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理化学研究所、ゴカイが持つ無限の再生能力の仕組みを解明

2013-05-14

ゴカイが持つ無限の再生能力の仕組みを解明
―体節からの増殖シグナルが新たな体節形成を誘導、強力な再生能力を裏付け―


<ポイント>
 ・釣り餌で用いられるゴカイは切断された胴部の後端から新たな体節を再生
 ・胴部と尾部の境界で増殖する細胞が1列ごとに付加、5列で体節の原型が完成
 ・両生類胚の発生過程で発見された相同形質誘導をゴカイの再生場面でも発見


<要旨>
 理化学研究所(野依良治理事長)は、環形動物[1]ゴカイの体節[2]形成を詳細に観察し、新たな体節は隣の体節からのタンパク質が増殖のシグナルとなって作られることを発見しました。成体になった後でも既存の体節を鋳型にして新たな体節を作る(増節)仕組みは、ゴカイの無限の再生能力を説明する手がかりとなります。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態形成シグナル研究グループの丹羽尚研究員(現 客員研究員)、秋元愛テクニカルスタッフ(現 自然科学研究機構基礎生物学研究所 IBBP センター)、林茂生グループディレクターと、ゲノム資源解析ユニットの工樂樹洋ユニットリーダー、および筑波大学大学院 生命環境科学研究科の佐久間将研究員らによる共同研究グループの成果です。

 魚釣りの餌として用いられる環形動物のゴカイは、胴部の後端に体節を繰り返し付加し続けることで成長し、体節数は120〜130にも達します。ゴカイは尾部を切断されると、傷を修復して体節形成の再生を加速させ、その再生能力は実質上無限と考えられています。一方、体節の繰り返し構造を持つ他の動物(脊椎動物節足動物)では、例えばバッタが腹部に11個の体節を持つ、というように体節の数は決まっています。これらの動物では、発生過程で胚が伸長する最先端部に細胞の増殖領域が生まれ、そこから体節の細胞が供給されます。しかし、発生過程が終了すると増殖領域は失われるため、イモリのしっぽなど一部の例外を除き、成体の体節再生能力には限界があります。

 共同研究グループは、ゴカイが持つ強力な再生能力の謎を探るため、尾部を切断されたイソゴカイ[3]が増節する様子を詳しく観察しました。その結果、傷が修復して尾部が付加された後、尾部の直前、すなわち切断された体節の尾側に細胞の増殖領域が出現し、細胞は列をなして順序よく追加され、5列並ぶと1つの体節の原型が完成することが分かりました。この増殖領域を制御するタンパク質は、既存の体節が発するWingless(Wg)[4]であることも突き止めました。

 既存の体節に由来するシグナルが新たな体節の形成を促すという仕組みが、ゴカイの無限の体節再生能力を実現していると考えられます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Developmental Biology』オンライン版に、近日、掲載予定です。


<背景>
 ヒトの脊椎骨や蛇の胴体のように、生物の体には構造単位が繰り返される部位がよく見られます。この繰り返し単位は体節と呼ばれ,脊椎動物だけでなく、昆虫類や甲殻類を含む節足動物、ミミズやゴカイ、ヒルなどの環形動物にも見られる生物の形態デザインの基本単位です。

 脊椎動物節足動物では、例えばショウジョウバエは14個、私たちヒトは30個と、体節の数はあらかじめ決まっています。これらの動物の発生過程では、胚が伸長していく最先端部に大規模な増殖領域が生じ、そこから細胞が供給されて体節が作られます。増殖領域は、発生過程が終了し個体が形成されると失われるために、ある種のトカゲやイモリといった例外を除いて、成体には体節再生能力はありません。

 体節を持つもう1つのグループである環形動物ゴカイの発生過程では、胴部と尾部の間に体節を繰り返し付加し続けて成長します。ゴカイの体節は体壁、付属肢、筋肉、消化管、筋肉を全て備えた円筒状の構造をしており、成体では頭部と尾部の間に大編成の貨物列車のように連結され、その数は120〜130にも達します(図1)。ゴカイは、体を切断されると傷を修復し、体節形成(増節)を加速させて再生するため、体節再生能力は実質上無限と考えられています。共同研究グループは、ゴカイの持つこの強靭な再生能力の謎を探るため、増節の仕組み解明に挑みました。


