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慶大、脳の神経細胞は置かれた場所の環境により別の種類の神経細胞に変わることを発見

2016-02-26

脳の神経細胞は、置かれた場所の環境によって
別の種類の神経細胞に変わってしまうことを発見


 慶應義塾大学医学部解剖学教室の大石康二講師(非常勤)、仲嶋一範教授らの研究チームは、マウスの子宮内胎児の大脳皮質神経細胞を、人為的に本来と異なる場所に配置させると、神経細胞としての最終運命が変化し、本来の形や性質が異なる別の種類の神経細胞に変化することを見出しました。
 複雑な機械製品が多数の部品から作られるように、脳の高次機能を担う大脳皮質(注1)は、異なった形や性質を持つ様々な種類の神経細胞から構成されています。これまで、これらの神経細胞の最終的な形や性質は、胎生期にそれらの細胞が生まれる時に既に運命付けされて決まっていると考えられてきました。しかし、今回の成果によって、神経細胞の種類が細胞誕生時に完全に決まっているのではなく、配置された場所の環境に応じて変化しうることが明らかになりました。
 現在、さまざまな疾患に対して、iPS細胞などから分化させた細胞を移植して治療する、細胞治療が注目されています。今回の研究結果から、神経細胞はその種類によっては環境に応じて適切に分化しうる可能性を秘めていることが分かり、今後の細胞治療の開発につながることが期待されます。
 本研究成果は、2016年2月12日に「eLIFE」オンライン版に掲載されました。


1.研究の背景
 私たちの脳には、細胞の形態、他の神経細胞とのつながり方の違い(近くの神経細胞とつながるか、遠くの神経細胞とつながるか、などの線維連絡様式の違い)、発現している遺伝子の違いなど、性質が異なる様々な種類の神経細胞が無数に存在します。
 大脳は、脳の中でも特に記憶や学習、情動等の高度な働きをしている部分です。大脳の表面にある大脳皮質では、神経細胞は脳の表面に平行な6層に分かれて並んで配置されています。各層にはそれぞれ共通の特徴を持った同じ種類の神経細胞が並んでおり、同じ層の中の神経細胞は、形態、連絡様式、遺伝子発現様式などが似ています。そして、それぞれの層ごとに異なる種類の神経細胞が並んでいます。これらの神経細胞は、大脳が作られる胎生期に、脳の深部で順番に生み出されていきます。すなわち、6層の中で最も深い位置にある層の神経細胞が最初に生まれ、次にそのすぐ上にある層の神経細胞が生まれます。この過程を繰り返して、全体の6層構造が下から積み上がっていくようにしてできていきます。神経細胞が生まれるタイミングと、最終的に分化する神経細胞の種類・特徴に高い相関性があることから、これまで、神経細胞は生まれたときにどの種類の神経細胞になるか、既に運命付けされていると考えられてきました。しかし、神経細胞が自身の置かれている場所の環境に適応して別の種類の神経細胞に分化することができるのかどうかについては、よく分かっていませんでした。


2.研究の概要と成果
 本研究では、大脳皮質の第4層の神経細胞に特異的に発現するプロトカドヘリン20(Pcdh20)という膜タンパク質に注目しました。このタンパク質の発現を、子宮内胎児脳電気穿孔法(注2)を用いて発生過程のマウス大脳において人為的に阻害しました。Pcdh20の発現が阻害された細胞は、蛍光タンパク質によって光るようにしてあり、最終的な脳内の位置や形態を追跡することができるようにしました。その結果、Pcdh20の発現を阻害された神経細胞は、本来の第4層ではなく、第2−3層に配置されるようになることが分かりました。その際、興味深いことにこれらの神経細胞は第4層細胞の特徴を示さず、人為的に配置された場所である第2−3層の神経細胞に特有の形態、連絡様式、遺伝子発現様式等の特徴を示すことが分かりました(図1)。すなわち、本来は第4層の神経細胞になるはずの細胞が、その運命を変えて第2−3層神経細胞に変わってしまうことを見出しました。

