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東北大など、塩害に負けない大豆の遺伝子を発見

2016-01-15

塩害に負けない大豆の遺伝子を発見
−分子育種により耐塩性大豆品種の開発が可能に−


■ポイント
 ・ブラジルの大豆品種FT−Abyaraから耐塩性遺伝子(Ncl遺伝子)を発見し、この遺伝子はNa+、K+、Cl−を同時に調節することを明らかにしました。
 ・Ncl遺伝子は塩害畑でも高い大豆収量を維持できます。
 ・Ncl遺伝子を従来の交配による手法で既存の大豆品種に効率的に導入することにより、耐塩性大豆品種の開発ができます。
 ・塩類土壌が問題になっている世界の多くの地域での大豆の安定的な生産に貢献することが期待されます。


■概要
 国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、国立大学法人北海道大学、国立大学法人東北大学及び中国新疆農業科学院と共同で、ブラジルの大豆品種FT−Abyaraから耐塩性を調節する遺伝子(Ncl遺伝子)を発見し、その効果を明らかにしました。Ncl遺伝子は、大豆の植物体内でNa+(ナトリウムイオン)、K+(カリウムイオン)、Cl−(塩素イオン)の輸送と蓄積を同時に調節することが分かりました。塩害畑においてNcl遺伝子を持つ大豆は高い収量を維持することが確認されたことから、従来の交配による手法で同遺伝子を既存の大豆品種に持たせることで、耐塩性大豆品種の開発が期待できます。この遺伝子は、旧名qNaCl3で2014年2月17日に特許出願(日本)、同年11月28日に特許登録済みです。研究成果の詳細は平成28年1月8日付けの英国科学雑誌Scientific Reports(Online)に掲載されました。
予算:JIRCAS運営費交付金、日本学術振興会科学研究費補助金「ダイズ遺伝資源に認められる耐塩性遺伝子の単離とその機能解析に関する研究」


■発表論文
 <論文著者>Tuyen Duc Do,Huatao Chen,Hien Thi Thu Vu,Aladdin Hamwieh,Tetsuya Yamada,Tadashi Sato,Yongliang Yan,Hua Cong,Mariko Shono,Kazuhiro Suenaga,Donghe Xu(2016)
 <論文タイトル>Ncl synchronously regulates Na+,K+,and Cl− in soybean and greatly increases the grain yield in saline field conditions.
 <雑誌>Scientific Reports(2016)DOI:10.1038/srep19147


■特許
 特許第5652799号


■研究の背景と経緯
 大豆は世界で最も重要なマメ科作物であり、その消費量は、2000年の1.7億トンから、2014年の3.0億トンに増加しています。大豆は主要な油脂原料及びタンパク質源としてその利用は多岐にわたり、世界の植物油供給量の約3割、高タンパク質飼料供給量の約7割を担っています。しかし、大豆の生産性は、イネやトウモロコシなどイネ科作物に比べると低く、また、干ばつ、塩害、低温など様々な環境ストレスの影響を受けやすく不安定です。
 土壌の塩害は、世界の大豆生産地帯、特に中国等の乾燥・半乾燥地域において報告されています。水不足や不良灌漑により塩類集積地が拡大しつつあり、現在、世界の灌漑耕地の約1/3の面積が土壌塩性化の影響を受けています。わが国においても,津波や高潮による海水の流入に起因する塩害が報告されています。土壌中の塩によるストレスは、大豆の発芽と成長、根粒の形成、及び子実生産を阻害します。
 塩害への対策として、大豆耐塩性の遺伝的改良が有力な手段です。私たちの研究グループでは、より強い耐塩性を示す大豆遺伝資源を見出すため、大豆の祖先種である野生大豆(ツルマメ)を含む計600系統以上の大豆遺伝資源の耐塩性を評価しました。その結果、ブラジルの大豆品種FT−Abyara、中国の大豆品種Jin dou No.6、及び日本の野生大豆系統JWS156−1など、様々な国の大豆遺伝資源から高い耐塩性を持つ品種や系統が見つかりました。加えて、耐塩性を示す遺伝子の染色体上の位置を調べ、ダイズ第3染色体の特定領域にあることを明らかにました(2008年、2011年に公表)。その後、耐塩性の原因遺伝子を同定するため、マップベースクローニング法[1]を用いて耐性遺伝子の染色体上の位置を絞り込み、その単離と機能解析に取り組みました。


