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理研、ヒトiPS細胞の分化多能性を維持・向上させる新たな因子を発見

2014-06-28

ヒトiPS細胞の分化多能性を維持・向上させる新たな因子を発見
−フィーダー細胞を使わずヒトiPS細胞の安定した培養を可能に−


<ポイント>
 ・ヒトiPS細胞の分化多能性を向上させるタンパク質CCL2を発見
 ・低酸素状態で働く遺伝子群の活性化が多能性に関与している可能性を示唆
 ・ヒトiPS細胞の基礎研究や医療技術への応用に期待


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、「CCL2」と呼ばれるタンパク質がヒトiPS細胞(人工多能性幹細胞)[1]の分化多能性[2]を維持、向上させることを発見し、その機能に関与する遺伝子群の存在を明らかにしました。これは、理研ライフサイエンス基盤研究センター(渡辺恭良センター長)機能ゲノム解析部門(ピエロ・カルニンチ部門長)の鈴木治和グループディレクター、長谷川由紀副チームリーダーらの研究グループによる成果です。

 ヒトiPS細胞とマウスiPS細胞では、性質に大きな違いがあります。マウスiPS細胞は分化多能性が高く、白血病阻止因子(LIF)[3]を培養液中に添加することで、幹細胞の培養条件を整えるフィーダー細胞[4]を使わずに分化多能性を維持したまま培養可能です。一方、ヒトiPS細胞は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)[5]を添加し、さらにフィーダー細胞上で培養しないと分化多能性を失ってしまいます。

 これまでに研究グループは、マウスiPS/ES細胞でフィーダー細胞の有無で発現に違いがあった遺伝子を調べ、CCL2を見いだしており、CCL2を培地に添加すると分化多能性が向上することを確認していました。

 今回、ヒトiPS細胞の培養においてbFGFの代わりにCCL2を添加したところ、bFGFの場合に比べて多能性マーカー遺伝子[6]の発現が顕著に上昇しました。次に、CCL2添加下、bFGF添加下で培養したそれぞれのヒトiPS細胞での遺伝子発現の変化を、理研が開発した「CAGE法[7]」で詳しく調べました。その結果、CCL2は多能性マーカー遺伝子だけでなく、細胞が低酸素の状態に置かれた際に働く遺伝子群も活性化させていることが分かりました。低酸素環境では、iPS/ES細胞の分化が抑制されます。つまり、CCL2は低酸素に対する細胞応答と似た状態を誘導することで、分化多能性の維持・向上に関わる可能性が示唆されました。さらに、CCL2とLIFをそれぞれプロテインビーズに取り込ませて培養に使用することで、フィーダー細胞なしで分化多能性を維持したままヒトiPS細胞の培養に成功しました。

 分化多能性を向上させる技術の確立は、より簡便に効率よく目的の細胞に分化誘導させることを可能にし、ヒトiPS細胞の基礎研究や医療応用への発展を促進すると期待できます。本研究成果は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』のオンライン版(6月24日付け:日本時間6月24日)に掲載されます。


<背景>
 多様な細胞に分化できる能力を持つ多能性幹細胞であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)とES細胞(胚性幹細胞)[8]の性質は、同じ哺乳類でもマウスとヒトで大きく異なっています。マウスiPS/ES細胞は、未分化のブラストシスト[9]の性質を持ち、白血病阻止因子(LIF)を培養液中に添加することで、幹細胞の培養条件を整えるフィーダー細胞なしでも分化多能性を維持したまま培養可能です。一方、ヒトiPS/ES細胞は分化がより進んだエピブラスト[9]に近く、LIFを添加しても分化多能性を維持できません。分化多能性の維持には、無血清培地に塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)またはアクチビンなどの細胞増殖因子を添加し、さらにフィーダー細胞上で培養する必要があります。通常用いられるフィーダー細胞はヒト以外の生物から得た細胞に由来するため、異種細胞の混入の危険性があります。また、質の良いフィーダー細胞の調整には時間がかかります。従ってiPS細胞の臨床応用に適した培養法として、フィーダー細胞なしで分化多能性を維持できる方法の確立が求められています。近年、フィーダー細胞の代わりに、細胞外基質のラミニンなどで培養皿をコーティングする培養方法が開発されていますが、bFGFやアクチビンを添加しただけでは、フィーダー細胞なしに分化多能性を維持することは多くの場合困難です。

