イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

京大、銅−アルミニウム合金の結晶粒径を超微細化し高強度と延性両立に成功

2015-11-26

構造材料の変形挙動に新たな視点
−強さとねばさを兼備した材料開発へ−


■概要
 京都大学・構造材料元素戦略研究拠点(Elements Strategy Initiative for Structural Materials:ESISM、拠点長:田中 功・京都大学教授)は、銅−アルミニウム(Cu−Al)合金の結晶粒径を再結晶状態で600nm(0.6μm)まで超微細化し、高い強度(通常粒径材に比較して5.6倍の降伏応力)と延性(引張伸び40%)を両立させることに成功しました。金属材料において高い強度と大きな延性を両立させるためには、変形後期まで十分な加工硬化特性を持たせることが必要ですが、Cu−Al合金では、通常の転位の他に積層欠陥や変形双晶が塑性変形の担い手として活発に活動することで、高い加工硬化率が維持され大きな延性が実現されること、また粒径によって転位、積層欠陥、変形双晶の活動時期が変化し、それに伴って加工硬化挙動が大きく変わることを世界に先駆けて見出しました。特に、超微細粒材で積層欠陥や変形双晶の発現が活発化するという結果は、従来の予想とは逆のものであり、粒界から積層欠陥や変形双晶が新たに核生成する、超微細粒金属(バルクナノメタル)特有の現象と考えられます。これを理解するためには従来の理論(転位論)だけでは不十分であり、ESISMにおいて提唱しているプラストン(plaston)概念を用いた新たな視点で解明していく必要があります。そうした基礎的理解が進めば、従来理論では限界があるとされていた「強さ」と「ねばさ」を兼備した材料が幅広い合金系・材料系で実現され、我々の社会の安心と安全を支える構造材料の世界に飛躍的な革新をもたらすことが期待されます。
 本研究成果は、2015年*月*日(*)午前*時(ロンドン時間)に、オンライン科学誌「Scientific Reports」に掲載されます。


1.背景
 構造材料は社会のあらゆる場面で用いられており、我々の生活の安全と安心を保証する極めて重要な要素である。また最近は、自然災害やエネルギー問題、希少資源の枯渇問題などを考慮し、より高強度化して部材を軽量化するとともに、延性・靭性を維持し、しかもそれを単純な化学組成で実現するという難しい課題が構造材料には突きつけられている。金属材料の強化機構には、(i)転位強化(加工硬化)、(ii)結晶粒微細化強化、(iii)固溶強化、(iv)析出強化、(v)分散強化があるが、その中で結晶粒微細化強化は単純な化学組成での高強度化が可能であり、また延性を損なわないと従来は考えられてきた。また、これまで用いられているバルク金属材料の最小平均粒径が約10μmに留まっていたことから、結晶粒微細化強化は大きな開発の余地を残した領域でもある。こうした観点から、結晶粒径を1μm以下にした超微細粒金属材料(あるいはバルクナノメタル(bulk nanostructured metals))の研究が、世界的にも活発に行われている。
 今回の論文の著者の一人でもある辻は、ARB(accumulative roll bonding)という圧延加工を利用した巨大ひずみ加工プロセスを以前に考案し、幅広い構造材料のバルクナノメタル化に成功してきた。例えば添付資料1(2004年の新聞記事)、添付資料2(2006年の紹介記事)に示すように、ARBによって結晶粒径を約200nmまで超微細化したアルミニウムや極低炭素鋼は、従来粒径材(粒径20〜30μm)の4倍にも達する高い強度を示す。超微細粒アルミニウムの強度は、通常粒径の極低炭素鋼の強度よりも高い。
 こうしたことは、金属材料がまだまだ秘められた大きなポテンシャルを有していることを示している。
 一方、バルクナノメタル化したアルミニウムや極低炭素鋼は、高い強度を有するものの、引張延性に乏しいという欠点があった。図1には、ARBおよびその後の焼鈍によって作製した種々の結晶粒径のアルミニウムの応力−ひずみ曲線を示す。粒径1μm以下の試料は大変高い強度を示すが、引張延性、特に試験片にくびれ(局部変形)が生じるまでの均一伸び(応力−ひずみ曲線の応力最大点での伸び)が1〜3%と大変小さい。これは単相のバルクナノメタルに共通した特徴であり、次の(1)式で示される塑性不安定現象により説明される。

