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東大、肥満と低身長が特徴の新たな希少遺伝病を発見

2015-03-09

肥満と低身長が特徴の新たな希少遺伝病を発見
AFF4遺伝子が発育・体重増加をコントロール


1.発表者:
 泉幸佑(東京大学分子細胞生物学研究所 助教)
 白髭克彦(東京大学分子細胞生物学研究所附属エピゲノム疾患研究センター 教授)


2.発表のポイント:
 ◆特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と低身長を特徴とする新たな遺伝病(CHOPS症候群、注1)を同定しました。
 ◆エクソーム解析(注2)により、CHOPS症候群はAFF4遺伝子に変異が生じることが原因であると突き止めました。
 ◆AFF4遺伝子を標的とする体重増加の異常を治療する薬の開発につながる可能性が期待されます。


3.発表概要:
 次世代シークエンサーの普及によって種々の疾患の原因遺伝子の同定が簡便に行えるようになりました。特に希少疾患の原因遺伝子は、生物学的に基本的かつ重要なプロセスに関わるものが多く、その研究が思いがけない発見に結びつくことがあります。
 東京大学分子細胞生物学研究所の泉幸佑助教、同分子細胞生物学研究所附属エピゲノム疾患研究センターの白髭克彦教授らの研究グループは、米国フィラデルフィア小児病院のイアン・クランツ(Ian D.Krantz)教授らとの共同研究により、特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と低身長を主な特徴とするCHOPS症候群(注1)という新たな遺伝病を発見しました。そして、この疾患がAFF4遺伝子の変異により発症することを明らかにしました。
 AFF4遺伝子が作り出すタンパク質は通常、DNAからRNAが作られる転写の過程で、RNA分子を連結する反応(転写伸長反応)を活性化する役割を担っています。通常は分解されるAFF4タンパク質が、患者ではAFF4遺伝子の変異により分解されず、大量に細胞中に存在することで、転写調節が異常になっていました。また、この転写の異常は、研究グループが過去に報告したコルネリア・デ・ランゲ症候群(注3)で見られたものと類似していました。
 今回の一連の研究により基本的な転写伸張反応の制御機構について新たな理解がもたらされ、成長や体重の増加を調節する分子機構の一端が明らかになりました。この成果は、AFF4遺伝子を標的とする体重増加の異常を治療する薬の開発につながる可能性があります。


4.発表内容:
 数十兆個あるヒトの細胞が多種多様な機能を果たすためには、ゲノム上の2万個の遺伝子がそれぞれ必要な時期に必要な量だけ転写されること(転写調節、注4)が必須です。遺伝子発現は、多くのタンパク質が協調的に働くことで制御されており、これらのタンパク質をコードしている遺伝子の変異により、発達遅滞を伴う疾患が発症することが知られています。
 東京大学分子細胞生物学研究所の泉幸佑助教は米フィラデルフィア小児病院のKrantz教授と共に、特徴的な顔つき、発達の遅れ、肥満と低身長といった似通った症状を持つ患者を発見し、このような症状をもたらす疾患をCHOPS症候群(注1)と命名しました。そして、全エクソン配列解析(注2)を実施することでCHOPS症候群は、AFF4遺伝子に変異が生じることが原因であると突き止めました。
 AFF4遺伝子から作られるタンパク質は遺伝子発現調節を担うタンパク質の一つで、細胞内で転写伸長因子複合体(Super Elongation Complex、SEC、注5)と呼ばれる複合体を構成しています。このSECは転写を実際に行うRNAポリメラーゼ(注6)をリン酸化することによって、その働きを活性化するいわばRNAポリメラーゼが転写を開始する際の点火役のような役割を持ち、通常は積極的に分解されることで細胞内では低量に保たれています。CHOPS症候群の患者の細胞で見つかったAFF4遺伝子の変異は、いずれもAFF4タンパク質を分解するタンパク質によって認識される短い領域に存在していました。そしてこの変異により、AFF4タンパク質は分解を逃れ過剰に蓄積していました。
 泉幸佑助教と白髭克彦教授らの研究グループは、CHOPS症候群の患者の細胞を用いて遺伝子発現解析(RNA−seq、注7)やChIP−seq解析(注8)を行った結果、CHOPS症候群ではAFF4タンパク質が細胞内で過剰に蓄積していることによって、RNAポリメラーゼの異常な活性化が引き起こされ、HOX遺伝子(注9)等の初期発生に大切な遺伝子の発現が異常になっていることが示唆されました(図1および図2)。
 興味深いことに、CHOPS症候群は研究グループが過去に解析した遺伝子異常症であるコルネリア・デ・ランゲ症候群(CdLS、注2)と症状が類似していました。CdLSはコヒーシン関連遺伝子(注10)の変異により発症し、コヒーシン病とも呼ばれる疾患です。そこで、両患者のRNA−seq、ChIP−seq解析データを比較したところ、二つの症候群で類似した遺伝子の発現異常が観察されました。さらに、研究グループはSEC、コヒーシンタンパク質と転写伸長反応中のRNAポリメラーゼが複合体を形成していることを見出しました。このことはコヒーシンタンパク質もSECとともにRNAポリメラーゼの活性化に寄与しており、CdLSで観察される転写の異常はRNAポリメラーゼの活性に異常が生じることに起因することを示唆します(図2)。
 研究グループは、新たな希少疾患の原因遺伝子を同定すると共に、その希少疾患の患者に由来する細胞を遺伝学、生化学、ゲノム学を総動員して解析することで、RNAポリメラーゼの転写伸張反応段階での制御がヒトの体の形成、成長、精神運動発達、体重増加の調節に重要な働きを担っている可能性を示しました。本成果は将来的にこれら希少疾患の症状を緩和する治療法の開発つながることが期待されます。CHOPS症候群の肥満の原因として、食欲異常の関与が疑われることから、特に、AFF4遺伝子を標的とした食欲異常の治療法の開発につながることが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Nature Genetics(オンライン版3月2日)
 論文タイトル:Germline Gain−of−Function Mutations in AFF4 Cause a Developmental Syndrome Functionally Linking the Super Elongation Complex and Cohesin

