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東大、世界最小の多細胞生物を発見

2013-12-18

世界最小の多細胞生物の発掘
〜4細胞で2億年間ハッピーな生きた化石"しあわせ藻"〜


<発表者>
 新垣 陽子(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
 豊岡 博子(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員)
 野崎 久義(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)


<発表のポイント>
 >4個の細胞からなるシンプルな生物、"しあわせ藻"(シアワセモ)の形態が多細胞生物としての基本的な特徴を持つことを世界で初めて明らかにしました。
 >世界最小の多細胞生物の発見は単細胞生物と多細胞生物の境界を明確に定義し、生物学の教科書の刷新をもたらす成果です。
 >最もシンプルな多細胞生物 シアワセモを今後の研究に用いることで、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程が分子レベルで解明されると期待されます。


<発表概要>
 私たちヒトのような複数の細胞から構成される多細胞生物は、単細胞生物から進化したと考えられています。このような単細胞生物から多細胞生物への転換は、さまざまな真核生物で起きたと推測されていますが、そのメカニズムは謎に包まれています。緑藻の群体性ボルボックス目は単細胞生物から多細胞生物の中間段階にあたる種が現存するため、単細胞生物から多細胞生物への転換を明らかにする格好の生物群(モデル生物群)です。

 今回、東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の新垣陽子大学院生(博士課程1年)と野崎久義准教授らの研究グループは、群体性ボルボックス目(注1)の中で4細胞性と最も細胞数が少なく、かつ約2億年前という最も初期に出現したシアワセモ("しあわせ藻"[今回研究グループが命名]、学名 Tetrabaena socialis)(注2)を用いて、多細胞生物としての基本的な形の特徴を発見しました。シアワセモでは各細胞が個体の一部分として機能するために単細胞生物とは異なる細胞構造を持っていること、4細胞が統一のとれたきれいな四葉のクローバー型の配置を作りだすために発生の初期に娘細胞同士が原形質の架橋構造で連絡していることが明らかになりました。

 4細胞の多細胞生物は現在知られているものの中で最も細胞数が少ないシンプルな多細胞生物で、群体性ボルボックス目が進化し始めた2億年前から存続している初期多細胞生物の"生きた化石"であるとも言えます。今後シアワセモを用いることによって、単細胞生物から多細胞生物への進化の過程を分子レベルで解明する研究の進展が期待されます。


<発表内容>
 緑藻の群体性ボルボックス目と近縁な生物群では、単細胞のクラミドモナスから500以上の細胞から構成されるボルボックスにいたるまで、単細胞生物から多細胞細胞生物の中間段階にあたる種が現存します。そのため、これら現存する生物同士を比較して実験生物学的に単細胞生物から多細胞細胞生物の進化の過程を研究できるモデル生物群であるとされています(図1)。東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の野崎准教授らは、群体性ボルボックス目を対象にした研究は、多細胞動物や陸上植物に共通する発展的な形質の起源と進化が解明できるとの考えのもと、これまでにオスとメスの進化を遺伝子・ゲノムレベル明らかにしてきました(文献1,2)。今回は進化生物学で長年謎に包まれていた単細胞生物から多細胞生物への転換のメカニズムを解明する目的で、群体性ボルボックス目の中で最も細胞数の少ない4細胞性のシアワセモ("しあわせ藻"、学名 Tetrabaena socialis)に注目しました(図1)。シアワセモは日本や南極をも含む世界各地に分布する淡水藻類で、4個の細胞が四葉のクローバーのようにきれいに並んで見えます(図2)。最近の研究によればシアワセモは群体性ボルボックスの中で最も初期、今から約2億年前に出現したと考えられています(図1)(文献3,4)。

 ※図1は、添付の関連資料を参照


 シアワセモを含む群体性ボルボックス目は、単細胞生物のクラミドモナスに似た細胞が、細胞壁で結合しています(図1,2)。しかし、多細胞生物が1個体として成り立つためには、各細胞が全体の部分として機能する必要があり、単細胞生物とは異なる細胞構造をとります。また、群体性ボルボックス目は生殖細胞が体細胞分裂で親と同じ細胞数まで増殖して次の世代(娘群体)となります。この過程で分裂直後の娘細胞同士が互いに連絡して多細胞体全体の形が作られ維持されます。ゴニウムやボルボックスなどの細胞数の多い種では、原形質間架橋と呼ばれる架橋構造で分裂直後の娘細胞同士が連絡しています。このような「個体の部分としての細胞構造」と「細胞同士の連絡のための構造」という2つの特徴は、多細胞生物の基本的かつ重要なものと考えられています(文献5)。しかし、米国の研究グループのように(文献4)4細胞性シアワセモは多細胞生物に特徴的なこれらの構造をもたない、4個の単細胞生物が集合しただけの生物と解釈され、シアワセモではこれらの特徴の有無について、これまで調べられていませんでした。