 ※参考資料・図1は添付の関連資料「参考資料1」「図1」を参照

 ここでσ、εは真応力、真ひずみであり、dσ/dεは加工硬化率を示す。塑性不安定とは引張試験におけるくびれの発生条件に対応し、(1)式によれば左辺(加工硬化率)が右辺(変形応力)と等しくなった場合に塑性不安定(くびれ)が発生する。結晶粒を微細化すると、材料の変形応力(特に降伏応力)が大きく増大する一方で、加工硬化率は従来粒径材と変わらず、従って(1)式の塑性不安定条件が早期に達成されて、均一伸び(引張延性)が小さくなってしまうのである[1]。
 また、従来バルクナノメタルはARBなどの巨大ひずみ加工プロセスによって作製されてきたが、巨大ひずみ加工により得られる超微細粒組織は加工組織でもあり、変形を担う転位(dislocation)などの格子欠陥が多量に残存しているため、さらなる加工硬化の余地があまりなく、(1)式の塑性不安定がより早く実現されてしまう。転位等の格子欠陥を除去して延性を回復するための熱処理として焼鈍(annealing)が知られているが、巨大ひずみ加工により作製した多くの金属では、図1の210℃焼鈍材(粒径1.2μm材)が示す通り、焼鈍時の回復・再結晶現象によって転位は除去され延性は増大するものの、粒径が1μm以上に粗大化し、強度が大きく低下してしまう。また、巨大ひずみ加工プロセスには、大型素材の連続製造プロセスに適用することが困難であるという問題点も有る。
 構造材料は強度(「強さ」)だけが高ければ良いというものではなく、様々な形への加工性(延性)や、安全を確保するために破壊までに十分なエネルギーを吸収する靭性など、「ねばさ」も必要である。しかし、材料の強度を上げれば延性・靭性が低下することが普通であり、バルクナノメタルも、強さとねばさのトレードオフ関係に陥っていたというのが現状であった。
 それに対して今回、京都大学構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)の田 艶中特定助教(31歳:現・中国科学アカデミー金属材料研究所准教授)、柴田曉伸准教授(36歳)、辻 伸泰教授(49歳)らのグループは、銅−アルミニウム(Cu−Al)合金において巨大ひずみ加工プロセスを用いずに完全再結晶超微細粒組織(粒径0.6μm)を作りこむことに成功し、得られた超微細粒材が高い強度(強さ)と大きな延性(ねばさ)を両立することを見出した。また、種々の変形段階のナノ・ミクロ組織を電子顕微鏡により詳細に解析し、塑性変形の担い手としての種々の格子欠陥が粒径に応じて順次発現し、それによって大きな加工硬化率と引張延性が実現されることを解明した。京都大学構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)は文部科学省・元素戦略プロジェクト<研究拠点形成型>として2012年度に採択され、構造材料の変形と破壊の根源を解明することによって、「強さ」と「ねばさ」を兼ね備えた究極の構造材料を創出することを目標に研究活動を行っている(添付資料3〜5)。


