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理化学研究所、脳・脊髄形成に必要な神経板湾曲の仕組みを解明

2012-05-30

脳・脊髄形成に必要な神経板湾曲の仕組みを解明
−カドヘリン関連因子「Celsr1」の働きが神経管形成に重要−


◇ポイント◇
 ・神経板が湾曲するとき細胞間接着面のアクトミオシンが一定方向に収縮
 ・アクトミオシンの収縮は、収斂(れん)伸長を引き起こす
 ・神経管形成の仕組みを総合的に理解、さらなる形態形成の原理解明へ


 理化学研究所(野依良治理事長)は、カドヘリン(※1)分子群に属する「Celsr1(セルサー1)(※1)」が、脳・脊髄の基となる神経管形成のために必要な神経板(※2)湾曲において中心的な役割を担うことを突き止め、神経板を一定方向に収縮させる仕組みを明らかにしました。この発見によって、個々の細胞の接着面の収縮がダイナミックな形態形成(※3)の原動力となることを見いだし、神経管形成の全体像を総合的に把握することができました。これは、理研発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)高次構造形成研究グループの竹市雅俊グループディレクター、西村珠子研究員(現 神戸大学バイオシグナル研究センター助教)、本多久夫客員主幹研究員(兵庫大学健康科学部教授)の研究グループによる成果です。

 脊椎動物の中枢神経系(脳、脊髄)が形成されるためには、発生初期の胚において神経板が湾曲し、管状の神経管を形成する必要があります。この過程で異常が起こると、脳・脊髄が体外に露出する神経管閉鎖障害という重い発生障害を引き起こします。神経管を正常に閉鎖するためには、さまざまな仕組みが必要であることが断片的に知られていましたが、それらの関係など全体像は分かっていませんでした。

 今回、研究グループは、ニワトリ初期胚を用いて、神経板を構成する神経上皮細胞の互いの接着部位に着目して観察しました。その結果、細胞骨格タンパク質の1つ「アクトミオシン(※4)」が体の中心線(※5)に向かって一定方向に収縮することを発見しました。そして、その収縮がカドヘリン分子群に属するCelsr1によって統合的に制御されることを明らかにしました。また、今回の研究で、発生研究のモデル生物であるショウジョウバエで提唱されていた「局所的な細胞接着部位の収縮が組織全体の変形を引き起こす」という概念が脊椎動物の発生においても当てはまることを初めて証明できました。今後は、同様な仕組みが他の脊椎動物、特に哺乳類でも働いているかどうかを明らかし、形態形成の原理の理解につなげていきます。これにより、神経管閉鎖障害の発症メカニズムの解明と医学的対処法の開発に貢献することが期待できます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『CELL』(5月25日号)に掲載されます。


1.背景

 胚の発生過程では、1つの受精卵が分裂・増殖を繰り返しダイナミックに形や位置を変えて、神経や内臓などの組織、器官へと分化していきます。この過程の1つに、神経管形成と呼ばれる重要なイベントがあります。神経管形成とは、将来の中枢神経系の基になる構造を作るためのもので、胚の背側にできた神経板が左右に盛り上がって内側に湾曲して溝を作り、やがて背側で融合して神経管を形成します。この過程で、神経板の細胞は神経上皮細胞に分化し、最終的に脳や脊髄などの中枢神経系を形成します(図1a)。神経管形成が正常に進行せずに神経管が閉鎖しないと、脳・脊髄が体の外に露出する神経管閉鎖障害を引き起こします。ヒトの場合、神経管が形成される妊娠4〜5週ごろに起こりやすく、日本では、1万人に対して約6人の割合でみられます。(出典:厚生労働省調査より)

 今までに神経管形成に関与する遺伝子やタンパク質は複数報告されており、神経管形成の仕組みは、[1]神経上皮細胞の表層にある頂端側収縮が必要であること、[2]収斂(れん)伸長(※6)が関与すること、[3]平面内極性(※7)制御が関与すること、などが部分的に分かっています。しかし、それらがどのように関連するかは不明で、神経管形成過程の全容解明が待たれていました。


2.研究手法と成果

 研究グループは、神経管形成過程をより詳細に理解するために、生きたニワトリ初期胚を用いて、湾曲しつつある神経板の細胞、すなわち表層にある神経上皮細胞の頂端部における細胞同士の接着面を観察しました。すると、個々の細胞の接着面が体の中心線に向かって一定方向に収縮し、この収縮が神経板の湾曲と収斂伸長の原動力となることを発見しました(図1b、図2)。接着面の収縮が起きることは以前から分かっていましたが、「収縮に方向性があること」と「収縮によって収斂伸長が引き起こされること」がこの研究によって初めて明らかになりました。

 接着面の収縮は、細胞骨格タンパク質の一種「アクトミオシン」が収縮することによって起きます。そこで、“方向性がある”アクトミオシンの収縮がどのようにして起きるかを明らかにするため、過去に知られている関連因子群から引き金となる因子を探しました。すると、カドヘリン分子群に属するCelsr1が、アクトミオシンの収縮に関連することを突き止めました。ニワトリ初期胚でCelsr1の働きを阻害する実験を行ったところ、神経管が正常に閉鎖しませんでした(図3)。Celsr1は、平面内極性制御因子として知られており、カドヘリンと同様に細胞同士が接着する部分でCelsr1同士が結合することで、細胞の平面上(2次元)において特定分子を局在させる働きをしています。神経上皮細胞の頂端側では、Celsr1は、胚の前後軸に直行する接着面だけに集まることが分かりました。そして、これがアクトミオシンの収縮を引き起こす一連の生化学的シグナル経路を活性化して、神経板を一定方向に湾曲させることを明らかにしました。

 また、数理モデルを導入して神経管形成過程の神経上皮細胞の動きをシミュレーションしたところ、細胞接着面の形態変化がアクトミオシンの一方向的な収縮によるものであることを確認しました。

 つまり、神経管形成過程で、Celsr1が神経上皮細胞の頂端側において、体の前後軸と直交する細胞間接着面に局在し、ここでアクトミオシンの収縮を引き起こします。その結果、これらの接着面だけが収縮し、神経板は、収斂伸長を引き起こしながら、体の中心線に向かって一定方向に湾曲することが分かりました。

 今回の研究により、個々の細胞の動きがダイナミックな形態形成の原動力となることを見いだし、神経管形成の全体像を総合的に把握することができました。また、従来、「収斂伸長」は、細胞の移動による再配置によって起きると考えられていましたが、神経管形成においては、細胞の移動ではなく、細胞接着部位の収縮によって再配置が引き起こされることが明らかになりした。これは、発生研究のモデル生物であるショウジョウバエの形態形成研究において「細胞接着部位の局所的な収縮が組織全体の大きな形態変形を引き起こす」という概念を脊椎動物でも実証したことになり、動物における発生メカニズムの普遍性を示唆します。


3.今後の期待

 今後は、ニワトリ初期胚で明らかになった仕組みが他の動物種、特に哺乳類にも存在するかどうかを明らかにし、形態形成機構の原理についての理解を深めることを目指します。それにより、神経管閉鎖障害の発症メカニズムの解明や医学的対処法の開発につなげることが期待できます。


原論文情報
 Tamako Nishimura, Hisao Honda and Masatoshi Takeichi “ Planar Cell Polarity Links Axes of Spatial Dynamics in Neural−Tube Closure”.
 CELL, 2012, doi:10.1016/j.cell.2012.04.021


※補足説明・図表などは、添付の関連資料「参考資料」を参照

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