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理研、海水を用いた淡水性ラン藻の培養に成功

2015-04-14

海水を用いた淡水性ラン藻の培養に成功
−海水培養により、アミノ酸生産が激増−


<要旨>
 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター代謝システム研究チームの小山内崇 客員研究員(明治大学農芸化学科専任講師)、飯嶋寛子 元テクニカルスタッフ、平井優美チームリーダーらの研究チーム(※)は、淡水性ラン藻の海水培養に成功しました。また、海水培養の際に、リシンやオルニチンなどのアミノ酸量が大幅に増加することを明らかにしました。

 微細藻類を用いて糖やアミノ酸などの有用物質や代替エネルギーをつくることは、低炭素社会の実現につながる可能性があるため、注目されています。ラン藻は、光エネルギーと二酸化炭素を使って光合成を行う細菌で、糖をつくります。また、アミノ酸やバイオプラスチックなど、さまざまな有用物質をつくることが可能になってきています。しかし、研究で広く使われているラン藻は、淡水でしか培養できないという問題があります。日本は淡水源が豊富ですが、世界的に見ると淡水は貴重な資源です。淡水を使わずにラン藻を培養することができれば、実用化に向けた大きなステップになります。

 研究チームは、できる限り淡水を使わないラン藻の培養方法の確立を目指しました。世界で最も広く研究されている淡水性ラン藻「シネコシスティス[1]」を用い、人工海水[2]による培養を試みました。その結果、海水だけでは増殖しませんでしたが、窒素とリンを加えることで、海水中でも増殖しました。また、海水培養では、培養液中の水素イオン濃度(pH)が低下して増殖が止まってしまいますが、酸性化を抑える緩衝液を加えることでpHの低下を抑え、増殖が改善することが分かりました。

 シネシコスティスの培養には、一般的に合成培地[3]が使われますが、合成培地と海水のそれぞれで培養したラン藻を比較したところ、細胞内のグリコーゲンやアミノ酸の量に大きな差が出ました。海水培養によって、特にリシンやオルニチンなどの有用アミノ酸の量が大幅に増加しました。今回の成果は、ラン藻を使った有用物質生産の実用化に向けて、淡水利用の削減や、アミノ酸などの効率的な生産につながると期待できます。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発ALCAの一環として行われ、成果はスイスのオンライン科学雑誌『Frontiers in Microbiology』(4月1日付け)に掲載されました。


※研究チーム
 理化学研究所 環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム
 客員研究員 小山内 崇(おさない たかし)(明治大学農芸化学科専任講師)
 元テクニカルスタッフ 飯嶋 寛子(いいじま ひろこ)
 テクニカルスタッフ 桑原 亜由子(くわはら あゆこ)
 チームリーダー 平井 優美(ひらい まさみ)

 バイオマス工学研究部門 細胞生産研究チーム
 テクニカルスタッフ 中谷 由佳(なかや ゆか)


<背景>
 光エネルギーと二酸化炭素を利用した有用物質の生産は、温室効果ガスの削減が図れるなど低炭素社会の実現のための有効な手段です。また、光合成によって炭素源を確保することで、枯渇が懸念されている化石燃料の代替となると期待されています。

 ラン藻は光合成を行う細菌です。植物や藻類と同じように、光エネルギーを利用して水を分解し、そのエネルギーで二酸化炭素から糖をつくります。糖だけでなく、アミノ酸やバイオプラスチック、色素など、付加価値の高い物質を生産できることも分かってきました。

 「シネコシスティス(Synechocystis sp. PCC 6803)」は、他の藻類に比べて増殖が速く、遺伝子改変や凍結保存が可能なことから、世界中で広く研究されているラン藻です。微細藻類を用いた有用物質の生産の研究は盛んに行われていますが、淡水を多く使用してしまうことが問題となっています。シネコシスティスも淡水性のラン藻です。日本には淡水源が豊富にありますが、世界的に見ると淡水は貴重な資源であり、できる限り淡水を使わずにラン藻を培養する、例えば海水中で培養することができれば、実用化に向けて大きなステップとなります。通常シネコシスティスは、合成培地と呼ばれる精製された化合物からなる培地で増殖します。海水中で増殖するかどうかについては、これまで研究例があまりありませんでした。


