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東北大など、強磁性体や外部磁場を使わずに電子スピンを揃えることに成功

2012-10-01

強磁性体や外部磁場を用いずに電子のスピンを揃えることに世界で初めて成功
―半導体中でシュテルン−ゲルラッハのスピン分離実験を実現―


【発表のポイント】
 ◆強磁性体や外部磁場を用いずにスピンの揃った電流を生成し、偏極率70%を実現
 ◆半導体中でシュテルン−ゲルラッハのスピン分離実験を実現
 ◆電気的スピン制御・検出との融合により次世代省電力・高速半導体素子が可能

 本研究成果は、2012年9月25日(日本時間26日)に、英国科学誌『Nature Communications(ネーチャー コミュニケーションズ)』(オンライン誌)に掲載されます。



【成果概要】
 東北大学(宮城県仙台市、総長:里見 進、以下 東北大)、京都大学(京都府京都市、総長:松本 紘、以下 京大)、東邦大学(東京都大田区、学長:山崎 純一、以下東邦大)、日本電信電話株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長:鵜浦 博夫、以下NTT)らの研究グループは、強磁性材料や外部磁場を全く用いずに、半導体中を流れる電子のスピンを一方向に揃える手法を確立しました。本実験は、量子力学の基本原理であるシュテルン−ゲルラッハ効果をナノスケールの半導体中で実現したことに相当します。

 電子は「電荷」と共に「スピン」(注1)と呼ばれる磁石の性質を持ち合わせています。スピンは上向きのスピンと下向きのスピンが存在し、通常半導体を流れる電子のスピンは、上向きスピンと下向きスピンが等しい割合となりスピンの向きに偏りはありません。もしこの電子スピンの向きを上向きもしくは下向きの一方向に揃えることができれば、次世代省電力・高速半導体デバイスの実現が期待できます。しかしながら、これまで電子スピンの向きを揃えるには、強磁性体材料を用いる方法や外部から磁場を与える必要があり、既存の半導体プロセスや集積化技術と組み合わせることが困難な問題を抱えていました。このことから、半導体のみを用いてスピンの向きが揃った電流を生み出すことが長い間望まれていました。

 今回スピンを揃える手法として着目したのは、1922年にドイツ人科学者オットー・シュテルンとヴァルター・ゲルラッハにより行われた、銀原子の上向きスピンと下向きスピンの空間分離実験(注2)です。この実験は、量子力学の基本概念であるスピンの存在を明らかにした20世紀最大の実験の一つであるとともに、スピンを揃えるための原理を示しました。ただし、実験装置の大きさは1メートル以上の大掛かりなものでした。

 研究グループでは、このシュテルン−ゲルラッハのスピン分離実験を、半導体のスピン軌道相互作用(注3)を用いることでナノメートルサイズのトランジスタで実現し、強磁性体や外部磁場を全く用いずに、スピンの揃った電流を生み出すことに成功しました。半導体のみを用いる本手法は、既存の半導体テクノロジーとの整合性が良いだけでなく電気的なスピン制御・スピン検出との融合が容易となることから次世代省電力・高速半導体デバイスの実現が可能となります。

 なお、本研究における役割分担は以下の通りです。


(1)伝導測定・数値シミュレーション計算
 東北大学大学院工学研究科 好田 誠 准教授、峰野 太喜 学部4 年生、新田 淳作 教授

(2)電流雑音測定
 京都大学化学研究所 中村 秀司 博士課程後期学生(現 産業技術総合研究所)、西原 禎孝 博士課程前期学生、小林 研介 准教授(現 大阪大学教授)、小野 輝男 教授

(3)理論シミュレーション計算
 東邦大学理学部 大江 純一郎 講師

(4)理論的サポート
 NTT 物性科学基礎研究所 都倉 康弘 量子光物性研究部長(現 筑波大学教授)


【研究背景】
 電子は「電荷」と「スピン」の性質を持ち合わせています。現代のエレクトロニクスは、電子の持つ「電荷」の性質を利用することで様々な機能を生み出し、パソコンや携帯電話などの情報通信社会を築いてきました。スピンには上向きスピンと下向きスピンが存在し、微小磁石の上向きと下向きに対応させることができます。ハードディスクはこの微小磁石の向きを利用して情報を記録しています。ただし、これまで半導体中で電子の持つ「電荷」と「スピン」が同時に利用されることはありませんでした。半導体デバイスの更なる高速化・高機能化による性能向上が必要とされている半導体産業において、もし電荷とスピンの性質を同時に利用することができれば、電荷の持つ演算機能とスピンの持つ記録機能を一つの素子で兼ね備える省電力・高速半導体デバイスの実現が期待できます。通常、半導体中を流れる電子のスピンは、上向きスピンと下向きスピンが等しい割合(50%づつ)で含まれているため、スピンの向きに偏りはなくスピン偏極率(スピンが揃っている割合)はゼロとなってしまいます。よって、電子スピンを半導体デバイスで利用するには、まず初めに電子スピンの向きが揃った電流を生み出すことが重要となるわけです。これまで実現されてきた、スピンの向きが揃った電流の生成方法は、強磁性体材料と半導体を張り合わせた構造に電流を流す方法や、半導体に外部から磁場を印加する方法が用いられてきました。しかしながら、これらの方法では既存の半導体プロセスや集積化技術と組み合わせることが困難となることから、半導体のみを用いて高いスピン偏極率の電流を生み出すことが長い間望まれてきました。


