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東大、細胞内で長さを測るタンパク質を発見

2014-11-20

細胞のナノ分子定規
〜細胞内で長さを測るタンパク質の発見〜


1.発表者:
 小田賢幸(東京大学大学院医学系研究科 細胞生物学・解剖学講座 生体構造学分野 助教)
 柳澤春明(東京大学大学院医学系研究科 細胞生物学・解剖学講座 生体構造学分野 助教)
 神谷律(東京大学大学院理学系研究科 名誉教授 現在 学習院大学
 吉川雅英(東京大学大学院医学系研究科 細胞生物学・解剖学講座 生体構造学分野 教授)


2.発表のポイント:
 ・からだの中で長さをナノメートルの精度で正確に測り、細胞の微細構造を決定する「ナノ分子定規」タンパク質を発見しました。
 ・細胞が長さを測る仕組みが解明された、高等生物で初めての例です。
 ・本研究の成果は、繊毛が関わる不妊、肺炎、水頭症等の病態解明とその治療につながります。また、分子が集まってできる複雑なナノマシンの設計にも応用が期待されます。


3.発表概要:
 あなたはナノメートルの長さを測れますか?ナノメートルはミリメートルの百万分の1、髪の毛の先よりもずっと小さいため人の手ではとても測れません。しかし最新の研究により、私たちの人体を構成する細胞はナノメートル単位の長さを測る定規を持っていて、それが常に体の中で働いていることが明らかになりました。

 今回、東京大学大学院医学系研究科の小田賢幸助教、柳澤春明助教、吉川雅英教授らの研究グループは細胞の中で定規の働きをするタンパク質を発見しました。身長1.6メートルの人間がセンチメートル単位の定規を使うように、大きさ数マイクロメートルの細胞はナノメートル単位の「ナノ分子定規」を使っていることが分かりました(1ナノメートルは1マイクロメートルの千分の1)。私たちが生きていくために必要な細胞内の微細な構造は、タンパク質でできた非常に小さな定規を基準に作られているのです。

 「ナノ分子定規」タンパク質が発見されたのは、私たち人間の気管や精子、卵管、脳室などにある「繊毛」や「鞭毛」と呼ばれる非常に細い糸状の細胞小器官です。両者の中身はほぼ同じ構造をしているので、以降、両者を含めて「繊毛」と呼ぶことにします。繊毛を動かしているのは内部にあるダイニンとよばれるモータータンパク質(注1)です。ダイニンは繊毛の中で96ナノメートルを単位とした繰り返し構造を作り綺麗に整列して働いています。研究グループの発見したナノ分子定規タンパク質は、この96ナノメートルの長さを測ってダイニンがモータータンパク質として効率よく働くように整列させていることが分かりました。

 今回得られた知見は、繊毛が関わる不妊、呼吸器疾患、水頭症等の研究に貢献することが期待されるとともに、人工ナノマシンの設計にナノ分子定規の原理を応用できる可能性があります。

 本研究は科学技術振興機構CREST、科学研究費補助金、風戸研究奨励会、及び武田科学振興財団の助成を受けて行われました。本研究の成果は『Science』(2014年11月14日号)に掲載されました。


4.発表内容:
 私たち人間の体を構成する細胞の内部には、一定の長さや大きさを持つ構造が沢山あります。それらを形作る時、細胞はどのように長さを測っているのでしょうか?この疑問に対する一つの回答が「ナノ分子定規」仮説です。一定の長さを持つタンパク質ナノメートル単位の定規として働き、細胞が作る構造の長さを制御するという考えです。ナノ分子定規の存在は、原始的な細菌(原核生物)やウイルスなどでは既に報告されていました。しかし、私たち人間を含む高等生物(真核生物)にナノ分子定規が本当に存在するのかは、分かっていませんでした。

