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東大と理研、真空に潜んだ未知のモノ(場)を高い感度で探索

2014-05-09

世界最高強度の光で探る真空
〜未知の「場」を探して〜


<発表者>
 浅井祥仁(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
 難波俊雄(東京大学 素粒子物理国際研究センター 助教)
 矢橋牧名(理化学研究所 放射光科学総合研究センター グループディレクター


【発表のポイント】
 >真空に潜んだ未知のモノ(場)や量子力学が予言する粒子対を、X線自由電子レーザー施設(SACLA)を用いて探索した。
 >強力で質の高いX線源を用いて素粒子研究ができることを示し、X線同士の衝突技術など素粒子研究で鍵となる技術を確立した。
 >高強度のX線が基礎科学にも重要な役割を果たすことを示した初めての成果である。


【発表概要】
 2013年ノーベル物理学賞の受賞理由となったヒッグス粒子(注1)発見の最も重要な意義は、真空は空っぽなのではなくて、不思議なモノ(ヒッグス場と呼ばれる場)に満ちていることを示した点である。ヒッグス場以外にも、宇宙のインフレーションを起こした場、宇宙の再加速(2011年ノーベル物理学賞)を起こしている場など、真空に潜んだ未知のモノ(場)が複数あることが期待されている。

 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の浅井祥仁教授らの研究グループは、このような真空に潜んだ未知のモノ(場)を、X線自由電子レーザー施設(SACLA、(注2))を用いて探索した。細く集光したX線同士を衝突させた際に、未知の場がなければ、反応は何も起こらず、X線はただすれ違う。一方、未知の場などが何かあると、X線が散乱され方向やエネルギーが変わる。残念ながら今回の実験では、そのような散乱された現象は発見されなかった。これからX線領域での光子・光子散乱の断面積(注10)に対して1.7×10の−24乗m2(*)より小さいということがわかった。

 *「1.7×10の−24乗m2」の正式表記は添付の関連資料を参照

 今回は未知の場を高い感度で探索することができた。それは、シリコン単結晶から切り出した薄い2枚の刃を用いた衝突技術を開発したためである。また、X線を用いた未知の場の探索は、本実験が初めてのものである。SACLAは現在もその性能を向上させており、近い将来本実験よりも25桁高い感度での探索が可能になる。これまでSACLAは、物質科学、生命科学の大きな成果をあげてきたが、素粒子・宇宙研究のような基礎物理学にも有用であることを示したといえる。


【発表内容】
(1)研究の背景
 まだ記憶に新しいヒッグス粒子の発見は、真空は、「何もない真の空(まことのから)」ではなくて、重さを作り出す何か不思議なモノ(正確には:ヒッグス場と呼ばれている「場」、(注3)がびっしり詰まっているという"新しい真空像"を実験的に明らかにした点にある。また、宇宙の再加速(注4)を起こしていると考えられている暗黒エネルギー(注5)なども、真空に潜んだモノ(場)が担っている可能性が指摘されている。ヒッグス粒子や暗黒エネルギーの存在などは、真空に潜んでいる未知の場をさぐる研究の重要性を示すものである。

 光を用いて、真空に潜む未知の場を探るのが、この研究である。光と光を衝突させると、光は光自身とは直接反応しないため、未知の場がなければ反応は起きずにすれ違うだけである。しかし、光と反応する未知の場が真空に潜んでいたら、衝突した光はこの場にエネルギーを与え、別の方向に散乱される。(図1)

 実は、真空に潜んでいるのは、ヒッグス場や、図1のような未知の場だけではない。短い時間だけであれば、もともと存在しなかった電子が出現できる。電子や光などの小さな粒子は、量子力学に従う。量子力学の本質の一つは、不確定性原理(注6)であり、短い時間ならエネルギーでつじつまが合わなくて良いことにある。図2に示すように、光と光が衝突して、エネルギーが不足していても、二つの電子(電子とその反物質である陽電子のペアー)を一時的に作りだせる。つじつまが合わない時間は極めて短く(10の−21乗秒程度以下、光でも原子核の直径の10倍程度しか進めない)、また元の光に戻ってしまう。真空に潜んだ"量子力学の許すつじつまがあわない電子"(注7)をとらえることも本研究のもう一つの目的である。

 ※図1、2は添付の関連資料を参照

(2)研究内容
 "真空に潜んでいる未知の場"と光との反応の強さはかなり弱いと考えられている。また、"量子力学の許すつじつまが合わない電子"もなかなか作りだすことはできない。強力な光を発生させ、それらを確実に衝突させることが実験の鍵である。この問題を解決するために、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻の浅井祥仁教授らの研究グループは、以下の2点を新たに考案した。

 A.エネルギーが高く、強度が強いX線を実験に用いるために、世界最高強度(10の11乗光子/パルス)のX線発生装置である自由電子レーザー光源SACLAを用いて実験を行う。

 B.時間幅約10フェムト秒(1フェムト秒は10の−15乗秒)の超短パルスX線をさらに空間的に1ミクロンの大きさまでに絞り、単位面積時間あたりの強度を高めた。このように小さく絞った超短パルスX線を衝突させることは難しい。本研究グループは、シリコンの単結晶から切り出した厚さ0.6mmの2枚の刃(図4)を用いてX線を衝突させた。2枚の刃の結晶格子は、原子単位で揃っているため、X線の光学的な通り道は正確に一致し、確実に衝突させることができる。この方法は、X線を用いた光学実験で広く用いられている方法であり、研究グループはこのアイデアを今回の実験に応用した。

 2013年7月23と24日に合計65万回、9時間に及ぶ衝突実験を行った。用いたX線のエネルギーは、10.985keV(注9)であり、期待される信号が図4の青色方向に放出されると18−20keVのX線が放出されると予測された。実験の結果、光が真空と反応したと思われる現象は発見されず、反応の断面積が

 σ(γγ→γγ)<1.7×10の−24乗m2

 という強い制限が得られた。これは、X線を用いた世界で初めての結果である。可視光を用いた3件の先行実験に比べて、エネルギーの高いX線を用いることで、"量子力学の許すつじつまがあわない電子"による反応を見つける感度は23桁も高くできた。

(3)今後の予定
 本研究は、世界最高強度のX線を用いて、世界で初めてX線と真空の散乱を探索した。今後のSACLAの性能向上に伴い、本研究で達成しうる感度は2014年後半に約10万倍に向上し、さらなるX線発生装置を増設すれば、あわせて今よりも25桁近く向上できると期待される。これにより、"量子力学の許すつじつまがあわない電子"の発見はより確実性を増す見通しである。

 本成果は、光を使った真空研究の流れを作るものであると同時に、SACLAが物質科学・生命科学ばかりでなく、基礎物理学に大きな貢献を出来ることを示すものである。


【発表雑誌】
 雑誌名
  Physics Letters B 732(2014),pp.356−359
  2014年5月1日

 論文タイトル
  Search for photon−photon elastic scattering in the X−ray region

 著者
  T.InadaT.Yamaji,S.Adachi,T.Namba,S.Asai,T.Kobayashi,K.Tamasaku,Y.Tanaka,Y.Inubushi,K.Sawada,M.Yabashi,T.Ishikawa

 DOI番号
  10.1016/j.physletb.2014.03.054

 アブストラクトURL
  http://dx.doi.org/10.1016/j.physletb.2014.03.054

 ※図3、4は添付の関連資料を参照


【用語解説】

 ※添付の関連資料を参照


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