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東大、鉄系高温超伝導が生じるしくみをスーパーコンピューター「京」を用いて解明

2015-01-05

鉄系高温超伝導が生じるしくみを
スーパーコンピュータ「京」を用いて解明
−電子密度のゆらぎと超伝導の出現が連動−


1.発表者:三澤 貴宏(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 助教)
       今田 正俊(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授)


2.発表のポイント:
 ◆鉄系高温超伝導体の超伝導が、「電子密度のゆらぎ」の増大によって引き起こされるという証拠を理論計算によって発見しました。
 ◆スーパーコンピュータ「京」を駆使することで、初めて計算機の中で鉄系高温超伝導体の超伝導を再現することに成功し、続いて超伝導が起きる仕組みも明らかにしました。
 ◆この新しい超伝導発現機構を指針として、より高い転移温度をもつ超伝導体の探索にはずみがつくと期待されます。


3.発表概要:
 鉄系超伝導体は2008年に東京工業大学の細野 秀雄教授のグループにより発見されて以来、この物質群に属する化合物が多数発見されています。物質が超伝導(注1)を示す温度(転移温度)が摂氏−220度を上回る「高温超伝導体」を含むことから、この物質群で超伝導が起きる仕組みを明らかにすることで、より高い転移温度の超伝導体を作る指針になると考えられ、全世界で精力的な研究が行われています。それにも関わらず、超伝導が生じる仕組みは未だよく明らかにされていません。困難の一つの原因としては最近まで鉄系超伝導体のような複雑な化合物の理論模型を調べる有効な方法がなかったことが挙げられます。
 東京大学 大学院工学系研究科 物理工学専攻の三澤 貴宏助教、今田 正俊教授はこの困難をスーパーコンピュータ「京」を活用して克服することに成功しました。鉄系超伝導体を第一原理計算(注2)によって理論解析することで、従来はあまり重要と思われていなかった一様な電荷感受率(注3)と呼ばれる電子密度のゆらぎの増大が超伝導の原因であることを見出しました。
 三澤助教らはまず、量子力学・統計力学の法則に従って、鉄系超伝導体の物質構造だけを入力として、実験結果と一致する性質を持つ超伝導状態を計算機の中で数値的に生み出すことに世界で初めて成功しました。さらに、実験では直接制御することが困難な物質中の電子間に働く相互作用をコンピュータの中で制御することで、超伝導を生じさせている主な要素を突き止めました。その結果、電子の密度のゆらぎが増大するときに例外なく超伝導が生じるという証拠を得ました。これは長年の高温超伝導の仕組みを解明しようとする基礎研究の中で重要な意義を持つものです。また、この研究で得られた超伝導の仕組みをガイドラインにした物質を設計することで、超伝導体になる温度を上昇させる実験探索にはずみがつくと期待できます。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature Communications』のオンライン版(12月22日付け:日本時間12月22日19:00)に掲載されます。


4.発表内容:
 (1)研究の背景
  物質の温度を下げたときに生じる超伝導現象(注1)は、その発見から半世紀以上にわたって極低温(摂氏−240度以下)でのみ起こる現象だと信じられてきました。この転移温度の低さが超伝導体の産業応用を阻んできた大きな原因の一つです。しかし、1986年のベドノルツとミュラーによる銅酸化物高温超伝導体の発見によって状況は一変し、転移温度は飛躍的に上昇して現在では銅酸化物で最高転移温度摂氏約−113度の超伝導体が得られています。この転移温度をさらに上昇させることで、冷却に要するエネルギーを減らし、超伝導体による損失のない電力輸送などへの産業応用が盛んになると考えられています。
  そのなかで、2008年に東京工業大学の細野 秀雄教授のグループが発見した鉄系高温超伝導体は銅酸化物と全く異なる系列の物質であったことから大きく注目を集めました。現在、銅酸化物高温超伝導と鉄系超伝導の共通点・相違点から高温超伝導が起きる仕組みを明らかにしようとする研究が全世界で精力的に行われています。
  鉄系超伝導体の超伝導を引き起こす原因として電子の持つ磁気的なゆらぎや軌道のゆらぎとよばれるものが役割を果たしているという提案がされています。しかし、これまでの膨大な数の実験・理論研究にも関わらず、超伝導が起きる仕組みは十分な理解に至っていません。いずれの物質も物質中の電子間に働く相互作用が、超伝導が生じる上で重要な役割を果たしていると考えられていますが、この電子間の相互作用を定量的に評価して高い精度で解析する有効な理論手法が最近までなかったのが高温超伝導になる仕組みの解明を阻んでいる大きな原因でした。

