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理化学研究所、スピン流を高感度に検出する酸化物材料を発見

2013-12-17

スピン流を高感度に検出する酸化物材料
−革新的省電力デバイスの実現へ前進−


<ポイント>
 ・スピン流から電圧への変換効率が数十倍に
 ・酸化物材料の登場で金属系磁気デバイスの限界を打ち破る
 ・発熱を最小限に抑えた究極の省エネ技術としてのスピントロニクスへの期待


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、固体中を流れる磁気(スピン)を電圧信号に変換する材料として、イリジウムの酸化物が極めて高い機能を持つことを発見しました。これは、理研 高木(◇)磁性研究室の藤原宏平基礎科学特別研究員(現 大阪大学産業科学研究所助教)、高木英典主任研究員(東京大学大学院理学系研究科教授)、松野丈夫専任研究員、理研 創発物性科学研究センター量子ナノ磁性研究チームの大谷義近チームリーダー(東京大学物性研究所教授)、福間康裕副チームリーダー(現 九州工業大学若手研究者フロンティアアカデミー准教授)、新見康洋客員研究員(東京大学物性研究所助教)、井土宏研修生(東京大学大学院生)らの共同研究グループによる成果です。

 ◇の正式表記は、添付の関連資料を参照


 電子デバイスの微細化に伴い、通電による電気抵抗からの発熱が大きな問題となっています。電子は「電荷」に加え、「スピン」という磁石としての性質を持ちます。そこで、電気抵抗による発熱が起こらない磁気の流れ「スピン流[1]」が、省電力デバイスの新たな原理として期待されています。しかし、その実現には、スピン流を効率良く検出する手法の確立が不可欠です。白金など重金属を用いると、スピン−軌道相互作用[2]を通じて、スピン流により生じた電流を電圧として変換することができるため、電気的に検出できるようになります。生じた電流を大きな電圧として取り出すには、高い電気抵抗率が不可欠です。ところが、金属の電気抵抗率は1マイクロオームセンチメートル(μΩcm)程度と非常に小さく、取り出せる電圧は低い値に留まっていました。

 共同研究グループは、強いスピン−軌道相互作用と高い電気抵抗率を同時に満たす材料として、電子構造の観点から元素周期表の第6周期に属する遷移元素(5d遷移金属[3])の酸化物に着目しました。その1つである「二酸化イリジウム」の結晶(電気抵抗率:200μΩcm)を調べたところ、スピン流から電圧への変換効率が金属の数十倍にも達することを発見しました。また、室温(摂氏25℃程度)で作製した非晶質[4]の試料でも同等の変換効率が得られました。

 今回の成果から、共同研究グループは、5d遷移金属の酸化物を用いれば、さらに巨大なスピン/電気変換機能を創出できると考えています。スピンの操作を可能にする新しいデバイス材料群の発見は、物質戦略に大きなインパクトを与えるとともに、高感度磁気センサーや省電力のメモリー・演算素子の開発につながると期待できます。

 本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(12月11日付け:日本時間12月12日)に掲載されます。


<背景>
 電子は、「電荷」に加え、「スピン」という磁石としての性質を持ちます。スピンとは電子が持つ地球の自転に似た角運動量のことで、上向きと下向きの2種類があります。銅やアルミニウムなどの非磁性体では、上向きと下向きの割合は等しく、磁石としての性質は全体として打ち消されます。一方、鉄やニッケルなどの強磁性体ではスピンの割合に偏りが生じており、通電によりスピンを帯びた電流(スピン偏極電流)を生成することができます。これを利用した「巨大磁気抵抗効果」は、ハードディスクドライブや磁気ランダムアクセスメモリーとして実用化され、エレクトロニクスの発展に貢献しています。このようなスピンの機能を用いる電子デバイス技術はスピントロニクスと呼ばれています。

 現在、電子デバイスの微細化に伴い、通電による電気抵抗からの発熱が大きくなることが大きな問題となっています。そこで、電気抵抗による発熱が起こらない磁気の流れ「スピン流」が省電力デバイスの新たな原理として大きな注目を集めています。しかし、このようなスピン流を用いたデバイスをエレクトロニクスと融合させるには、スピン流を電気的に効率良く検出する手法の確立が不可欠です。スピン流の生成や検出を可能にする物理現象の1つが「スピンホール効果」です。この現象は意外なことに、磁気を持たない非磁性体で生じます。その原因は、電子のスピンの向きと軌道運動とを関連づける「スピン−軌道相互作用」にあります。スピン−軌道相互作用は、電子のスピンと軌道運動間の磁気的な相互作用であり、電子の運動に対して有効な磁場として作用します。白金やパラジウムなどの重金属ではこの効果が著しく、電子の運動方向がスピンの向きに依存して異なる方向にねじ曲げられます。これをスピン依存散乱[5]と呼びます。このスピンを一定方向に流す現象は順スピンホール効果と呼ばれ、通電方向に対して垂直方向にスピン流を生成します(図1左)。逆に、スピン流から電流を生成することも可能であり、逆スピンホール効果と呼ばれています(図1右)。

