免疫疾患やアレルギーを抑える作用もある。先頃ガードナー賞を受賞した坂口志文大阪大学教授によって発見された。Tレグが発生するメカニズムは精力的に研究されているが不明な点も多い。

 (注5)樹状細胞
 白血球の1種で、細菌や異物を取り込み様々な機能性たんぱく質(サイトカインと呼ばれる)を分泌するとともに抗原提示を行って免疫反応の起点となる細胞。サイトカインは多種類存在し、免疫応答の誘導と制御、炎症を引き起こすなど免疫系において重要な役割を持つ。2011年のノーベル賞生理学医学賞を受賞したラルフ・スタインマン博士によって発見された。

 (注6)トランスフォーミング増殖因子−β(TGF−β)
 細胞から放出されるサイトカインの一種で抗炎症作用を持つ。制御性T細胞を誘導することから、多くの自己免疫疾患の制御に重要な役割を果たすことが知られている。TGF−β受容体はりん酸化酵素として働き、転写因子たんぱく質Smad2とSmad3をりん酸化して活性化することが知られている。Smad2とSmad3は核内に移行して染色体DNAに結合して遺伝子の転写を制御する。

 (注7)エピゲノム制御
 近年注目されている染色体の構造制御。エピジェネティクスとも呼ばれる。DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の発現を制御する仕組み。例えばDNAを巻きつけるたんぱく質であるヒストンがアセチル化されると染色体(クロマチンと呼ばれる)がより開いた構造となり、mRNAへの転写のスイッチが入りやすくなる。逆にヒストンのアセチル基がはずれたり、特殊な修飾を受けると染色体が閉じた構造となるために転写が抑制される。

 (注8)Toll様受容体(TLR)
 様々な病原体を感知して免疫反応を起こす機能を持つ受容体たんぱく質。2011年のノーベル賞を受賞したブルース・ボイトラー博士とジュールズ・ホフマン博士によって発見された。ヒトでは10種類以上知られるが、特にペプチドグリカンはTLR2によって認識される。

 (注9)細胞外シグナル調節キナーゼ(ERK:Extracellular Signal−regulated Kinase)
 細胞外の様々な刺激によって活性化されるセリン/スレオニンりん酸化酵素で、細胞の増殖や分化を制御する重要な酵素である。この下流で転写誘導される遺伝子群のなかでc−Fosタンパク質がよく知られている。c−Fosはc−Junと呼ばれる別の分子と結合してAP−1と呼ばれる転写因子を形成し、様々な遺伝子発現を制御する。

 (注10)転写因子
 DNAに結合して遺伝子の発現、すなわちmRNAへの転写を制御するたんぱく質の総称。本研究で取り扱うAP−1やSmad2、Smad3は転写因子である。





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