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東大、カルシウムによる体内時計の調節メカニズムを解明

2014-05-21

カルシウムによる体内時計の調節メカニズムの解明
〜体内時計の時刻をリセットする薬剤の同定〜


<発表者>
 深田 吉孝(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授)


<発表のポイント>
 >体内時計に関わる新しい酵素CaMKIIを同定し、この酵素は一日の活動時間の長さを決めることが分かりました。
 >CaMKIIの働きを抑える阻害剤を細胞に投与すると、体内時計の時刻がリセットされることを発見しました。
 >体内時計の構成因子は薬剤で調節できる酵素がほとんどなく、CaMKIIは薬剤開発の標的として有望です。


<発表概要>
 ヒトを含む哺乳類の行動や生理現象は、約24時間周期のリズムを刻んでおり、それは脳(視床下部)の視交叉上核(注1)に存在する体内時計によって制御されています。この体内時計の刻むリズムよって一日の活動時間帯が一定に保たれていますが、リズムが乱れると睡眠障害精神疾患に発展することが知られています。しかし、体内時計の刻むリズムによって一日の活動時間帯が一定に保たれるメカニズムについては全く不明でした。

 今回、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の深田 吉孝教授と金 尚宏(コン ナオヒロ)博士は北海道大学医学部および生理学研究所と共同で、哺乳類の体内時計に関わる新たな酵素CaMKII(Ca2+/カルモジュリン依存性キナーゼII、(注2))を同定し、カルシウムイオン(Ca2+)によってその働きを変化させるこの酵素が一日の活動時間を一定に保つ役割があることを明らかにしました。

 深田教授らの研究チームは、CaMKIIというリン酸化酵素の働きが失われたマウスの行動を解析したところ、マウスの一日の活動時間帯が徐々に延長し、本来夜行性のマウスが昼間になっても活動を続け、ついには重篤なリズム障害を示すことを見いだしました。ヒトに例えると、日を追って夜更かしがひどくなり、睡眠時間が短縮し、ついには昼夜がわからなくなって断続的に寝たり起きたりを繰り返することに対応します。さらにこのリズム障害を示すマウスの脳内の神経細胞を詳しく解析した結果、CaMKIIの働きが阻害されると視交叉上核の左右一対の神経細胞の同調が崩れ、活動時間を一定に保てなくなることが分かりました。また、CaMKIIの活性レベルは朝高く夜低いというリズムを示しますが、この活性の変動が体内時計の正しい時刻決定に重要であることを突き止めました。この原理を利用し、CaMKIIの働きを阻害剤で一時的に低いレベルに抑制すると体内時計の時刻が夜の時刻にリセットされ、阻害剤を除くとその時刻から体内時計が動き始めることを示しました。

 これらの成果は睡眠障害などの体内リズム異常を伴う双極性障害アルツハイマー型認知症などの疾患を解明につながることが期待されます。また、これまで体内時計の構成因子は薬剤で調節できる酵素がほとんどなく、CaMKIIは薬剤開発の標的となりうる可能性があります。


<発表内容>
「研究の背景と経緯」
 生物の約一日周期の生理リズムは概日時計と呼ばれる体内時計によって制御されています。睡眠障害に代表される体内リズムの障害は、さまざまな精神疾患と密接に関わっています。また、看護士などの夜間勤務による体内リズムの乱れは、癌やメタボリックシンドロームの危険性を高めるという臨床データも報告されています。このような背景から、「体内時計」の性質に対する国民の関心やそれを制御する薬剤の開発に期待が高まっています。

 私たち哺乳類の行動リズムは脳の視床下部に存在する視交叉上核という左右一対の神経核で制御されています。視交叉上核の中では多数の時計神経細胞が互いにコミュニケーションすることにより、左右の神経核の時刻が同調しています。視交叉上核には活動を開始する時計(朝時計)と活動を終了する時計(夜時計)が存在し、これら二つの脳内の時計が同調することによって一日の活動時間帯が一定に保たれています。しかしながら、これら二つの時計がどういったメカニズムでコミュニケーションを取って同調しているのかは全く不明でした。