 これらのスピン/電気変換を用いれば、外部磁場を用いることなく、スピン流の生成や検出が可能となります。重金属は大きく広がった空間対称性[6]の高い電子軌道(s軌道)を持つため、電気抵抗率は非常に低く、発熱によるエネルギー損失を抑えつつ大きな電流を流せるという点で、スピン流の生成に適しています。しかし、オームの法則(V=IR:電圧は電流と電気抵抗率に比例)から明らかなように、逆スピンホール効果により生じた電流を大きな電圧として取り出すには、高い電気抵抗率が不可欠です。金属が抱える物質としての限界を、どのように克服するかが課題となっていました。


<研究手法と成果>
 元素周期表の第6周期に属する遷移元素(5d遷移金属)からなる導電性酸化物では、s軌道と比較して空間的な対称性が低く軌道同士の重なり合いが小さいd軌道が電気伝導を担います。そこでは、電子が他の軌道に飛び移ることができる確率が低くなるため、電気抵抗率は重金属と比較して1桁から2桁大きい値をとります。さらに、軌道角運動量の大きい5d軌道ではスピン−軌道相互作用も極めて強くなることから、スピン依存散乱も重金属と同程度かそれ以上に強くなると考えられます。共同研究チームはこの2つの特徴をうまく活かすことができれば、金属系をはるかに上回る大きな電圧を生み出すことができると予測しました。そこで、5d遷移金属酸化物である二酸化イリジウム(IrO2)をモデル材料として、逆スピンホール効果の測定に挑みました。

 実験にあたり、スピン流をどのように二酸化イリジウムへと注入するかが大きなポイントでした。スピン流は電流とは異なり、室温で最大1μm(マイクロメートル)程度とごく短い距離で減衰・消失してしまいます。そのため、逆スピンホール効果を誘起するには、スピン流の生成源と二酸化イリジウムを微細構造として作り込む必要がありました(図2)。さらに、遷移金属酸化物は、異種材料、特に金属との接合では、界面に化学反応層ができ易く、電子やスピン流の伝導の様子を定量的に評価することを難しくします。

 共同研究グループは、二酸化イリジウム薄膜を細線状に微細加工し、冷却しながら、スピン流源となる金属の面内スピンバルブ素子[7]を蒸着形成しました。これにより、良好な接合界面を持つ素子構造を1μm以下のサイズで作製することに成功しました(図2下の中心部)。

 実際に、この界面を通してスピン流を注入したところ、二酸化イリジウム細線は多結晶、非晶質試料ともに、室温で明瞭な逆スピンホール効果を示しました(図3)。これは、遷移金属酸化物における初めての逆スピンホール効果の観測です。さらに、二酸化イリジウムに流れ込んだスピン流を正確に考慮したモデル計算をした結果、スピン流を電圧として検出する際の性能指数である「スピンホール抵抗率[8]」が、世界最高クラスの8〜37.5μΩcmになることが分りました(図4)。


<今後の期待>
 これまで、スピントロニクスの主な材料研究は金属や合金であり、酸化物の成功例としては、典型元素であるマグネシウムやアルミニウムの酸化物が絶縁体バリアとして用いられる程度でした。一方、遷移金属酸化物のエレクトロニクス機能(例えば、高温超伝導や超巨大磁気抵抗効果)の多くは、銅やマンガンなどの3d遷移金属酸化物の絶縁体(モット絶縁体)において見いだされてきました。そこでは、電子間の相互作用(クーロン反発力)が機能の本質であり、スピン−軌道相互作用が積極的に用いられることはありませんでした。今回の成果を含む5d遷移金属酸化物に関する最近の研究は、その桁違いに強いスピン−軌道相互作用が、他の材料にはない革新的電子物性・デバイス機能を創出することを実証しつつあります。5d遷移金属酸化物という新たなアプローチの登場により、省電力スピントロニクスデバイスの開発が飛躍的に発展すると考えられます。特に今回の二酸化イリジウムは、不揮発性メモリーや電気化学デバイスの電極など、デバイス応用に適した“筋の良い”遷移金属酸化物材料として幅広く応用されています。本研究がスピン/電気変換機能という新しい側面に光を当てたことで、今後スピントロニクス材料としての展開が期待できます。


<原論文情報>
 ・Kohei Fujiwara,Yasuhiro Fukuma,Jobu Matsuno,Hiroshi Idzuchi,Yasuhiro Niimi,YoshiChika Otani and Hidenori Takagi.“5d iridium oxide as a material for spin−current detection”.Nature Communications,4,2893(2013).doi:10.1038/ncomms3893


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 主任研究員研究室(http://www.riken.jp/research/labs/chief/
 高木磁性研究室(http://www.riken.jp/research/labs/chief/magn_mater/
 主任研究員 高木 英典(たかぎ ひでのり)
 (東京大学 理学系研究科 教授)


 国立大学法人大阪大学 産業科学研究所
 助教 藤原 宏平(ふじわら こうへい)


 ※補足説明などは、添付の関連資料を参照


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