【研究経緯】
 今回スピンの揃った電流を生み出す方法として着想を得たのは、90年前にドイツの科学者オットー・シュテルンとヴァルター・ゲルラッハにより行われた、上向きスピンと下向きスピンの空間的な分離実験です(図1)。炉内で溶かして蒸発してきた銀原子を、異なる形の磁石を向き合わせて作った、空間的に不均一な磁場中を通過させます。すると、スクリーン上の離れた2か所に銀原子が堆積する結果が得られました。これは、不均一磁場中でスピンの向き(上向きもしくは下向き)に依存し、銀原子が逆方向に力を受け、上向きスピンと下向きスピンを持つ銀原子が空間的に分離したことを意味します。この結果は、量子力学の黎明期だった1900年初期に「スピン」の存在を初めて実験的に示したものでした。しかし、1メートル以上の大掛かりな装置を必要とする上、磁場(磁石)を用いなければなりませんでした。そこで今回の研究では、外部から磁場を印加しなくても、電子スピンに有効磁場(注4)を与えることのできるスピン軌道相互作用に着目しました。化合物半導体インジウムガリウムヒ素(注5)は、携帯電話や通信用レーザーなどで広く利用されている半導体材料であるとともに、大きなスピン軌道相互作用を示す材料です。このように広く世の中で利用されている半導体材料を使って有効磁場の空間勾配を生み出し、強磁性体や外部磁場を全く用いることなく、2つのスピンを空間的に分離する着想を得ました(図2(a))。


【研究内容】
 図2(b)−(d)に示した実験結果により、スピンの向きが揃った電流を生み出すことに成功しました。図2(b)に示すデバイス構造では、ナノメートルサイズのトランジスタ構造を作製し、両端の電極間に生じる伝導度のゲート電圧依存性からスピン状態の測定を行いました。図2(c)に伝導度のサイドゲート(注6)電圧依存性を示します。有効磁場の空間勾配が小さい状態では、通常のナノメートルサイズのトランジスタに見られる、量子化された階段状の伝導度が観測されました。1.0×(2e2/h)を示す平坦な伝導度では、上向きスピンと下向きスピンの伝導チャネルが一本ずつ存在することを意味し、半導体を流れる電子のスピン偏極率はゼロとなります。ところが、トップゲート(注7)電圧を変えて有効磁場の空間勾配が大きい状態にすると、0.5×(2e2/h)に量子化された伝導度があらわれ、新しい伝導チャネルが形成されることが分かりました。この伝導チャネルでは、下向きのスピンのみが生成され、スピンの向きが揃った電流が流れていることを意味します。そして、スピン偏極の生まれる原因が、シュテルン−ゲルラッハのスピン分離実験と同様に、有効磁場の空間勾配に基づくスピン依存力であることを明らかにしました。これまで半導体中でシュテルン−ゲルラッハの実験を実現しようと数多くの実験がなされてきましたが、外部から磁場を印加して行う場合、ローレンツ力(注8)により電子の軌道方向も曲げられてしまうため、スピンの向きに依存した空間分離と区別することが困難でした。
 今回の研究では、スピン軌道相互作用による有効磁場を用いることで、この根本的な困難を回避し、スピン分離を生み出すことに成功しました。流れる電流のスピン偏極率は70%と非常に大きな値を示すことが分かりました(図2(d))。コバルト(Co)や鉄(Fe)など広く利用される強磁性体のスピン偏極率は40−60%ですので、 今回の結果は、半導体のみを用いて高効率にスピン偏極電流を生み出す方法を確立できたと言えます。


【今後の展望】
 今回の研究では、携帯電話や通信用レーザーなどで広く利用されている半導体材料を利用して、高いスピン偏極率の電流を生み出すことに成功しました。強磁性体や外部磁場を全く用いないことから、既存の半導体プロセスや集積化技術と組み合わせることが容易となり、次世代省電力・高速半導体デバイスへと発展させることができます。さらに、既に確立されている電気的なスピン制御との融合により、電気的スピン生成・制御・検出を半導体のみで実現できる可能があり、スピントランジスタ(注9)などへの応用が期待できます。


【謝辞】
 本研究は、独立行政法人 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「界面の構造と制御」研究領域(研究総括:川合 眞紀 理化学研究所 理事)における研究課題「半導体ヘテロ界面のスピン軌道相互作用制御による電気的スピン生成・検出機能の創製」(研究者:好田 誠、研究期間:2008年〜2012 年)の一環として行われ、一部、科学研究費補助金若手研究(A)および科学研究費補助金基盤研究(S)、JST−DFG プログラム「トポロジカルエレクトロニクス」の助成を受けて行われました。


【論文名、著者名】
 “Spin−orbit induced electronic spin separation in semiconductor nanostructures”Makoto Kohda, Shuji Nakamura, Yoshitaka Nishihara, Kensuke Kobayashi, Teruo Ono, Jun−ichiro Ohe, Yasuhiro Tokura, Taiki Mineno, and Junsaku Nitta



 ※参考図、用語解説は添付の関連資料を参照

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