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東大、北海道の3倍以上の大きさのロス棚氷が縄文時代に崩壊したことを発見

2016-02-18

暖かくなった大気と海が縄文時代に南極ロス棚氷を大規模に崩壊させた


1. 発表者:
 横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所附属 高解像度環境解析研究センター/
 東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻 教授)
 宮入 陽介(東京大学 大気海洋研究所附属 高解像度環境解析研究センター特任研究員)
 羽角博康(東京大学 大気海洋研究所附属 地球表層圏変動研究センター 教授)
 大河内 直彦(海洋研究開発機構 生物地球化学研究分野 分野長)
 山根 雅子(海洋研究開発機構 生物地球化学研究分野 ポストドクトラル研究員)
 菅 寿美(海洋研究開発機構 生物地球化学研究分野 技術副主任)


2. 発表のポイント:
 ◆北海道の3倍以上の大きさのロス棚氷が縄文時代に崩壊したことを初めて発見した。
 ◆崩壊の原因は大気と海洋の温度上昇による可能性が高い。
 ◆ロス海は世界最大の棚氷を持ち、南極氷床の流動をコントロールしているため、温度上昇に対して崩壊の可能性が示されたことは、温暖化の進行と関連して南極氷床の安定性を考える上で重要。


3. 発表概要:
 のぼり坂にトラックを駐車する際に、車止めをタイヤにあてがうように、“棚氷”(注1)は常に流動している氷床の流れを調節する類似の機能をもっています。また、南極の陸地に比べて暖かい海洋の水が直接氷床に接するのを調節する役割を持つことも知られています。このように棚氷は氷床の変動を考える上で極めて重要な役割を持っています。地球温暖化に伴う氷床の挙動を理解する上で重要なトピックにもかかわらず、棚氷の研究は遅れており、予測を行う数値モデルの開発もようやく進みだしたといった状況です。

 ロス棚氷は世界最大の棚氷であり、全てが融解すると全世界的な海水準を5m以上上昇させると言われている、海底に着底した西南極氷床の主な流出経路です(図1)。NASAなどの研究によると、西南極氷床は海洋の水温上昇に伴って、氷床が海底に着底した最前面である接地線が溶けて後退している(つまり氷床量の減少が起きている)ことが確認されています。しかし、観測期間が数十年と短いことから、長期間における知見の収集が望まれていました。

 東京大学大気海洋研究所の横山祐典教授、宮入陽介研究員らは海洋研究開発機構の大河内直彦分野長、山根雅子ポストドクトラル研究員、菅寿美技術副主任らとともに、宇宙線生成核種の分析方法を新しく開発し、加速器質量分析装置を用いて年代測定を行い、変動のタイミングを明らかにしました。共同研究グループである米国ライス大学のJohn Anderson教授らによって新しく得られた高精度海底地形データとも組み合わせて、ロス棚氷がこれまで考えられていたよりも地球科学的に最近の縄文時代にあたる5,000年前から開始したことが明らかにしました。
 これは、これまで考えられていた時期よりも、10,000年以上も若い年代です。

 そのメカニズムを調べるために、大気海洋研究所の羽角博康教授のグループで開発された棚氷と海洋の数値モデルを用いた結果、南極海の深いところにあるあたたかい海水がロス海に浸入することにより棚氷の融解を促進したことがわかりました。これまでに南極氷床のアイスコアの研究で明らかになった観測事実により、当時ロス海周辺の気温が温暖化していたと確認されていることから、この温暖化がロス棚氷の大規模崩壊を引き起こした可能性について初めて明らかにしました。これまでの横山教授らの研究により、当時全球的な海水準が、2.3mほど上昇していたことも分かっているため、棚氷の崩壊により、南極氷床の流動速度が増加し、海水準を引き上げた原因になった可能性についても示しました。

 このことは、現在進行中の気候温暖化に伴う、南大洋の海水と大気の温暖化に伴って、世界一大きな棚氷であるロス棚氷が消失しうる可能性を示唆しており、南極氷床の安定性を議論する上で重要な知見となります。


4. 発表内容:
[背景]
 現在進行中の気候の温暖化に対して、海水準がどの程度上昇するかについて明らかにするためには、気候変化に対する氷床の安定性を調べる必要があります。特に全体が海底に着底しており、周りが海に直接面している西南極氷床は、融解によって全世界の海水準を5mほど上昇させます。2002年のラーセンB棚氷の崩壊は、NASAの衛星画像に捉えられ、最終氷期終了後の少なくとも12,000年前から存在していた棚氷がおよそ3週間で消失し、世界に衝撃を与えました。棚氷が消失した場所では氷床の流出速度が最大6倍にも上昇したことが報告されています。また、西南極の同様な棚氷と氷床の流出速度の増加は、人工衛星などを用いた観測によって西南極の他の地点でも得られてきています。

 ロス棚氷は地球上最大の棚氷を現在も有しており、その規模は50万平方キロメートルにも及び、北海道の6倍の広さです。これが、西南極氷床の流動をコントロールしており、急激な体積の減少を防ぐ役割をしています。氷期には南極氷床自体が現在よりも大きく、ロス海に張り出していたため、棚氷もより沖合の南極海の方へと張り出していました。氷期には世界的に130mほど海水準を下げるほど、氷床が拡大していたのですが(図2)、そのうちのどれだけが南極氷床によるものなのか、また、いつ融解が起こったのかなどメカニズムについてもまだよくわかっていません。