2.研究手法・成果
 面心立方(face−centered cubic:FCC)結晶構造を有し、積層欠陥エネルギーが7mJ/m2と低いことが知られているCu−15at.%Al合金を用いて実験研究を行った。同合金に対して圧下率96%の冷間圧延を施し、種々の温度で焼鈍を行うことにより、粒径1μm以下の超微細粒材を含む種々の結晶粒径のバルク板材を得た。本論文では、図2に示す平均粒径0.6μm材、7μm材、47μm材を用いて実験を行った。ARBなどの巨大ひずみ加工によらず、通常の圧延加工と焼鈍により完全再結晶組織を有するバルクナノメタル(0.6μm材)が得られたことは、将来の産業化を視野に入れた場合に特筆すべき成果である。
 各粒径の試料の室温引張試験により得られた公称応力−公称ひずみ曲線(a)と真応力−真ひずみ曲線(b)を図3に示す。結晶粒超微細化に伴い、材料の強度が増大している。特に、バルクナノメタル材(0.6μm材)の降伏応力(450MPa)は、通常粒径材(47μm材)の降伏応力(80MPa)の5.6倍にも達している。さらに、降伏応力が大きく向上したにもかかわらず、バルクナノメタル材(0.6μm材)は28%の均一伸び、40%の全伸びを示し、高い強度と大きな引張延性を両立している。図1に示した超微細粒アルミニウム材との違いは明白である。

 ※図2〜4は添付の関連資料を参照

 Cu−15Al合金バルクナノメタル材が、単相超微細粒組織を有するにも関わらず大きな加工硬化と大きな延性を示す機構を明らかにするために、真応力−真ひずみ曲線から得られる加工硬化率の解析とともに、引張試験を様々なひずみで中断し得られた試料の透過電子顕微鏡(TEM)による詳細な組織観察を行った。得られた結果を図4に示す。これらの観察により、Cu−Al合金においては、通常の転位だけでなく、積層欠陥および変形双晶が変形の担い手として活発に活動し、同時にそれらの蓄積によって加工硬化率が高いレベルで維持されていることが明らかとなった。特に、粒径によって転位、積層欠陥、変形双晶の活動時期が異なるという、新しい知見が得られた。
 図5に、各結晶粒径の試料において、引張変形の各段階で転位、積層欠陥、変形双晶がどの程度活動していたかを半定量的に示す。バルクナノメタル材(0.6μm材)に注目すると、転位の活動が他の粒径材に比べて大きく抑制されている。これは、粒径がサブミクロンサイズになることにより、転位の自由な運動と蓄積が制限されていることを意味し、バルクナノメタル材(0.6μm材)の高い降伏強度とも対応している。そして、積層欠陥と変形双晶は、引張変形の初期から活発に生成している。粒径10μm以上の従来粒径のFCC金属では、粒径が小さくなると変形双晶の活動が抑制されるとされてきたが、バルクナノメタル材(0.6μm材)の結果は、こうした従来知見に反するものである。これは、転位の自由な運動が抑制される超微細粒材では、転位以外の変形の担い手として積層欠陥や変形双晶が(おそらく、高密度に存在する粒界から)核生成することを示唆している。こうした挙動、特に新たな格子欠陥の(粒界)核生成は、従来の理論(転位論)では説明できない現象であり、新たな理論体系の必要性を示している。また、生成した積層欠陥や変形双晶は、次に活動する変形の担い手(転位、積層欠陥、変形双晶)の活動の妨げとなり、結果として材料の加工硬化率を増大させる。これが、Cu−15Al合金では粒径0.6μm材においても大きな延性が維持できた理由であると考えられる。特に、微細粒では積層欠陥が活発に生じ、加工硬化に大きな寄与をもたらすという点は、新しい重要な知見である。なお、延性(あるいは加工硬化率の高いレベルでの維持)だけを考えるのであれば、47μm材や7μm材の方が(強度は低いが)効果的に実現できている。これは異なる塑性変形の担い手が変形の各段階で順次活性化したためと考えられ、今後の高強度・高延性材料の設計を考える上で重要である。

