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理化学研究所、植物バイオマスの高次構造の違いが微生物の共代謝反応に与える影響を解明

2013-06-26

“土に還る”バイオマスの分解・代謝評価法を構築
−環境・バイオマス試料の多角的な分析ツールによる統合的な解析に成功−


<ポイント>
 ・植物バイオマスの高次構造の違いが微生物の共代謝反応に与える影響を解明
 ・固体・溶液NMRなどによる環境・バイオマスの多角的な分析プラットフォームを整備
 ・微生物群集が介する環境や動植物の“ポジティブな”利用研究へ展開可


<要旨>
 理化学研究所(野依良治理事長)は、環境・バイオマス試料の多角的な分析ツールを駆使して「土壌微生物生態系によるバイオマス分解・代謝評価法」を構築し、リグノセルロース[1]の複雑な立体構造(高次構造)の違いが、土壌微生物群の共生による「共代謝[2]反応」へ大きな影響を与えることを解明しました。これは、理研環境資源科学研究センターおよび社会知創成事業バイオマス工学研究プログラム(篠崎一雄センター長兼プログラムディレクター)環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダーと、小倉立己大学院生リサーチアソシエイト、伊達康博特別研究員による研究成果です。

 私たちの足元に広がる大地には多くの生物が生きており、それらが多種多様な物質を分解することで大地を豊かにしています。最も代表的な物質である植物バイオマスは、比較的分解されにくいリグノセルロースで形作られていますが、自然界では枯草や流木も分解され、最後には“土に還り”ます。この分解・代謝反応は微生物生態系[3]が担っており、地球上の物質循環に貢献しています。

 研究チームは、稲わらのリグノセルロースを粉砕してその高次構造を変化させ、微生物反応場に与える影響について調べました。そのために(1)リグノセルロース構造や組成を解析する一次元および二次元固体核磁気共鳴(NMR)法[4]や赤外分光(IR)法[5]の各種計測データ、(2)示差熱・熱重量測定(TG/DTA)法[6]により解析した熱分解特性データ、(3)溶液NMR法と濃度勾配ゲル電気泳動(DGGE)法[7]による微生物生態系の変動データを、本研究チームが開発した「ECOMICSツール[8]」で総合的に評価する「土壌微生物生態系によるバイオマス分解・代謝評価法」を構築しました。実際に解析した結果、バイオマスの持つ高次構造が、分解代謝の経路やそれに関わる微生物生態系に大きく影響を与えることが分かりました。

 今回開発した評価技術は、廃棄物系バイオマス[9]処理を応用した生分解浄化システムなど、産業技術において応用可能です。また、土壌生態系における生物−生物間、生物−微生物間の相関関係と摂餌行動への影響、土壌−海洋間での栄養成分の循環系など、現在注目を集めている共生関係を基礎とした環境代謝分野の解析技術としても貢献できると期待できます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『PLOS ONE』(6月19日付け:日本時間6月20日)に掲載されます。


<背景>
 私たちが普段から目にしている樹木や草花は、春になると若葉や芽を出し、秋から冬にかけて葉を落としたり枯れたりし、土へと還っていきます。地面に落ちた葉は土壌中の生物群により分解され栄養となり、それを糧として次の春にはまた新たな芽をつけるというサイクルを繰り返しています。この循環システムの中において、土壌生物群による分解・代謝のメカニズムは地球上の物質循環という観点から非常に重要であり、植物分解に関する研究については数多くの報告があります。

 植物は光合成を行うことで、水と二酸化炭素からグルコースを合成し、それを他の生物が利用する形で陸上の生態系が成り立っています。しかし土壌中においては、枯死した植物や動物の排泄物、死骸を分解する分解者を基盤とした生態系を形成しています。陸上と比べて空気が少ない土壌生態系では、さまざまな役割を持った生物・微生物が共生し、それぞれが共代謝という相互作用を起こして分解反応を行っています。しかし、解析の難しい難培養性微生物[10]が大半を占める土壌生態系の包括的な働きを調べた報告は少なく、土壌生態系による高分子複合体の分解メカニズムについての詳細は分かっていません。土壌科学では、こうした生物の多様性や、吸着・会合といった複雑な物理化学現象が絡んだ高分子複合体の解析技術の高度化が必要とされています。

 また、リグノセルロースのような高分子複合体の分解過程は、多様な元素の循環にも関与しています。例えば、バイオマス分解後に土壌中に蓄積される腐植物質は金属元素を吸着する性質があり、雨などにより流出した腐植物質をデトリタス[11]食性の動物が摂取することで各種金属の生体濃縮も担っています。つまり、レアメタル濃縮のような喫緊の資源課題においても、このような環境中の物質代謝を理解し応用するヒントを与えてくれます。従来の環境分析は重金属や環境ホルモンなど、人間が懸念する“ネガティブな”物質のみに焦点を当てた報告がほとんどでしたが、今回は高分子混合物まで俯瞰的に解析することで、産業利用も視野に入れた自然の理を利用する“ポジティブな”展開を可能とするものです。

 一方、豊かな里山生態系を育む水田環境は、山地からの栄養塩類や肥料の貯蓄に深く関わっており、多様な動植物の生息地帯となります。加えて水害の多いアジア・モンスーン地域では、1000年以上において持続的資源生産が可能な治水・食糧生産システムでもあります。世界三大穀物のうち、超長期的に毎年の連作を続けられる水田は、特徴的な土壌生態系を有し、特に灌水の有無で微生物生態系が大きく変化することが、その持続的生産性を左右していると考えられています。土壌微生物の生態や代謝機能を評価し、共代謝系における役割を理解することで物質生産や環境保持などの“ポジティブな”応用を可能とします。