■研究の内容・意義
 研究グループは、耐塩性の遺伝子座を詳細に解析し、耐塩性遺伝子を第3染色体の16.5kbの領域に特定しました。この領域には遺伝子が一つだけ存在することから、耐塩性の原因遺伝子として確定できました。加えて、この遺伝子(Ncl遺伝子)が根で強く発現すると、地上部のNa+、K+及びCl−の蓄積量が低下し、耐塩性が向上することを明らかにしました(図1)。
 さらに、単離したNcl遺伝子のDNA情報に基づいて耐塩性のDNAマーカーを開発し、戻し交雑[2]とDNAマーカー選抜[3]により耐塩性遺伝子を感受性[4]品種Jacksonに導入したところ、品種Jacksonの耐塩性が向上したことから、当該DNAマーカーを大豆育種で利用できることが実証されました(図2)。
 また、Ncl遺伝子を塩感受型の大豆品種カリユタカで過剰に発現させることにより、遺伝子組換え大豆系統の耐塩性が向上しました(図3)。今後は遺伝子組換え手法により、既存の耐塩性大豆品種よりも高い耐塩性品種の開発が期待できます。
 選抜した大豆耐塩性準同質遺伝子系統[5]及び塩感受性対照品種を東北大学大学院生命科学研究科付属の湛水生態系野外実験施設(宮城県)内の塩害畑で3年にわたって評価しました。その結果、塩処理により、すべての塩感受性系統は葉の黄化及び枯死などの激しい塩害症状を示しましたが、Ncl遺伝子を有する耐塩性系統ではそのような塩害症状が観察されませんでした。耐塩性系統の地上部乾物重と子実重は、いずれも同遺伝子を有さない塩感受性系統よりも高い値を示し、耐塩性系統の子実重は平均して塩感受性系統の子実重の4.6倍であり、耐塩性遺伝子の効果を塩害畑において確認できました(図4)。
 なお、本研究は、JIRCASが統括し、北海道大学遺伝子組換え大豆系統の作成によるNcl遺伝子の機能解析、東北大学は塩害畑での収量試験、中国新疆農科学院はNcl遺伝子の遺伝的解析試験の一部にそれぞれ貢献しました。


■今後の展望
 今回解明されたNcl遺伝子は、DNAマーカー選抜や遺伝子組換えなど分子育種の手法で既存大豆品種に導入することが可能です。JIRCASは、中国、インド、インドネシアなどの研究機関と共同で、現地大豆品種へのNcl遺伝子の導入による耐塩性品種開発に取り組み、世界規模での食料安全保障に貢献します。


■用語の解説

[1]マップベースクローニング法
 詳細な遺伝子地図(今回の情報の場合は大豆)をもとに、DNAマーカーを利用して目的遺伝子が存在すると考えられる染色体内領域を絞り込み、目的遺伝子を特定する手法。
[2]戻し交雑
 ある品種(仮にAとする)の持つ特定の性質(本報告では、耐塩性)を、別の品種(仮にBとする)に取り込むために行われる品種改良手法の一部。二つの品種間の交雑(交配)で作った雑種に対して、元となる二つの品種のうちの片方の品種(B)を再び交雑することを示す。この工程を複数回続けて行うことにより(連続戻し交配)、耐塩性という点のみが改良された品種Bが作出される。
[3]DNAマーカー選抜
 交雑育種の雑種後代において、交配親品種がもつ優良形質(本報告では、耐塩性の向上)に関与する遺伝子をもつ個体を効率的に選び出す際に、目標となる遺伝子に密に連鎖するDNAマーカーを指標として選抜する方法。
[4]感受性
 各大豆品種は塩ストレスに対する生理的な反応や適応性が異なり、塩ストレスに対して弱い性質を感受性という。
[5]準同質遺伝子系統
 優良形質に関与する遺伝子をもつ系統(Aとする)と特定の品種(Bとする)とを交雑して得た後代に、品種Bを連続戻し交配して得られる系統。目的とする遺伝子及びその近傍の染色体領域のみが残り、それ以外の遺伝的背景がほぼ完全に品種Bの染色体に置き換わったものをいう。


 ※図1〜図4は添付の関連資料を参照




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