 ※図は添付の関連資料を参照

「研究の内容」
 東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の深田 吉孝教授らの研究チームは、細胞内情報伝達に重要なCa2+シグナルの媒介因子であるCaMKIIというリン酸化酵素に着目し、CaMKIIαの酵素活性を欠損したマウス(CaMKIIα−K42R変異マウス)の行動を解析しました。マウスの体内時計を測定する方法として、回転輪を回す行動リズムの解析がよく用いられます。日の光を一切浴びない恒暗条件下で飼育すると、マウスは自身の体内時計の周期に従った行動リズムを示すようになります。CaMKIIαの酵素活性に問題のない普通のマウスと変異マウスの行動リズムを解析したところ、普通のマウスは24時間よりも少し短い周期を示すのに対し、変異マウスは24時間よりもやや長い異常な周期を示すことが分かりました。また、この変異マウスでは行動の始まりから終わりまでの間隔(活動時間)が日に日に延長し、ついにはリズムが消失するという顕著なリズム異常を示しました。すなわち、CaMKIIαの酵素活性が失われると朝時計と夜時計の同調が破綻し、一日の活動時間を一定に保つことができず、重篤なリズム障害に陥ることが分かりました(図)。

 このような行動リズムの障害を示す変異マウスの脳内ではどのようなことが起きているのかを調べるために、このマウスの脳切片を用いて視交叉上核の神経細胞の体内時計を解析しました。体内時計を構成する分子の一つであるPER2タンパク質に発光するタンパク質(ルシフェラーゼ)を連結して、このタンパク質が発光するリズムを連続して測定することにより、一つの神経細胞のリズムを約24時間周期で間接的に記録できます。その結果、変異マウスでは視交叉上核の体内時計の振動の強さが減弱していることが分かりました。また、変異マウスに由来する視交叉上核の右核と左核を比較すると、発光リズムを計測して6日目あたりから左右核のリズム同調が破綻していくことが明らかになりました。これらの結果から、CaMKIIαは視交叉上核の左右核の同調させる役割を担い、朝時計と夜時計のコミュニケーションを媒介する分子であることが示唆されました。

 さらに解析を進めたところ、CaMKIIは時計細胞の同調因子として機能するだけではなく、一つの神経細胞が約24時間というリズムを刻む時計の機能そのものに必須であることが分かりました。CaMKIIの酵素活性は視交叉上核において朝に高く、夜に低いという体内リズムを示しますが、その活性の度合いが体内時計の時刻決定に重要であることが分かりました。この原理を利用して、阻害剤によって細胞のCaMKIIの活性を抑制すると体内時計が夜の時刻にリセットされ、この阻害剤を除くと夜の時刻から体内時計が動き始めることが分かりました。

「今後の展開と応用への期待」
 本研究は、体内時計の新規因子としてCaMKIIという酵素を同定し、そのCa2+依存的な酵素活性が行動リズムの形成や一日の活動時間を一定に保つことに重要であることを突き止めました。双極性障害アルツハイマー型認知症の患者に見られるような体内リズムの異常がCaMKIIの活性が失われた変異マウスにおいても観察されたことは、これらの精神疾患の原因の少なくとも一部が本酵素の異常による可能性を示唆し、今後の病因の理解と治療法の開発に役立つと期待されます。また重要な点として、これまで知られていた体内時計に関わる分子のほとんどは分子活性に影響を与える薬剤の取得が難しかったのに対し、CaMKIIは薬剤開発の標的タンパク質となりうる分子であり、実際にいくつかの阻害剤がすでに開発されています。本研究ではCaMKII阻害剤が体内時計をリセットするという興味深い薬理作用を示すことを見いだしました。近年、不規則な生活リズムを送ることによってもたらされる体内リズムの乱れが、精神疾患をはじめさまざまな病態の原因となることが次々に報告されています。精神神経疾患をはじめ代謝や循環器疾患、癌などにおいて、Ca2+の動態やCaMKII活性の制御に基づいた体内リズム治療という新しい治療方法が今後期待できます。


<発表雑誌>
 雑誌名
  「Genes & Development」2014年5月15日 発行
 論文タイトル
  CaMKII is essential for cellular clock and coupling between morning and evening behavioral rhythms
 著者
  金 尚宏、吉川 朋子、本間 さと、山肩 葉子、原 千尋、清水 貴美子、杉山 康憲、吉種 光、亀下 勇、本間 研一、深田 吉孝


<用語解説>
 注1 視交叉上核
  脳の視床下部に存在する神経核(神経細胞の核が密集している部位)で、体内時計が存在する。視交叉上核を破壊された動物では、規則正しい睡眠・覚醒リズムが完全になくなる。
 注2 CaMKII(Ca2+/カルモジュリン依存性キナーゼII)
  Ca2+(カルシウムイオン)とCa2+結合タンパク質であるカルモジュリンによって活性化されるタンパク質リン酸化酵素。いくつかの型が存在するCaMKIIのうちα型CaMKII(CaMKIIα)は脳に発現しており、記憶や学習などの神経活動に重要な働きを持つ。



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