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東大、世界最小の回転モーターを実現する高効率エネルギー変換機構の仕組みを解明

2011-11-25

世界最小の回転モーターが実現する高効率エネルギー変換機構の仕組みを解明

―高効率エネルギー変換機構の技術的基盤の確立を目指して― 


1.発表者:
 渡邉 力也 (東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻・助教)
 野地 博行 (東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻・教授)

2.発表概要:
 東京大学大学院工学系研究科 渡邉力也助教、野地博行教授らのグループは、タンパク質でできた世界最小の回転モーターであるF1−ATPaseが実現する、化学・力学エネルギー間の高効率エネルギー変換機構の仕組みを世界に先駆けて突き止め、英科学誌Nature Chemical Biology誌に発表しました。この発見をもとに、生体内で重要な役割を担うタンパク質分子モーター群の普遍的な作動原理に関する基礎研究だけでなく、高効率エネルギー変換システムの技術的基盤の確立を目指した応用研究が進展すると期待されます。

3.発表内容: 
 私たちの細胞の中には、化学エネルギーを使って力学的な運動をするタンパク質でできた分子モーターが存在し、それらは生命活動において重要な役割を果たしています。今回、研究対象としているF1−ATPaseもその1種で、アデノシン3リン酸(ATP)の分解で得られる化学エネルギーを利用して1方向に回転する回転分子モーターです。ちなみに、F1−ATPaseは、現在確認されている回転モーターの中では世界最小サイズ(直径約10ナノメートル)を実現しています(図1)。また、F1−ATPaseは、現在の科学技術では到底達成することができない非常に興味深い性能を2つ持ち合わせており、それらの作動原理の解明はタンパク質科学者だけでなく幅広い学術分野の研究者にとって長年の夢でした。今回、私たちは、それらの性能を実現するF1−ATPaseの作動原理を世界に先駆けて解明したので、その仕組みを具体的に紹介いたします。

 図1 F1−ATPaseの構造 
  ※ 関連資料参照

(1)エネルギー変換効率が非常に高い
 F1−ATPaseはATPの分解で得られる化学エネルギーを100%の効率で回転運動に変換することができます。ガソリンエンジンなどの人工熱機関のエネルギー変換効率が40%程度で高止まりしている現状からして、エネルギー変換効率が格段に良いことが分かります。今回、私たちは、F1−ATPaseの化学反応を構成する3つの反応過程(ATPの結合、ATPの分解、生成物の解離)のうち、 ATPの結合、生成物の解離過程で大きな回転トルク注1)が出力されることを明らかしました。また、F1−ATPaseが、ATPの結合、生成物の解離で得られる大きな回転トルクを特定の回転角度で一度に出力するのではなく、360oにわたってほぼ一定の回転トルクを出力できるよう分散させて出力していることも明らかにしました。これはロータリーエンジンがガソリンの燃焼で得られる化学エネルギーを力学的な回転エネルギーに変換する過程で高効率化を実現するため採用している機構に非常に似ています。つまり、人間が産業革命以来積み重ねてきた高効率エネルギー変換システムの基盤技術を、生物はすでに何億年もの昔から獲得していたことが分かります。
 
 図2 F1−ATPaseの回転トルク発生機構
    (青)ATPの結合で駆動 (赤)生成物の解離で駆動 
   ※ 関連資料参照

(2)力学エネルギーを化学エネルギーに直接変換することができる
 F1−ATPaseではATPを加水分解して反時計方向に回転運動を引き起こすだけではなく、逆にモーター回転子を逆方向(時計方向)に無理やり回転させるとATPの分解生成物からATPを合成することができます。これをガソリンエンジンに例えると、車輪を回転させて排気ガスからガソリンを合成することと同じですが、現在の科学技術ではこれを実現することはできません。今回、私たちは、F1−ATPaseにおいて、反時計方向の回転に伴いATPの分解速度が加速し、またその逆方向(時計方向)の回転に伴い合成速度が加速することを明らかにしました(図3)。これは、F1−ATPaseが回転角度に応じて連続的にATPの分解しやすさ・合成しやすさを制御していることを意味します。通常、ATPの合成には大きなエネルギーが必要とされますが、大きな力学エネルギーを一度に注入した場合、それを小分けにして注入した時と比べて、その損失は大きくなることが一般的に知られています。今回の私たちの実験結果は、モーター回転子を無理やり逆回転させるとき、非常に小さい力学エネルギーが連続的に注入され、合成反応をしやすい環境が“じわじわ”と整うことで、F1−ATPaseが効率的にATPを合成できることを示唆しています。

 図3 回転角度に依存したATPの結合/解離速度の制御
    (赤)ATPの結合速度  (青)ATPの解離速度
   ※ 関連資料参照

 現在の人工熱機関では、エネルギー変換効率を向上させるため反応サイクルのタイミングを厳密に制御していますが、それは反応環境をON、OFFの2状態でしか制御できません。もし、F1−ATPaseのように回転角度に応じて“じわじわ”と反応しやすい環境を作り出す制御方法が確立した場合、人工熱機関においてもエネルギー変換効率が劇的に改善し、力学エネルギーを化学エネルギーに直接変換することが可能になると期待されます。

 今回明らかにされたF1−ATPaseの作動原理は、生体内で重要な役割を担うタンパク質分子モーター群が、どのように化学エネルギーを利用して効率的に運動するのか、重要な手がかりを与えてくれました。また、今回得られた知見をマクロスケールの人工熱機関の設計思想にフィードバックすることができれば、高効率エネルギー変換機構の技術的基盤が確立する第1歩になることが期待されます。


4.発表雑誌: 
 雑誌名:Nature Chemical Biology
 論文タイトル:Mechanical modulation of catalytic power on F1−ATPase
          (F1−ATPaseにおける触媒活性の機械的な制御)
 著者:Rikiya Watanabe, Daichi Okuno, Shouichi Sakakihara, Katsuya Shimabukuro, Ryota Iino, Masasuke Yoshida & Hiroyuki Noji


6.用語解説: 
注1)回転トルク
 回転しようとする力。その大きさは、作用半径と作用した力との積で表される。 


※ 図説は、関連資料参照

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