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東大、無顎類ヌタウナギの主要組織適合遺伝子複合体分子の有力候補を発見

2013-05-07

高等生物の繁栄の鍵「獲得免疫システム」の起源に新たな知見
〜無顎類ヌタウナギにおける主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子の有力候補を発見〜


<発表者>
 高場 啓之(東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻 大学院生)
 西住 裕文(東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻 助教)
 坂野 仁(東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻 名誉教授)


<発表のポイント>
 ・どのような成果を出したのか
  獲得免疫を持つ脊椎動物の中で最も進化的起源が古いとされる無顎類のヌタウナギにおいて、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子の有力な候補を同定し、ALAと命名した。
 ・新規性(何が新しいのか)
  無顎類ヌタウナギにおいても、自己に反応するリンパ球を排除する負の選択機構が存在することを明らかにし、また、ヒトのMHC(HLA)に相当する候補分子としてALAを同定した。
 ・社会的意義/将来の展望
  今回の発見は、獲得免疫・自己免疫寛容の理解やMHC分子の起源に迫る重要なものであり、将来、組織移植時の拒絶反応や自己免疫疾患の理解にも繋がることが期待される。


<発表概要>
 1957年、オーストラリアの免疫学者バーネット(1960年ノーベル賞受賞)は、獲得免疫システムの基本原理を「クローン選択説」として提唱した。すなわち、我々脊椎動物ではあらゆる抗原に対して特異的に反応するリンパ球が予め用意されるが、自己に反応するリンパ球は排除されて正常な細胞へは反応しなくなる(負の選択)一方、外から異物(病原体など)が侵入した時には、特異的に反応するリンパ球のみが増殖して抗体(注1)を産生するという考え方であり、広く受け入れられている。軟骨魚類(サメなど)からヒトまでを含む有顎類(注2)において、外来抗原の認識およびリンパ球の活性化制御に、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子(注3)が中心的な役割を果たし、自己に反応するリンパ球の排除にも関与することが知られている一方、脊椎動物の中で最も起源の古い無顎類(注4)は進化の過程で他の脊椎動物とは異なる独自の獲得免疫システムを発達させており、有顎類と同様な制御機構があるのかどうかは全く不明であった。

 今回、東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻所属の高場啓之大学院生、西住裕文助教、坂野仁名誉教授らは、無顎類のヌタウナギにおいて自己に反応する抗体を排除する負の選択機構が存在することを示すとともに、MHCに相当する候補分子としてアロ白血球抗原(allogenic leukocyte antigen;ALA)を同定した。これらの研究成果は、獲得免疫の理解やMHC分子の進化的な起源に迫るのみでなく、クローン選択説の自己免疫寛容のメカニズムを再考する上で重要な知見であり、将来的には組織移植時の拒絶反応や自己免疫疾患の理解にも繋がることが期待される。


<発表内容>

 ※参考画像は添付の関連資料を参照

 ■研究の背景・先行研究における問題点
  脊椎動物は高次免疫機構である獲得免疫系を備えており、新奇病原体に対して一定の割合で生き残ることが出来る一方、一度罹った病気には罹りにくくなる。脊椎動物の中でも軟骨魚類から哺乳類までの有顎類では、リンパ球がつくるイムノグロブリン(Ig)型の抗原受容体(抗体およびT細胞受容体(注5))が獲得免疫系の中心的役割を果たしている。一方、無顎類(ヌタウナギヤツメウナギ)では、variable lymphocyte receptor(VLR)(注6)と呼ばれる全く異なる種類の抗原受容体が用いられていることが近年明らかとなり、脊椎動物とは独立して獲得免疫系を発達させて来たと考えられている(図参照)。IgもVLRも、生後に遺伝子再編成を伴って多種多様な受容体が創り出されるが、この過程で、自分自身(自己抗原)に反応する抗原受容体も創られてしまう。これまでの研究から、ヒトやマウスなど有顎類では、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)分子を介して自己抗原に反応するリンパ球が除去されること(負の選択)が知られており、MHC分子がリンパ球を中心とした獲得免疫系の中心的役割を果たしていることが明らかとなっている。一方、無顎類のVLRに関して、Igと同様の負の選択機構が存在するのか、また有顎類のMHC分子に相当する分子が存在するのかどうかは未だ不明であった