 著者:Kosuke Izumi,Ryuichiro Nakato,Zhe Zhang,Andrew C.Edmondson,Sarah Noon,Matthew C.Dulik,Ramkakrishnan Rajagopalan,Charles P.Venditti,Karen Gripp,Joy Samanich,Elaine H.Zackai,Matthew A.Deardorff,Dinah Clark,Julian L.Allen,Dale Dorsett,Ziva Misulovin,Makiko Komata,Masashige Bando,Maninder Kaur,Yuki Katou,Katsuhiko Shirahige*,Ian D.Krantz*(*shared corresponding authors)
 DOI番号:10.1038/ng.3229


■用語解説:

注1:CHOPS 症候群
 この疾患の主な症状について、その頭文字をとって命名した。Cは発達遅滞(Cognitive impairment)や粗い顔貌(Coarse facies)、Hは心奇形(Heart defects)、Oは肥満(Obesity)、Pは肺の異常(Pulmonary involvement)Sは低身長(Short stature)や骨形成異常(Skeletal dysplasia)。
注2:全エクソン配列解析
 タンパク質をコードするゲノムDNA上の領域だけを濃縮し、塩基配列を決定する手法。
注3:コルネリア・デ・ランゲ症候群(Cornelia de Lange Syndrome、CdLS)
 1933年にオランダの小児科女医コルネリア・デ・ランゲによって、発見された疾患。コヒーシン関連遺伝子(注10)の変異によって引き起こされる。主に、特徴的な顔貌、成長障害、難聴、四肢の形成異常、精神発達遅延などの症状がみられる。
注4:転写調節
 遺伝子発現においてはDNAの情報がまずmRNAに書き写される(転写)される。この転写反応は転写開始、伸長、終結の3つの段階に分けることができ、それぞれの段階は多種類のタンパク質によって制御されている。近年は特に転写伸長反応段階での制御機構が注目されつつある。
注5:転写伸長因子複合体(Super Elongation Complex、SEC)
 RNAポリメラーゼのN末端をリン酸化することにより転写を活性化するタンパク質の集合体。
注6:RNAポリメラーゼ
 転写酵素。DNAを鋳型としてRNAを合成する酵素。
注7:RNA−seq
 細胞中より全てのRNAを取り出し、その塩基配列を決定する手法。mRNAおよびタンパク質に翻訳されないncRNAについて、種類と量の情報が得られる。
注8:ChIP−seq解析
 ゲノムDNA上のどこにどのようなタンパク質がどの程度の量、結合しているかを網羅的に明らかにする技術。
注9:HOX遺伝子
 主に発生における形態形成、器官形成、細胞分化などに関わる転写因子(transcription factor)をコードする遺伝子群。ホメオボックスという特徴的な配列を有する
注10:コヒーシン関連遺伝子
 コヒーシンとは染色体の分配に中心的な役割を果たすタンパク質複合体である。2008年に哺乳類ではコヒーシンが転写制御因子として機能していることが白髭とウィーンの分子病理研究所所長のPeters(ピータース)らによって示されている。


■添付資料:

 ※図1・図2は添付の関連資料を参照




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