 氷期から現在にかけて起こった温暖化によって南極氷床の融解が起こったのか、その応答の時間スケールや規模については謎が多く残っており、多くの高品質データと数値モデルを使った検証が必要です。とくに棚氷については、現在融解が進んでいる西南極氷床のほとんどすべてについて、棚氷の消失と外洋の温かい水の影響の強い関係性が指摘されており、大規模な氷床と棚氷を持つロス棚氷の過去の融解がどの程度の規模でいつ起こったのかを明らかにすることが、将来の変動予測を行う上で重要になります。


[研究内容]
 ロス海の棚氷や氷床の融解の歴史がこれまで明らかになって来なかったのは、遠くて厳しい調査海域であるという事実のほか、得られる試料に正しい年代を示すプランクトンの殻が残されていないという事があります。このため、これまでの研究では海底から掘削された試料をすべて燃やし、その二酸化炭素を用いて放射性炭素(14C)年代測定を行ってきました(注2)。その結果、南極氷床のロス海の周辺では、氷期が終焉した直後から融解がスタートし、比較的ゆっくりと10,000年以上かけてとけたと考えられてきました。

 しかし放射性炭素はおよそ5万年で窒素に壊変するため、もし5万年よりも古い炭素が海底にたまると、実際の年代よりも見かけ上かなり古い年代を出してしまいます。南極氷床は常に流動し、それとともにブルドーザーのように地面を削りながらロス海に入ってきているので、多くの古い炭素によって希釈された堆積物が海底に溜まっていることが考えられます(図2)。つまり見かけ上“正しい時を刻んでいない”可能性がありました。

 そこで、横山祐典教授と海洋研究開発機構の大河内直彦分野長らは、新しく開発された特定有機化合物抽出法と、日本で唯一のシングルステージ加速器質量分析装置(注3)などを用いた放射性炭素年代法を用いて分析を行いました。するとこれまですべての堆積物を用いて分析した値よりも、10,000年ほど若い年代を得るという結果になり、すべてが約5,000年前という縄文時代に起こった出来事であるという結果を得ました(図3)。また放射性炭素同様、高層大気にて主に太陽系外から到達する宇宙線との相互作用によって作られるベリリウム−10(10Be)を使うことで、世界で初めて棚氷の過去の位置を特定することに成功しました(注2)。

 これらを、共同研究者であるアメリカのライス大学のJohn Anderson教授らが2015年に現地観測によって得た海底地形のデータと組み合わせることで、28万平方キロメートルもの大規模なロス棚氷の崩壊が、およそ5,000年前に起こったことがわかりました。この時期は、横山教授らがこれまでの研究で明らかにしていた3−5mの海水準上昇の時期と一致し、昨年ニュージーランドやアメリカのグループが発表した陸域のデータとも整合的なため、ロス棚氷の大規模崩壊とロス海の氷床の融解が密接にリンクしていたことを発見しました。

 この原因を突き止めるために、羽角教授らのグループで近年開発された海洋数値モデルを使ってシミュレーションしたところ、南極海からの比較的温暖な海水がロス海周辺へ入ってくることにより引き起こされたことが示唆されました。また南極氷床コアの温度復元で謎とされてきた、ロス海周辺のデータが、内陸のデータで認められる温暖期のタイミングより遅れて温暖化が起きたこととも整合します。

 これらの結果から、ロス棚氷はある閾値を超えることにより、ラーセンB棚氷と同様に、比較的短期間に大規模崩壊したことが明らかになり、今後の温暖化の進行に伴う崩壊の可能性が危惧されます。また、棚氷の数値モデリングは現在世界各国で精力的に開発が進められており、棚氷の過去の位置を復元するツールを今回提唱したことで、変動予測の高精度化に大きく貢献する研究成果となりました。


[社会的意義、今後の課題]
 今回の成果は、将来の温暖化に伴う南極氷床の安定性を予測する上で重要な知見です。21世紀になって起こった複数の棚氷の大規模かつ急激な崩壊は、世界最大の棚氷を持つロス棚氷にも過去に起こったことであること、したがって将来起こりうる可能性があることがわかりました。この研究は、棚氷変動の数値モデルの高精度化につながり、南極氷床変化予測の高精度化に大きく貢献する研究結果となりました。

 氷床の質量消失に関しては、データ密度を増やしてより詳細な対応関係を明らかにすることで、全球的な気候と海水準の理解につながります。この研究は今後も継続していく予定であり、今後も過去の南極氷床変動を明らかにする古気候データおよび古気候モデリング研究の国際的な連携により、東西南極氷床についての更なる理解が進むと期待されます。


5. 発表雑誌:
 雑誌名:「PNAS」Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(オンライン掲載日:2016年2月15日)
 論文タイトル:Widespread collapse of the Ross Ice Shelf during the late Holocene
 著者:Yusuke Yokoyama(*),John B.Anderson,Masako Yamane,Lauren,M.Simkins,Yosuke Miyairi,Takahiro Yamazaki,Mamito Koizumi,Hisami Suga,Kazuya Kusahara,Lindsay Prothro,Hiroyasu Hasumi,John R.Southon,and Naohiko Ohkouchi


 ※用語解説・図1〜3は添付の関連資料を参照



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