 ■研究内容(具体的な手法など詳細)
  本研究ではまず、無顎類ヌタウナギの抗体であるVLR−Bと白血球を用いた血清学的試験を行い、VLRに負の選択が存在するかどうかを検証した。その結果、VLR−Bは別個体の白血球に反応するが、自分の白血球には反応しないことから、ヌタウナギのVLRにおいても負の選択が存在し、自己反応性のリンパ球が排除されていることが示唆された。そこでVLR−Bが認識した白血球抗原の同定を試みたところ、以前NICIR3という名前で報告されていた、多型性に富む膜タンパク質がアロ白血球抗原(allogenic leukocyte antigen;ALAと再命名)であることを見出した。複数個体のヌタウナギの血清と白血球を用いた血清交差反応テストの結果、ALAの型(ハプロタイプ)の違いの程度に依存して交差反応性が大きくなること、並びに、VLR−Bは自己のALAには反応せず、他個体のALAに対して反応することを確認した。以上の結果は、ALAがVLR−Bの主要な白血球抗原であることを示唆する。さらに、外来性タンパク質ヌタウナギに投与すると、ALA陽性白血球中で取り込まれた外来性タンパク質とALAが共局在することが顕微鏡による観察などから明らかとなり、ALAが有顎類のMHC分子の様に外来抗原の認識に関わっている可能性が強く示唆された。

 ■社会的意義・今後の予定など
  高等生物が進化の過程で獲得免疫系を手に入れたことは、生物学的に非常に重要な出来事であったと考えられる。それは、それまでは決まった種類の抗原(外敵)に対応するための自然免疫しか存在しなかったため、未知の外敵には対応出来なかったからである。獲得免疫は5億年前のカンブリアの大爆発の頃に出来上がったシステムだと考えられているが、この獲得免疫の特徴は、リンパ球が生後抗原受容体を多種多様に創り出し、新奇の病原菌に対しても特異的に応答することが出来る点にある。さらに、獲得免疫系は一度侵入してきた病原菌の抗原を記憶しており、二度目の侵入では速やかに応答することも可能である。一方、この機構に破綻や狂いが生じると自己免疫疾患やアレルギーの原因となる。今後、無顎類でのALAの機能解析などを行うことは、獲得免疫の成り立ちや進化的な起源を知る手がかりとなり、将来的には組織移植時の拒絶反応や自己免疫疾患の理解にも繋がると期待される。


<発表雑誌>
 ・雑誌名
   「Scientific Reports」Online Edition:2013年4月25日(日本時間)
 ・論文タイトル
   "A major allogenic leukocyte antigen in the agnathan hagfish"
 ・著者
   Hiroyuki Takaba,Takeshi Imai,Shoji Miki,Yasuyuki Morishita,Akihiro Miyashita,Naoko Ishikawa,Hirofumi Nishizumi,and Hitoshi Sakano
 ・DOI番号
   10.1038/srep01716.


<用語解説>
 注1:抗体
  特定の生体成分(抗原)に特異的に結合するタンパク質分子。例えば、体内に侵入した病原体の特定のタンパク質抗原を認識して排除する機能を持つ。

 注2:有顎類
  軟骨魚類から哺乳類までの顎を持つ脊椎動物

 注3:MHC分子
  主要組織適合性遺伝子複合体(major histocompatibility complex)分子。主要組織適合遺伝子複合体はほとんどの脊椎動物が持つ。ヒトのMHC分子はヒト白血球型抗原(HLA)とも呼ばれる。MHC分子は細胞表面に存在する細胞膜貫通型タンパク分子であり、様々なタンパク質の断片(ペプチド)と共にTリンパ球へ提示される。

 注4:無顎類
  顎を持たない円口魚類とも呼ばれる脊椎動物。現存する生物としてはヌタウナギヤツメウナギの二種類のみ。

 注5:T細胞受容体
  Tリンパ球に発現する抗原受容体。抗体と同様に多種多様な受容体を持つが、MHC分子とペプチドの両方を認識する。

 注6:VLR;variable lymphocyte receptor
  無顎類が持つ抗原受容体。体細胞における遺伝子再編成により凡そ10の14乗もの受容体が創出されると考えられている。細胞膜上に存在するVLR−Aと細胞外に分泌されて抗体として働くVLR−Bが知られている。


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