 (2)成果の内容
  三澤助教らは、まず固体に対する第一原理計算(注2、物質構造のみを入力とし、パラメータを含まない計算)の結果を用いることで、物質中の電子間の相互作用の大きさを評価して、典型的な鉄系超伝導体であるLaFeAsO(La:ランタン、Fe:鉄、As:ヒ素、O:酸素)の理論模型を導きました。従来は直感で推測した値を用いることの多かった理論模型の相互作用の大きさを物質構造のみから決定することで、あいまいさのない計算を実行できるのがこの手法の大きな特徴です。
  物質構造を忠実に表すこの模型に、多変数変分モンテカルロ法(注4)とよばれる高精度シミュレーション法を用いた大規模な数値計算を、スーパーコンピュータ「京」を用いて行い、鉄系超伝導に見られる超伝導と同じ特徴を持つ超伝導状態が確かに現れることを初めて示しました。鉄系化合物の超伝導は反強磁性(注5)とよばれるスピンが隣同士反平行に整列した磁性を持つ相から電子濃度を変えると得られますが、超伝導が生じる電子濃度や磁性相との関係を定量的に再現した(図1)だけでなく、計算結果は超伝導が持つ対称性という特徴も、正しいと考えられる実験結果を再現しました。その上で、物質中の電子間の相互作用の大きさを一つ一つ変化させて計算して、超伝導との因果関係を調べることで、超伝導が何を原因として生じているかを突き止めました。このように相互作用を制御することは、実験では実現するのが困難で、理論計算を行う大きな利点の一つです。その結果、超伝導の生じる原因として提案されている磁気的なゆらぎや軌道のゆらぎとよばれるものと超伝導の出現は対応しませんでした。一方、相互作用を変化させると反強磁性と呼ばれる磁性相への一次相転移(注6)が生じる電子濃度とそのようすは大きく変化します。そしてどんな場合も、この一次相転移の近くで電子密度を不均一にしようとするゆらぎが増大し、これと一対一対応して超伝導が引き起こされることを突き止め(図1、図2)、高温超伝導を引き起こす原因の証拠(smoking gun)を見つけました。

 (3)今後の展望
  本研究で得られた超伝導機構が他の鉄系超伝導体、さらには銅酸化物高温超伝導体でも普遍的であるのかどうかを、さらなる理論計算を行うことで明らかにすることが重要な課題として浮かび上がっています。超伝導が生じる仕組みの研究は基礎物理学の重要なテーマですが、転移温度の高い高温超伝導体が生じる仕組みは電子間の強い相互作用が引き起こしているため、その解明は現代物理学の難問のひとつです。本成果は現実的に可能な超伝導機構(仕組み)の基礎研究を加速すると期待できます。さらに強相関電子系(注7)を第一原理の観点から解明する数値手法とその有効性の研究が今後さらに重要になってきます。それに加えて、機構の普遍性の検証をもとに、この機構を利用して物質を理論的に設計する指針を提示することでより高い転移温度をもつ超伝導体を実現し、冷却コストの少ない超伝導体実現と応用へ向けた研究が活発化すると期待できます。
  本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(No.22104010,No.22340090,No.23740261)の助成を受け,HPCI戦略プログラム(SPIRE)および計算物質科学イニシアティヴ(CMSI)のプロジェクトの一部として行われました。スーパーコンピュータによる計算には理化学研究所計算科学研究機構のスーパーコンピュータ「京」(課題番号:hp120043,hp120283,hp130007)が使われました。また、東京大学情報基盤センター、東京大学物性研究所のスーパーコンピュータも使われました。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Communications」
 URL:http://www.nature.com/naturecommunications
 (オンライン版:12月22日出版)
 論文タイトル:Superconductivity and its mechanism in an ab initio model for electron−doped LaFeAsO
 著者:Takahiro Misawa(*) and Masatoshi Imada(*)
 DOI番号 10.1038/ncomm6738


 ※用語解説・添付資料(図1・2)は添付の関連資料を参照



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