 ※図1は添付の関連資料を参照


 以上の結果からは、Pcdh20が第4層細胞への分化を直接促進している可能性(従って、その阻害によって第4層細胞に分化できなくなった可能性)も考えられます。そこで、Pcdh20とは関係のない別の方法で神経細胞の配置を変化させる実験を行ってみました。具体的には、神経細胞の移動そのものを制御する細胞骨格タンパク質の発現を阻害することによって、本来第4層に配置されるべき神経細胞を人為的に大脳皮質内に広く分散して配置させてみました。その結果として第4層と第2−3層に偶然配置された神経細胞の特徴を調べたところ、それぞれの場所に応じた特徴を示すことが分かりました。さらに、前述のPcdh20が阻害された神経細胞を、さらに細胞骨格タンパク質も阻害することによって第4層に人為的に配置させたところ、今度は第4層の特徴を持った神経細胞へと分化することが分かりました。以上のことから、Pcdh20が第4層細胞への分化を直接促進しているのではなく、神経細胞が配置された場所の細胞外の環境が、神経細胞の最終的な特徴を決定づけることが分かりました。
 さらに、神経細胞の周囲のどのような環境が運命決定に影響するか検討を行いました。成熟した第4層の神経細胞は、視床(注3)と呼ばれる別の脳部位の神経細胞が伸ばす線維(軸索。投射線維と呼びます)を受けてつながります。胎生期において、視床からの投射線維(視床皮質投射線維)は大脳皮質内へ侵入し、将来の第4層の神経細胞とつながるようになりますが、その時期はちょうど第4層細胞が分化・成熟する時期と一致します。そこで、視床皮質投射線維が第4層細胞の分化に影響を与えるか調べました。人為的な遺伝子改変により、視床皮質投射線維が著しく損なわれたマウスの大脳皮質を調べたところ、第4層神経細胞が減少し、逆に第2−3層神経細胞が増加することが観察されました。これらのことから、視床皮質投射線維が環境要因として働き、それとの相互作用の有無が、第4層神経細胞になるか第2−3層神経細胞になるかをコントロールしていることが考えられました(図2)。

 ※図2は添付の関連資料を参照


3.研究意義・今後の展開
 今後の研究では、視床皮質投射線維と皮質第4層細胞の相互作用に直接関わる分子機構の解明が重要になると考えられます。
 また、皮質第4層は、大脳皮質の構成単位である領野(注4)によって、構成する細胞の数が著しく異なることが知られています。今回明らかになった研究結果をふまえ、どのようにして脳の領野ごとの違いが生じるのかが解明できる可能性があります。
 現在、さまざまな疾患に対して、iPS細胞などから分化させた細胞を移植して治療する、細胞治療が注目されています。今回の結果からは、神経細胞がその種類によっては環境に応じて適切に分化する可能性を秘めており、今後の細胞治療の開発につながることが期待されます。


4.特記事項
 本研究は、主にMEXT/JSPS 科研費(15H02355,22111004,25640039,15H01586,19700295,21700356)、文部科学省科学技術試験研究委託事業 脳科学研究戦略推進プログラムなどの助成により行われました。


5.論文について
 タイトル(和訳):
  “Identity of neocortical layer 4 neurons is specified through correct positioning into the cortex”
  (大脳皮質の第4層神経細胞の特異的分化は、皮質内の細胞の正しい配置に
よって制御される)
 著者名:大石康二、中川直、刀川夏詩子、佐々木慎二、荒巻道彦、平野伸二、山本亘彦、吉村由美子、仲嶋一範
 掲載誌:「eLIFE」2016;5:e10907.DOI:dx.doi.org/10.7554/eLife.10907


【用語解説】
 (注1)大脳皮質
  大脳の表面にあり、思考、記憶、推理、知覚、運動などの高度な機能を司る部位です。特徴的な6層の層構造で構成されており、表層側から深層側にかけて、第1層〜第6層と呼ばれています。他の動物に比べてヒトで大きく発達することが特徴です。

 (注2)子宮内胎児脳電気穿孔法
  本研究チームにおいて開発した、生体内遺伝子導入技術です(Tabata and Nakajima.Neuroscience,103,865−872(2001))。妊娠マウスを麻酔した後に、子宮壁越しに胎児の脳に任意の遺伝子を任意の場所と時期に導入することができます。

 (注3)視床
  脳の中の間脳と呼ばれる部位を構成する一部であり、動物が感じるほとんどの感覚情報が視床を経由して大脳皮質に伝えられます。

 (注4)大脳皮質の領野
  大脳皮質は、場所によって異なる独自の機能を有していることが知られており、それを領野と呼びます。それぞれの領野は、顕微鏡で見るとそれぞれ特有の細胞構築を有した層構造を持っており、例えば第4層神経細胞が多い領野と少ない領野などがあります。


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