 ※図5は添付の関連資料を参照


3.波及効果
 構造用金属材料の用途は極めて幅広く、多種多様な金属・合金がそれぞれの特性を生かして用いられている。本研究により得られた知見は、今回用いたCu−Al合金に限らず、金属系材料全般に普遍的に適用でき、その波及効果は極めて大きい。
 例えば、NiやMnなどを多く含み、今回のCu−Al合金と同様に積層欠陥エネルギーが低いオーステナイト鋼は、実用的にも多数用いられているが(例えばSUS304 オーステナイト系ステンレス鋼)、FCC構造に由来して降伏応力が低いという欠点を持つ。結晶粒超微細化は降伏応力を大きく向上しその欠点を補うだけでなく、高強度と高延性を両立できることが予想される。まだ不明な点も多いものの、結晶粒微細化による耐食性の向上も期待できる[2]。また銅合金の場合には高い電気伝導性がしばしば同時に要求されるが、従来の研究により粒径0.1μm以上であれば、結晶粒微細化によって電気伝導性は大きく低下しないこともバルクナノメタル研究により分かっている[3]。
 構造材料に最も要求されるものは力学特性であるが、強度が高ければ良いというものではない。自動車の外板を見ればわかるように、平らな薄鋼板はプレス加工によって複雑な形状に加工される。こうした場合は、加工性も重要な要求特性であり、延性が重視される。また衝突時の安全性を考えれば、脆性的に簡単に破壊せず十分大きなエネルギーを吸収すること(高い靭性)も必要である。自動車に代表される輸送機器は、燃費の向上と安全性の向上という相反する要求を突きつけられており、高強度化がその解決策の一つであるが、上記のような理由から「強さ」を高めつつも延性や靭性(すなわち「ねばさ」)を確保することが大きな課題になっている。自動車用鋼板に関しては、使用部位に応じて様々な強度レベルの鋼板が開発されており、我が国において競争力の高い素材でもあるが、図6に示すようにやはり強度が上がると延性は低下する傾向があり、強度と延性を両立させた次世代高強度鋼板(Advanced High Strength Steels:AHSS)の開発が、国際的にも極めて活発に行われている[2,3]。本研究により得られた知見は、自動車用鋼板を含む高強度構造材料の開発の上でも重要な基礎的知見となりうる。特に、次に述べるプラストン概念が確立できれば、「強さ」と「ねばさ」を両立した夢の構造材料実現のための革新的な基礎学理となって多種多様な材料に応用できる。社会で用いられる構造材料の莫大な量を考えれば、関連学術領域および産業界を含む社会全体に、想像を超えた波及効果をもたらすことが期待される。

 ※図6は添付の関連資料を参照


4.今後の予定
 京都大学構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)では、従来の理論(転位論)では説明しきれない材料の変形現象に当初から着目し、「プラストン(plaston)」という変形を司る新しい上位概念を提唱している。図7に示すように、材料に応力を負荷し、特に容易な変形の担い手(例えば通常の転位)が存在しない場合には、表面・粒界・き裂先端などの高エネルギー局所領域で原子集団が弾性限界を超えて励起され、塑性変形の担い手(転位、積層欠陥、双晶など)に発達して運動して、材料に塑性変形をもたらす。こうした概念に基づけば、転位に限らないあらゆる塑性変形の担い手を包含して統一的に材料の「強さ」と「ねばさ」を理解し、制御できると考えられる。今回Cu−Al合金バルクナノメタル材で見出された(おそらく粒界からの)積層欠陥および変形双晶の核生成と運動は、プラストンの核生成と運動の典型的な例である。今後、京都大学構造材料元素戦略研究拠点(ESISM)を中心に、今回の成果をきっかけとしてプラストン新概念をより深化させ、材料の強さとねばさを両立させるための基礎学理を確立して、社会に大きく貢献することが目標である。具体的には、今回のCu−Al合金以外の強度と延性・靭性を両立したバルクナノメタル材料を探索・創製し、最先端材料解析手法などを駆使してそのナノ・ミクロ構造と変形特性を実験的に明らかにしていくとともに、電子論に基づく第一原理計算や分子動力学による原子集団の大規模シミュレーションといった計算材料科学的手法を活用し、材料設計原理と変形機構に関する基礎基盤を構築してゆく。

 ※図7は添付の関連資料を参照


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料2」を参照
  ・論文タイトルと著者
  ・用語解説
  ・参考文献



Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版