<研究手法と成果>
 共同研究グループは、ゴカイの中でも釣り餌としてなじみの深いイソゴカイを用いて、増節の仕組みを詳しく観察しました。通常、実験室の飼育条件下で成長するゴカイは、およそ4日に1体節の割合で最後端の体節と尾部の境界から増節します。増節のときは細胞増殖が盛んになるので、DNA合成期の細胞を可視化する染色法を用いて、細胞増殖の様子、特に体壁を構成する外胚葉[5]での細胞増殖と体節の形成について詳しく観察しました。その結果、新たな体節が付加されるときは、最後端の体節の中でも尾側にある1列の細胞群で増殖が活発になることを見いだしました。

 次に、尾部切断後の再生時の増節を調べたところ、まず、切断部に増殖領域が生じて尾部の再生が始まり、数日経って尾部の形成が完了、その後、増殖領域は切断された体節の尾側に限局しました(図2B’の矢印、C)。その後、通常時と同様に1列ごとの規則正しい細胞増殖を起こし、1日に1体節の割合で増節しました。つまり、再生時には通常時の約4倍の速さで増節することになります。こうして列ごとに細胞増殖が活性化し、腹側で細胞が5列に並ぶと1体節の原型ができあがります(図2C)。その後、細胞増殖がさらに盛んになり、神経、筋肉、内蔵などの内部器官や付属肢が加わり、1つの体節として成熟しました。これらの結果から、ゴカイの体節形成は、発生期にある脊椎動物節足動物の多くの胚で見られるように、伸長の最先端にある大規模な増殖領域から細胞が取り分けられるのではなく、最後端の体節の尾側という極めて局所で起こる規則的な細胞増殖に起因すると分かりました。

 さらに共同研究グループは、この規則正しい細胞増殖の分子メカニズム解明に取り組みました。脊椎動物節足動物の増殖領域には、細胞増殖と細胞分化を決定するためのシグナル分子としてさまざまなタンパク質が働いています。Wnt[4]はその代表的なもので、増殖領域で増節に必須な働きをします。そこで、ゴカイでWntと同様な機能を持つWingless(Wg)の様子を調べると、既存の各体節の尾側で列となって発現していましたが、尾部ではほとんど発現していませんでした(図2A、B、C)。また、最後端の体節にある増殖細胞の列は、既存の各体節にあるWgの発現と平行して起こり、5列に達して増節が完了すると新たなWgが発現して、次の増節サイクルが始まることが分かりました。この結果は、最後端の体節からWgタンパク質が増節中の体節内に伝搬し、細胞増殖を規定するという仮説を提示しました(図2C)。

 この仮説を検証するために、Wgの作用を増強させる塩化リチウム(LiCl)溶液中でゴカイを飼育したところ、通常5列からなる1体節の幅が拡大し、1つの体節を形成する速度は遅くなりました。この結果は、隣接した体節由来のWgタンパク質の量と伝搬する範囲が、新たな体節の位置とサイズを決定するというモデルを示唆します。


<今後の期待>
 ゴカイの体節形成は、従来知られていた「伸長の最先端部に形成された“増殖領域”で合成されるWgタンパク質が新たな体節形成を促進する」という仕組みではなく、「“既存の体節”から供給されるWgタンパク質が細胞増殖を制御して、新たな体節を形成させる」ということが分かりました。この仕組みにより、実質上無限に増え続けることができるゴカイの体節の形成能力を説明できます。

 1927年にドイツの実験発生学者マンゴルドとシュペーマンは、両生類胚に移植した神経組織が周囲の細胞に働きかけて神経形成を誘導することを発見し、相同形質誘導(Homeogenetic Induction)[6]と名付けました。今回ゴカイで見いだした増節の仕組みは、相同形質誘導が再生の場面で用いられているとする最初の報告だと考えられます。

 今後は、Wgが作用する仕組み、次の体節形成に移行する仕組みなどを明らかにすることが課題となります。


<原論文情報>
 ・Nao Niwa,Ai Akimoto−Kato,Masashi Sakuma,Shigehiro Kuraku and Shigeo Hayashi,"Homeogenetic inductive mechanism of segmentation in polychaete tail regeneration",Developmental Biology,DOI:10.1016/j.ydbio.2013.04.010


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 発生・再生科学総合研究センター 形態形成シグナル研究グループ
 グループディレクター 林 茂生(はやし しげお)


 ※補足説明、図1、図2は添付の関連資料を参照


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