 本研究では、こういった土壌生態系を包括的に評価することのできる環境評価技術の構築を行いました。また構築した評価技術を用いて、植物バイオマスとして稲わら中のリグノセルロースの持つ高分子構造が分解微生物群に与える影響について評価しました(図1)。


<研究手法と成果>
 研究チームはこれまで、生体由来の複雑な代謝産物を、未精製な混合物のまま溶液NMR法により一斉に計測・解析する手法を開発してきました(注1)。今回、リグノセルロースのような難溶性の生体高分子解析のために、一次元および二次元−固体NMR法、IR法やTG/DTA法も併用し、これらの解析手法を組み合わせて構造的特徴の抽出を行えるようにしました。計測データは、数値マトリックス化することで、低分子代謝物の場合と同様の多変量解析[12]も利用できます。土壌中における微生物反応についても、代謝物・微生物群の変動を調べることで、バイオマス分解反応による土壌微生物生態系への影響や各代謝物と微生物の相関関係を解明することが可能となります。

 実際の実験では、植物バイオマスとしての稲わらを粉砕してリグノセルロースの高次構造を変化させ、その高次構造や組成、熱力学的性質などを評価しました。さらに、構造状態の異なるバイオマスを水田土壌と混合し、土壌微生物生態系への影響についても併せて評価しました(図2)。

 注1)2008年11月25日プレスリリース
    http://www.riken.go.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20081125_1/20081125_1.pdf

 (1)物理破砕によるリグノセルロース構造への影響
   リグノセルロースの高次構造が壊れるくらい強い物理破砕処理を施して、異なる構造状態の稲わらを用意し、その高次構造の状態を一次元および二次元の固体NMR法、IR法、TG/DTA法などを用いて計測しました。各種計測データを、本研究チームが開発したECOMICSツールを用いて統合的に評価することで、従来の高分子分析法では得られなかった物理的・化学的特性の情報が得られるようになり、破砕処理条件の違いによる高次構造の違いを評価することが可能となりました。以上のような方法を用いて得られた我々の実験データでは、破砕強度が高いとリグノセルロースの結晶構造が非結晶構造に変化することが分かりました。また、リグノセルロースの構造が結晶から非結晶に変化すると、分解に必要なエネルギーが大きく低下することも明らかになりました。

 (2)リグノセルロース構造の違いによる土壌微生物生態系への影響
   リグノセルロースの構造の違いによる分解微生物群の活性への影響を溶液NMR法で、微生物生態系の変化をDGGE法で、それぞれ解析しました。溶液NMR法の結果から、構造の相異で分解代謝産物が異なり、各代謝物の産生量も大きく変化することが分かりました。またDGGE法の結果から、分解したバイオマス構造によってそれを利用する微生物群も大きく変化し、最終的にそれぞれ異なる微生物群集を形成すると分かりました。

 以上から、リグノセルロースの持つ高次構造が、分解代謝の経路やそれに関わる微生物種などの微生物生態系に大きく影響を与えることが分かりました。今回、リグノセルロース系バイオマスの高次構造と微生物生態系の関係を評価できたことは、今後、土壌中で起こっている共代謝反応の科学的な理解や、農林業や地球科学に関する土壌評価[13]などへ応用できると期待されます。


<今後の期待>
 今回開発した環境・バイオマスの多角的な分析ツールに基づく土壌微生物生態系によるバイオマス分解評価技術は、微生物生態系を応用した廃棄物処理プロセスなどの産業技術において、土壌やバイオマス評価に利用できます。また、共生微生物が関わるヒトや動物の恒常性評価の手法へも展開できると期待できます。2011年に研究チームらは、腸内微生物間でアミノ酸の受け渡しがあること(注2)や、腸内微生物産生物の酢酸が病原菌を防ぐことを報告しました(注3)。こうした共代謝反応の鍵となる物質として、従来は珍しい二次代謝物ばかりが注目されてきましたが、この報告ではアミノ酸や酢酸といったありふれた代謝物でした。これまでは、自然環境中の複雑な共生関係が絡み合う場合、鍵となる物質の絞り込みが困難でしたが、構築した評価法を用いれば容易に絞り込みができます。この新技術は、土壌の栄養・微生物状態と農作物の品質の関係性、土壌生態系における生物−生物間、生物−微生物間の相関関係と摂餌行動への影響、土壌−海洋間での栄養成分の循環系、土壌団粒構造の形成と栄養成分の貯蓄形態など(図3)、現在注目を集めている共生関係を基礎とした環境代謝分野の解析技術として大きく貢献すると期待できます。また、安定同位体標識技術[14]と組み合わせることで、NMR法の利点である部位特異的な解析ができることを利用した共代謝系における物質循環経路の追跡が可能となります。さらに、従来は低分子化合物の追跡・評価に限られていた共代謝系解析を、高分子化合物にも対応させることが可能です。このため、現在未解明な部分の多い動植物−微生物間、また微生物−微生物間の共生関係と各代謝産物の役割を解明し、森林−河川−海洋といった生命活動のサイクルを分子の観点から理解できると期待されます。

 注2)2011年1月27日プレス発表
    http://www.riken.go.jp/pr/press/2011/20110127_3/digest/
 注3)同日プレス発表
    http://www.riken.go.jp/pr/press/2011/20110127_2/


<原論文情報>
 ・Tatsuki Ogura,Yasuhiro Date,Jun Kikuchi"Differences in cellulosic supramolecular structure of compositionally similar rice straw affect biomass metabolism by paddy soil microbiota"PLOS ONE,2013.


 ※補足説明と図1〜3は添付の関連資料を参照


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