 これまでに研究グループは、マウスiPS/ES細胞でフィーダー細胞の有無で発現に違いがあった遺伝子を調べ、CCL2遺伝子を見いだしていました(注1)。CCL2遺伝子を過剰発現またはCCL2遺伝子から作られるタンパク質「CCL2」を培地に添加すると、マウスiPS/ES細胞の分化多能性が向上することを確認していましたが、ヒトiPS細胞に対しても同様の効果があるかは明らかではありませんでした。

 注1)2011年7月11日プレスリリース「マウス由来ES/iPS細胞の万能性を「CCL2タンパク質」が維持」(http://www.riken.jp/pr/press/2011/20110711/


<研究手法と成果>
 研究グループは、ヒトiPS細胞の分化多能性におけるCCL2の効果を調べるため、無血清培地にbFGFを添加した場合と、CCL2を添加した場合について、多能性マーカー遺伝子の発現を比較しました。その結果、CCL2を添加したヒトiPS細胞は、bFGFを添加したヒトiPS細胞に比べて多能性マーカー遺伝子の発現が顕著に上昇していることが分かりました(図1)。さらにゲノムワイドに遺伝子発現の変化を見るため、CCL2を添加して培養したヒトiPS細胞と、bFGFを添加して培養したヒトiPS細胞それぞれからRNAを抽出し、DNAからRNAへの転写開始点を網羅的に定量解析するCAGE解析を行いました。その結果、CCL2を添加して培養したヒトiPS細胞は、低酸素環境で誘導される遺伝子群が顕著に活性化していました(図2)。低酸素環境で活性化する遺伝子と幹細胞で特異的に機能する遺伝子は一部が共通しており、また低酸素環境下では、iPS細胞やES細胞の分化が抑制されることが知られています。これらの知見から、CCL2は低酸素に対する細胞応答と似た状態、つまり幹細胞の性質に関わる転写制御ネットワークを活性化させることで、分化多能性の維持・向上に寄与する可能性が示唆されました。

 以上の実験は、通常のヒトiPS細胞培養と同様にフィーダー細胞をまいた培養皿を用いて行いました。そこで、フィーダー細胞がなくても、CCL2が分化多能性維持に効果を示すかを検証するため、LIFとCCL2をそれぞれプロテインビーズに取り込ませ、ゼラチン溶液とともにコーティングした培養皿でヒトiPS細胞を培養しました。その結果、フィーダー細胞なしで分化多能性を維持したまま培養することに成功しました(図3)。


<今後の期待>
 ヒトiPS細胞から分化させた細胞を用いた再生医療の実用化が進んできている今、フィーダー細胞など異種由来の成分を用いずに安定してヒトiPS細胞を培養する方法の確立が求められています。CCL2が持つ分化多能性の維持・向上作用を利用することで、現時点ではiPS細胞からの分化誘導効率があまり高くない標的細胞も、短時間で高効率に作成できるようになると期待できます。


<原論文情報>
 ・Yuki Hasegawa,Dave Tang,Naoko Takahashi,Yoshihide Hayashizaki,Alistair R.R. Forrest,the FANTOM consortium,Harukazu Suzuki,"CCL2 enhances pluripotency of human induced pluripotent stem cells by activating hypoxia related genes"Scientific Reports,2014,doi:10.1038/srep05228


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 オミックス応用技術研究グループ
 グループディレクター 鈴木 治和 鈴木 治和(すずき はるかず)

 ライフサイエンス技術基盤研究センター 機能性ゲノム解析部門 オミックス応用技術研究グループ 細胞機能変換技術研究チーム
 副チームリーダー 長谷川 由紀(はせがわ ゆき)


 ※補足説明・図は添付の関連資料を参照




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