 ※図2は、添付の関連資料を参照


 今回新垣大学院生と野崎准教授らの研究グループは、シアワセモの同調培養系(注3)を確立し、特定の細胞構造のタンパク質を染色する免疫蛍光染色法(注4)で観察したところ、シアワセモは単細胞生物であるクラミドモナスとは異なる特徴を備えていることが明らかとなりました(図3)。クラミドモナスは回転対称な鞭毛の根元を含む細胞構造を持ちますが、シアワセモは多細胞生物であるゴニウムやボルボックスと同様に非回転対称な細胞構造を持っており、シアワセモの4個の細胞がそれぞれ多細胞個体の一部として機能していることが示唆されました。さらに、透過型電子顕微鏡(TEM)(注5)を使ってシアワセモの娘群体の発生中の細胞を観察すると、娘細胞同士が原形質間架橋で連絡していることが明らかとなりました(図4)。この原形質間架橋によりシアワセモの娘細胞同士が連絡し、きれいな四葉のクローバー型になれることがわかります。今回、シアワセモにおいて単細胞生物とは基本的に異なる「細胞構造」と「原形質間架橋」が観察されたことは、シアワセモが単に単細胞が4個寄り集まった生物ではなく、4個の細胞が統合されてひとつの多細胞生物を形作っていることを意味しています。また、これらの特徴は群体性ボルボックス目の細胞数の多いゴニウムやボルボックス等に見られる一般的なものであり、群体性ボルボックス目の多細胞化の最も初期の4細胞の段階で獲得されていたと推測されます。したがって、4個の細胞から成るシアワセモは、約2億年前に"幸運にも"4個の細胞が統合され、現在まで生き残った"生きた化石"であり、世界で最も細胞数の少ない多細胞生物であると言えます。

 本研究により、シアワセモが世界最小の多細胞生物であることが明らかとなりました。シアワセモは群体性ボルボックス目の中でも最も初期に出現した生物であり、本研究の成果は単細胞生物から多細胞生物への転換の初期段階を明らかにするものであり、進化の研究のブレイクスルーになるものです。クラミドモナスやボルボックスの全ゲノム情報はすでに解読、公開されており、現在野崎准教授らのグループは国際共同研究でシアワセモの全ゲノムの解読を進めています。これらのゲノム情報を比較することで、今回明らかになった多細胞化の初期で起きた形の進化を将来的にはゲノムレベルで理解できるようになると期待されます。

 本研究は、東京大学大学院理学系研究科と名古屋大学、米国カンザス州立大学との共同研究で行われました。また、日本学術振興会特別研究員制度(新垣陽子25−9234)、科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究、課題番号24657045、代表者 野崎久義;基盤研究(A)、課題番号24247042、代表者 野崎久義)、ならびに「植物科学最先端研究拠点ネットワーク」の支援を受けました。


<参照文献>
 1.Nozaki H,Mori T,Misumi O,Matsunaga S,Kuroiwa T(2006)Males evolved from the dominant isogametic mating type.Curr Biol 16:1018−1020
 2.Ferris P,Olson BJ,De Hoff PL,Douglass S,Casero D,Prochnik S,Geng S,Rai R,Grimwood J,Schmutz J,Nishii I,Hamaji T,Nozaki H,Pellegrini M,Umen JG(2010)Evolution of an Expanded Sex−Determining Locus in Volvox.Science 328:351−353.
 3.Nozaki H,Misawa K,Kajita T,Kato M,Nohara S,Watanabe MM(2000)Origin and evolution of the colonial Volvocales(Chlorophyceae)as inferred from multiple,chloroplast gene sequences.Mol Phylogenet Evol 17:256−268.
 4.Herron MD,Hackett JD,Aylward FO,Michod RE(2009)Triassic origin and early radiation of multicellular volvocine algae.Proc.Nati Acad Sci U S A 106:3254−3258.
 5.Kirk DL(2005)A twelve−step program for evolving multicellularity and a division of labor.BioEssays 27:299−310.
 6.Hiraide R,Kawai−Toyooka H,Hamaji T,Matsuzaki R,Kawafune K,Abe J,Sekimoto H,Umen J,Nozaki H(2013)The evolution of male−female sexual dimorphism predates the gender−based divergence of the mating locus gene MAT3/RB.Mol Biol Evol 30:1038−1040,cover.


<発表雑誌>
 雑誌名
  「PLOS ONE」(オンライン版:アメリカ東部時間12月11日)

 論文タイトル
  The Simplest Integrated Multicellular Organism Unveiled

 著者
  >新垣陽子(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程1年)
  >豊岡博子(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任研究員)
  >浜村有希(名古屋大学 大学院理学系研究科 生命理学専攻 ライブイメージングセンター チーフコーディネーター)
  >東山哲也(名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所:WPI−ITbM、名古屋大学 ERATO東山ライブホロニクスプロジェクト 教授)
  >苗加彰(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 修士課程2年)
  >廣野雅文(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
  >Bradley J.S.C.Olson(アメリカ カンザス州立大学 助教)
  >野崎久義(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)

 Yoko Arakaki,Hiroko Kawai−Toyooka,Yuki Hamamura,Tetsuya Higashiyama,Akira Noga,Masafumi Hirono,Bradley J.S.C.Olson,Hisayoshi Nozaki

 アブストラクトURL
  http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0081641


 ※図3〜4・用語解説は、添付の関連資料を参照


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