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東大、反強磁性体で巨大な異常ホール伝導度を持つ物質を発見

2016-06-09

低電力・高集積化を可能にする磁気メモリ材料
〜反強磁性体で巨大な異常ホール伝導度を持つ物質の発見〜


1.発表者:
 冨田 崇弘(東京大学物性研究所 新物質科学研究部門 特任研究員)
 清原 直樹(研究当時:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 修士課程2年)
 中辻 知(東京大学物性研究所 新物質科学研究部門 教授)


2.発表のポイント:
 ◆反強磁性体において自発的な巨大異常ホール伝導度を持つ物質を見出した。
 ◆反強磁性体におけるスピンに依存した起電力の存在が明らかになった。
 ◆従来の強磁性体磁気メモリと比べ漏れ磁場が少ない反強磁性体のため、低電力・集積化が可能な大容量メモリ材料として期待される。


3.発表概要:
 スマートフォンなどのモバイル端末のメインメモリとして主に利用されている揮発性メモリは、その記憶保持に大きな電力を消費します。そのため、近年、次世代メモリとして記憶保持に電力を消耗しない不揮発性メモリの開発がさまざまな形で行われています。なかでも、強磁性体材料を用いた不揮発性メモリである「磁気メモリ」の実用化が進み注目されています。しかし、この強磁性体の記憶素子はスピンの向きを揃えた、言わば小さな磁石を集積化させて使用しているため、記憶素子同士の磁気的な干渉などにより高密度化に限界があるという重大な弱点を抱えており、この点の解決が強く求められています。
 今回、東京大学物性研究所の冨田崇弘特任研究員、清原直樹氏、中辻知教授の研究グループは、マンガン化合物Mn3Geにおいて反強磁性体ではこれまでにない巨大な自発的なホール伝導度を持つ異常ホール効果(図1)を見出しました。従来の強磁性体材料の記憶素子では漏れ磁場の影響がありましたが、反強磁性体の場合はスピンを反対向きに揃えることで全体のスピンが作り出す漏れ磁場はほとんどありません。異常ホール効果を利用した記憶素子として反強磁性体を利用することにより、高密度化・高速化が可能となるだけでなく、高いホール伝導度を持つことでエネルギー消費も格段に抑えられたため、メモリの動作原理に関する革新的な進展が期待されます。また、電流と磁場による起電力応答というホール効果を用いることで素子構造の単純化が可能であること、このマンガン化合物が二元系の廉価で毒性のない元素で構成されていること、容易に結晶育成が出来ることなど、実用材料としての好条件が揃っていることから、今後の研究開発の更なる展開が期待されます。
 本研究は米国科学誌「Physical Review Applied」で公開されます(6月9日(木)オンライン版掲載予定。前後する可能性あり)。


4.発表内容:
【研究の背景】
 スマートフォンやノートパソコンなどのモバイル端末に搭載されているメインメモリの多くは、電源オフにともない記憶情報が失われてしまう揮発性であるため、情報の保持による電力消耗が大きいという欠点があります。これは情報保持に電荷を溜める方式のためで、磁化の向きで情報を記憶することで、電源オフ時でも記憶情報が失われない「不揮発性メモリ」と呼ばれる次世代メモリの開発が行われています。しかし、強磁性体材料を用いた不揮発性メモリ「磁気メモリ」の場合、記憶素子の材料でスピンの向きが揃った、言わば小さな磁石を使っているため、高密度化にともない記憶素子同士の磁気的な干渉が起こることや、スピンの整列が保てなくなるなど、高集積化に限界があるという重大な弱点を抱えており、その解決が強く求められています。
 この磁気メモリの記憶情報の読み出し方法には、トンネル磁気抵効果抗とよばれる強磁性体層―絶縁体層―強磁性体層の3層構造の間の抵抗変化を読み取る方法が採用されています。一方、本研究グループは構造的により単純な単層で作動し電力の散逸を軽減できるホール効果を利用する方法に注目してきました。ここでホール効果(図1)とは、物質中に電流として流れる電子が磁場を感じることによって、電流方向と垂直な方向に起電力が生じる現象で、100年以上も前の19世紀後半に発見されました。強磁性体では物質内部でスピンが同方向に揃うことで磁場を作るため、外から磁場をかけなくてもホール効果が自発的に現れ、異常ホール効果と呼ばれています。従来の異常ホール効果で生じる起電力はメモリ素子として利用するには比較的小さかったために注目されませんでした。近年、スピン同士が反平行や幾つかのスピンで互いに打ち消し合う配置をとる反強磁性体でも、異常ホール効果が起こる可能性が理論的に示唆されていましたが実験的報告は最近までありませんでした。この反強磁性体ではスピン同士が打ち消し合う配置をとるため、スピンが全体で作り出す磁場(磁化)がほとんどなく、強磁性体で問題となっていた漏れ磁場による素子間で干渉を抑えることで、強磁性体に比べて高密度化を飛躍的に進めることができます。また、反強磁性体は一般に強磁性体よりも3桁以上の速い動作性能を示すため高速化にも繋がります。