<研究手法と成果>
 研究チームは、シネコシスティスの人工海水中での培養を試みました。その結果、人工海水そのものでは増殖しませんでしたが、窒素源(塩化アンモニウム)を加えるとある程度増殖し、さらにリン源(リン酸水素カリウム)を加えると、より増殖しました(図1)。また、人工海水では培養に伴い、水素イオン濃度(pH)が5.0付近まで低下し、シネコシスティス細胞の増殖が止まってしまいました。そこで、酸性化を抑制するための緩衝液を人工海水に加えたところ、増殖が改善することが分かりました。しかし、合成培地と比べると、窒素源、リン源、緩衝液を人工海水に加えても、シネコシスティスの増殖は3割ほど劣っていました。

 次に、人工海水培養によるシネコシスティスの代謝の状態を比較するため、人工海水培地と合成培地でシネコシスティスを3日間培養した後にグリコーゲン量とアミノ酸の定量を行いました。その結果、人工海水培養のグリコーゲンの量は、合成培地培養に比べて約4割少ないことが分かりました。一方、人工海水培養のアミノ酸の量は、合成培地培養に比べてグリシン、プロリン、グルタミンやアスパラギン酸が約4〜5倍、リシンが約10倍、オルニチンが約20倍多いことが分かりました(図2)。このように、人工海水培養は、合成培地よりシネコシスティス自体の増殖では劣りますが、有用アミノ酸の量が大幅に増加するという知見が得られました。

 また、人工海水ではなく、2種類(伊豆大島と伊豆半島付近)の天然海水を用いたシネコシスティスの培養も試みました。その結果、人工海水と同様に、どちらも窒素、リン源を加えることで、シネコシスティスが増殖することが分かりました。一方で、天然海水でも採取した場所によって増殖量に差が出ました(図3)。このため、天然海水を用いてラン藻を培養する場合には、最も適した海水を検討する必要があることが示唆されました。伊豆半島付近の天然水では、人工海水と同様の増殖を示しました(図3)。また、緩衝液を加えても、効果がないなど、人工海水での培養との違いも見つかりました。


<今後の期待>
 今回、淡水性のラン藻が海水を用いて培養できることが明らかになりました。海水を使うことで、淡水の利用を減らすことができるだけでなく、塩濃度が高いことから、他の生物が混入してラン藻以外の細胞が増殖してしまうリスクを減らすことが期待できます。現時点では、合成培地に比べて増殖は劣るものの、有用アミノ酸が大幅に増加することから、海水培養を利用して有用な物質を効率的に生産できる可能性があります。今後、海水培養条件下で、細胞内でどのような変化が起こっているかを詳細に調べていくことで、海水を用いたラン藻の応用研究が進展していくと考えられます。


<原論文情報>
 ・Hiroko Iijima,Yuka Nakaya,Ayuko Kuwahara,Masami Yokota Hirai,Takashi Osanai,"Seawater cultivation of freshwater cyanobacterium Synechocystis sp.PCC 6803 drastically alters amino acid composition and glycogen metabolism",Frontiers in Microbiology,doi:10.3389/fmicb.2015.00326


<補足説明>
1.シネコシスティス
 淡水性、単細胞性のラン藻。形状は球型で、直径が約1.5マイクロメートル。窒素固定を行わない。1996年にラン藻種の中で最初に全ゲノム配列が決定された。他の藻類と比べて増殖が速く、相同組換えによる遺伝子の改変が可能であるなどの利点があり、モデルラン藻として広く研究に使われている。

2.人工海水
 海水成分と同等になるように人工的に化合物を調製した培地。

3.合成培地
 精製された化合物だけでつくられた培地のこと。シネコシスティスでは、BG−11(ビージーイレブン)と呼ばれる培地を利用する。窒素、硫黄、リン、鉄、マグネシウム、カルシウム、微量金属などの栄養源が含まれている。


 ※図1〜図3は添付の関連資料を参照




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