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群馬大、なぜ哺乳類が高度な脳機能を持つのかという分子メカニズムを発見

2015-12-02

なぜ哺乳類が高度な脳機能を持つのかという分子メカニズムを発見
―脳内温度を有効利用した神経活動・記憶の増強―


 我々の脳内温度は37℃付近で常に一定であるが、その重要性・意義は全く明らかとなっていません。逆にいうと、これまで脳内温度が37℃というのは当たり前の環境と考えられてきたために、その意義を調べるという発想に至らず研究が発展しなかったのかもしれません。しかしながら、貴重なエネルギーを費やしてまで均一な脳内温度を保つということは、この一定の温度環境が神経活動に影響を与えていると考えても矛盾しないと思われます。例えば、雪山で遭難し、体温が30℃以下になった低体温状況下でも、脳内温度は死の直前まで37℃に保たれることが知られています。この現象は、脳内温度が神経活動に重要な役割を持っているため、死が迫っていても懸命に維持されることを強く示唆しています。
 柴崎准教授らは、体温程度の温度(34℃以上)により活性化される温度センサー・TRPV4が海馬に強く発現していることを以前に見いだしていました(柴崎ら、J.Neurosci. 2007、JBC 2014)。そして今回、海馬における温度センサー・TRPV4の生理学的役割を詳細に解析した結果、TRPV4は脳内温度により恒常的に活性化し、神経細胞が興奮しやすい土台環境を産み出していることを突き止めました(図1)。この知見は、なぜ恒温動物の知能が発達しているのかという点に密接に関係すると共に、脳内温度をある種の情報源として、これを翻訳し、神経情報伝達に活かす機構の存在を意味しています。脳内温度変化を鋭敏に感知するTRPV4はそのような微弱な脳内温度変化を的確に捉え、神経細胞の活動を規定する重要な要因であるといえます。恒温動物はTRPV4という温度センサーを有効利用し、恒常的に脳内温度を電気信号に変換することで、冷血動物とは異なる高度な記憶プロセッシングを可能にしていることを証明しました。そして、TRPV4が神経活動維持に必須であり、TRPV4欠損マウスは、脳内温度を有効利用できず、統合失調症に類似した行動異常を示すことを明らかにしました。12月1日(英国標準時間)づけの権威ある欧州生理学誌Pflugers Archiv(フリューガーズ アーカイブ)に掲載されます。

 今回、柴崎准教授らは、温度センサーとして知られるTRPV4分子に注目。脳内でTRPV4が非常に強く発現する海馬(記憶の形成に必須の器官)を用いて生理学実験を行いました。野生型とTRPV4欠損マウスから海馬スライス標本を作製し、30℃(温度センサー・TRPV4が働いていない)条件と37℃の生理的温度(温度センサー・TRPV4が活性化している)条件下で、神経細胞の働き具合を調べました。その結果、30℃という人工温度環境(哺乳類の脳内では通常ありえない低い温度)では、神経細胞の活動性は野生型とTRPV4欠損神経の間で全く差がみられませんでした。ところが、37℃の生理的温度条件では、野生型神経のみで神経細胞の活動性が著しく増加しました(図1)。さらに、柴崎准教授らが、行動中の野生型とTRPV4欠損マウスから脳波記録を行ったところ、TRPV4欠損マウスでは神経活動が著しく低下していることが示されました。海馬スライス標本を用いた実験系の結果とマウス個体を用いた実験結果が一致したため、哺乳類では脳内温度によりTRPV4が常に活性化された状態となっており、この温度センサー・TRPV4を有効利用して神経活動性を上昇させることで、冷血動物とは異なった高度な情報処理を省エネで可能にしていることが判明しました(図1)。
 さらに、柴崎准教授らが、野生型とTRPV4欠損マウス(それぞれ20匹ずつ)を用いて25種類以上の様々な行動テストを行ったところ、TRPV4を欠損すると統合失調症患者に観察されるのと全く同一の行動異常が認められることが分かりました。脳内温度を神経活動に活かす分子機構が破綻してしまうことで、精神疾患につながることが初めて明らかになりました(図2)。

 柴崎准教授は、「なぜ恒温動物が冷血動物よりも高度な行動(巣作り、子育て、餌の貯蔵など)が可能なのかという一端を脳科学的視点、分子レベルで明らかに出来た。今回、TRPV4欠損マウスでは神経活動が低下し、統合失調症患者と同様の行動異常を示したことから、脳内温度を神経活動に活かす機構の破綻が病態化につながることを明らかに出来た。現在、今回の研究を応用して、てんかんにより異常に増大した神経活動をTRPV4の抑制をすることで正常化させる臨床研究を行っており、劇的な治療効果を確認している。将来有効な治療法に結びつく可能性が高い。」と語っています。
 本研究は文部科学省科学研究費補助金「温度生物学」「脳内環境」「グリアアセンブリ」「基盤研究B」の補助を受けて行われました。

 ※図1・図2は添付の関連資料を参照


■論文情報
 TRPV4 activation at the physiological temperature is a critical determinant of neuronal excitability and behavior

 (#)Koji Shibasaki, Shouta Sugio, Keizo Takao, Akihiro Yamanaka, Tsuyoshi Miyakawa, Makoto Tominaga, Yasuki Ishizaki(#;責任著者)
 欧州生理学誌 Pflugers Archiv(フリューガーズ アーカイブ)12月号





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