 今回、東京大学大学院医学系研究科の小田賢幸助教、柳澤春明助教、吉川雅英教授らの研究グループは超低温電子顕微鏡(注2、図1)などを用いて、高等生物で初めてナノ分子定規の存在を明らかにしました。そのナノ分子定規は、私たち人間の気管や精子、卵管、脳室などにある「繊毛」とよばれる糸状の細胞小器官で働いていたのです。

 繊毛は、長さ数マイクロメートルから数十マイクロメートル、太さ200ナノメートルほどの非常に小さな毛で、波打ち運動により液体の流れを作っています。身近な例では精子の尾の部分にあたり、精子はこれを使って泳いでいます。他にも、気管に入り込んだ異物を排出したり、卵管の中を卵子が進むのを助けたり、脳内で脳脊髄液の流れを作ったりしています。このような繊毛の運動は、モータータンパク質であるダイニンによって駆動されています。ダイニンは繊毛の中で、96ナノメートルを単位とする繰り返し構造を作り整列しています。この96ナノメートルの長さを細胞に教えているのが、今回発見されたナノ分子定規(CCDC39とCCDC40)なのです。

 研究グループは、ナノ分子定規の正体としてCCDC39とCCDC40というタンパク質に注目しました。この二つのタンパク質は、カルタゲナー症候群(注3)の主な原因遺伝子として知られていました。カルタゲナー症候群は、繊毛が正常に動かなくなることによって引き起こされる病気です。しかし、CCDC39とCCDC40が欠けることで、なぜ繊毛の運動がおかしくなるのか分かっていませんでした。この原因を解明するために、研究グループが超低温電子顕微鏡を用いて、二つのタンパク質が欠損した繊毛の構造を観察し、上記の96ナノメートル単位の繰り返し構造が完全に失われていることを見いだしました。ここから、CCDC39とCCDC40はペアになり、長さ96ナノメートルのナノ分子定規として働くのではないかと予測しました。

 もし本当にCCDC39とCCDC40が「ナノ分子定規」として働いているのであれば、その長さを変えれば細胞内の構造も変化するはずです。はたして、遺伝子操作によって二つのタンパク質を長くすると、120ナノメートルや128ナノメートルの繰り返し構造を持つ、自然界に存在しない繊毛を作ることに成功しました。さらに、このナノ分子定規は定規としての役割だけでなく、ダイニンモータータンパク質の配列順も決定していることも分かりました(図2)。通常、96ナノメートルの繰り返し構造の中にはAからGの7種類のダイニンがA−B−C−E−G−D−Fの順番で並んでいます。ナノ分子定規の遺伝子を操作するとA−B−C−E−C−E−G−D−FやA−A−B−C−E−G−D−F−Fといった人工的な配列を作ることができたのです。ナノ分子定規のこの性質を利用すれば、モータータンパク質を自由自在に配置した人工ナノマシンを作ることも可能になるでしょう。

 繊毛の運動不全を原因とするカルタゲナー症候群は重篤な疾患です。繊毛が動かなくなると気管に入った異物を排出できないので肺炎になりやすくなり、精子が動けないので不妊になります。さらには脳脊髄液が脳室に溜まって水頭症になり、心臓や肝臓の位置が逆になる内臓逆位という奇形の原因にもなります。本研究によって、カルタゲナー症候群の主要な原因であるタンパク質が繊毛のナノ分子定規として機能することも分かったため、これらの疾患の研究や理解に大きく寄与することが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Science(2014年11月14日)vol.346 issue 6211
 論文タイトル:A molecular ruler determines the repeat length in eukaryotic cilia and flagella.
 著者:Toshiyuki Oda,Haruaki Yanagisawa,Ritsu Kamiya,and Masahide Kikkawa.
 DOI番号:10.1126/science.1260214


 ※以下の資料は添付の関連資料を参照
  ・用語解説
  ・図1.今回の研究に用いた超低温電子顕微鏡の写真(日本電子 JEM−3100FEF)
  ・図2.ナノ分子定規の模式図



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