【研究内容】
 本研究グループは、2015年に世界で初めて自発的に巨大異常ホール効果を示す反強磁性体物質Mn3Sn(注1)を発見しました。今回、その一連の物質探索の中で、SnをGeに100%置換したマンガンとゲルマニウムの化合物であるMn3Geにおいて、反強磁性体の自発的異常ホール効果にとしては、過去最大の異常ホール伝導度を示す物質を発見しました。このホール伝導度は、低温5Kにて400Ωの−1乗cmの−1乗であり、Mn3Snの示す最大値の4倍以上で、これまで報告されている半導体の値に比べて桁違いに大きな値です(図4)。ホール伝導度が高いということは、少ない電流駆動で大きな起電力を発生させることができることになり、発熱を抑えられます。次世代の反強磁性メモリ材料としては、消費電力においても優れた特性を持つものとして期待されます。さらには、異常ホール効果はスピン依存した、いわゆるスピンホール効果と起源を同じくしており、今回の発見は、反強磁性でもスピンに依存した起電力が存在すること、さらにそれを増強する新たな機構を与えるものとして注目されます。
 Mn3Geはカゴメ格子と呼ばれる結晶構造(図2)をとり、マンガン原子とそのスピンが正三角形の頂点を占める位置に配置されています。このとき、隣り合うスピンがお互いに反対方向に向こうとする力(反強磁性相互作用)が働くと、三角形の3つの頂点の間でその力が拮抗し、最終的にはお互いに120度だけ傾いた状態が安定になります(注2)。但し、スピンの向きの取り方には幾つかの種類があり、Mn3Geでは、図2に示すようなスピン配置をとります。このようにスピンがお互いにキャンセルするような配置をとりますが、外から磁場をかけると僅かに磁化が観測されます。この値は1つのマンガン元素あたり数ミリμBという値で、一般的な強磁性体の1000分の1に相当するような非常に小さな磁化です。それにもかかわらず、磁化測定の結果では、数百ガウスという比較的小さい磁場によってこの非常に小さい値の磁化の反転が見られ(図3)、それに伴いホール効果の電圧の符号が反転することも観測されました。このMn3Geにおける自発的異常ホール効果は、−270℃の低温から反強磁性転移温度の120℃の高温までの幅広い温度範囲で現れることも確認されました。


【社会的意義および今後の展望】
 今回の発見は、Mn3Snの発見に引き続き、これまでの磁気メモリ開発を大きく前進させる成果と言えます。また、この発見に基づいて考えられるスピンに依存した起電力は、エネルギーハーヴェスティングの技術創出につながると期待されます。Mn3Snだけでなく同一構造のMn3Geおいて更に巨大な異常ホール伝導度がみられたことは、類似物質探索、すなわちMn3ZのZサイトの置換による最適化により高い自発的異常ホール伝導度を示す物質が見つかる可能性を示唆しています。二元化合物Mn3Geは非常に安定な物質で、比較的簡便な方法で物質合成が可能であり、さらにクラーク数の高い安価で毒性の無い元素で構成されているなど、実用材料としても優れた特性を兼ね備えていることから、今後、実用化を目指した研究開発が急速に進んでいくことが期待されます。
 自発的異常ホール効果が現れる機構は、学術的にも大変注目されているテーマです。Mn3Geのスピンの構造はMn3Snと同様にキラリティ(注3)を有しており、これに起因する電子構造のトポロジカルな性質(注4)が自発的異常ホール効果の機構に関与していることが理論的に提案されています。今後、巨大な異常ホール効果を解明するため、この効果が更に顕著になる低い温度での研究を進めていく予定です。
 なお、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」研究領域(研究総括:谷口 研二 奈良工業高等専門学校 校長/大阪大学 名誉教授、研究副総括:秋永 広幸 産業技術総合研究所 ナノエレクトロニクス研究部門 総括研究主幹)における研究課題「トポロジカルな電子構造を利用した革新的エネルギーハーヴェスティングの基盤技術創製」(研究代表者:中辻 知 東京大学物性研究所 教授)並びにJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「新物質科学と元素戦略」研究領域(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授)における研究課題「スピンのナノ立体構造制御による革新的電子機能物質の創製」(研究代表者:中辻 知 東京大学物性研究所 教授)の一環として行われました。また、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川 仁 東京大学物性研究所 教授)の助成を通して、海外の研究者との交流により研究指針を展開させていった中で得られたものです。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Physical Review Applied(2016)」(6月9日オンライン掲載予定)
 論文タイトル:Giant anomalous Hall effect in the chiral antiferromagnet Mn3Ge
 著者:Naoki Kiyohara,Takahiro Tomita,Satoru Nakatsuji(*)(*:責任著者)
 アブストラクトURL:https://journals.aps.org/prapplied/accepted/


■用語解説:
 (注1)反強磁性体物質Mn3Sn:2015年に中辻知研究室において報告した、反強磁性体として世界で初めて巨大な異常ホール効果が発見された物質。400K以下で共面スピン構造を示す。また、50Kにおいて非共面スピン構造へ磁気転移する。

 (注2)三角形の120°構造:三角格子上の各頂点に反強磁性的な相互作用を持つスピンは、安定化すると120°構造を取ろうとする。今回の物質は、三角格子上の3頂点の1つのMnスピンが常に磁場と平行方向に無効とする逆スピン構造をとる。(図2b,c)

 (注3)キラリティ:本物質のスピン構造は、ab面内にab面と垂直方向には回転対称軸を持たないキラル反強磁性体と考えられている。

 (注4)トポロジカルな性質:電子は量子力学的に波動関数で一般に表される。その波動関数の位相情報が物質の巨視的な性質、たとえば、ホール効果として現れる場合がある。これは波動関数がつくる電子構造の幾何学的な性質が重要であり、トポロジカルな性質と呼ばれる。


■添付資料:

 ※図1〜4は添付の関連資料を参照



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